19年一本勝負さん参加録
折れるのはいつも
「でさぁ、そん時いつも俺なのよね、なんつーか、毎回毎回、あいつのことを見ていると俺がどうにかしなくちゃーみたいな気分になってくるっていうかさぁ」
今宵、彼の胃袋には何杯目のアルコールが注がれただろう。もうよしておけと俺が制止する前に鈴木は缶ビールを一気に飲み干してしまった。
「うぃ~」
彼の口からこぼれる吐息は、酒独特の臭いに犯されていて、思わず鼻をつまんだ。
いくら幼馴染だからと言って甘えるのも対外にしていただきたい。
「でさでさぁ、いっつも俺が折れてんじゃん、あいつとの喧嘩。全く反省しないわけね、昇平。何回も同じことするの。玄関の靴はバラバラだしさ、食器も……ヒック、ほら元の場所に戻さないでしょ」
鈴木の会話におけるあいつとは、彼の同棲中の彼氏くんだ。
今でも覚えている。大学二年の夏に彼の口から直接聞かされた言葉を。
「好きな人がいるんだけれどさ、なあ、ちょっと聞いてくれる? お前にしか頼れなくて。……男、なんだけれど」
どこを見て言っていいのか分からずに、きょろきょろと動かしながら、囁き声で、俺を見上げた。
周囲には誰もいないことを確認してから、それでも気になって仕方がないといった具合だろう。大学の空き教室の片隅で、夕暮れに照らされた彼の背中はかすかに震えていた。
「いいんじゃないの」
衝撃を受けた頭を必死に動かして、俺はそう吐き出したのを覚えている。何と声をかけたらよかったのだろうか。
小学生時代からずっと憧れていた友人は、同性だからとあきらめもせずに素直に気持ちを口にできるのだ。
思いを胸に秘めたまま握りつぶしてしまった自分とは違う、まったく別の生き物だったのだ――。
「だってもう、あんないい男いるわけねえじゃん。それを俺の一人占め~。だけど、ほら、よく言う性格の不一致? 細かいけれど大事なところ全く気にしないやつだからさ、うー、もう本当にむかつくのね」
俺もむかついてきたので、思い切り彼を睨みつけてやったが、この酔っ払いには効果はない。
鈴木の手はまたアルミ缶へと伸びていく。これ以上は本当にまずい。俺は彼の手首をつかむと注意の言葉をかけた。
「えっ、まだへいきだって~」
ヘロヘロになった口調でそう言われても信じることは出来ない。
鈴木の愚痴だが惚れ話だかよく分からない話を聞いているのも疲れる。どうしたものかとため息を吐いた途端に、ドアベルのチャイムがぽーんと鳴り響いた。
「あれま、お客さんだわ」
こんな時間にいったい誰だろう。飲兵衛を床に放置して、玄関先に顔を出せば、会話の中の主人公の姿がそこにあった。
「すみません、こんな夜中に」
「あ、いえ」
「洋介います?」
昇平、昇平と鈴木がぞっこんなのも分かる気がする。大きな背中に服の上からでもわかるくらい均整のとれたいい肉付き。がたいもいいが人もいい。口元からこぼれる白い歯が健康的だ。
そんな鈴木の王子様は、フローリングの上で芋虫のようになっているところを捕獲され、彼を軽軽と抱きかかえてしまった。
「全く、いつもすみません」
困ったような表情も整った顔立ちのせいか、美しく感じられる。
「あ、いえ、もう毎回のことなんで」
「ええ、そうですね」
王子の吐息に微笑が混じる。
「そう、本当に毎回毎回。いつも助かっています」
「それはこちらこそ。洋介に逃げ場を作ってくださって」
軽く挨拶を交わした後、鈴木と彼氏くんは静かに帰って行った。飲み過ぎのせいか、彼氏君の腕の中で鈴木は爆睡していたからだ。
全く、仲直りの仕方が分からないのだろうか。
しょうがないなあ、と俺は一人、余っていたビール缶のプルタブを開けた。
第298回 1h 2019.07.13
お題:サスペンダー/愚痴か惚気か/仲直りの仕方
折れるのはいつも (本文1465字)
製作時間/20:30~21:30 "だいたい"だけど。
「でさぁ、そん時いつも俺なのよね、なんつーか、毎回毎回、あいつのことを見ていると俺がどうにかしなくちゃーみたいな気分になってくるっていうかさぁ」
今宵、彼の胃袋には何杯目のアルコールが注がれただろう。もうよしておけと俺が制止する前に鈴木は缶ビールを一気に飲み干してしまった。
「うぃ~」
彼の口からこぼれる吐息は、酒独特の臭いに犯されていて、思わず鼻をつまんだ。
いくら幼馴染だからと言って甘えるのも対外にしていただきたい。
「でさでさぁ、いっつも俺が折れてんじゃん、あいつとの喧嘩。全く反省しないわけね、昇平。何回も同じことするの。玄関の靴はバラバラだしさ、食器も……ヒック、ほら元の場所に戻さないでしょ」
鈴木の会話におけるあいつとは、彼の同棲中の彼氏くんだ。
今でも覚えている。大学二年の夏に彼の口から直接聞かされた言葉を。
「好きな人がいるんだけれどさ、なあ、ちょっと聞いてくれる? お前にしか頼れなくて。……男、なんだけれど」
どこを見て言っていいのか分からずに、きょろきょろと動かしながら、囁き声で、俺を見上げた。
周囲には誰もいないことを確認してから、それでも気になって仕方がないといった具合だろう。大学の空き教室の片隅で、夕暮れに照らされた彼の背中はかすかに震えていた。
「いいんじゃないの」
衝撃を受けた頭を必死に動かして、俺はそう吐き出したのを覚えている。何と声をかけたらよかったのだろうか。
小学生時代からずっと憧れていた友人は、同性だからとあきらめもせずに素直に気持ちを口にできるのだ。
思いを胸に秘めたまま握りつぶしてしまった自分とは違う、まったく別の生き物だったのだ――。
「だってもう、あんないい男いるわけねえじゃん。それを俺の一人占め~。だけど、ほら、よく言う性格の不一致? 細かいけれど大事なところ全く気にしないやつだからさ、うー、もう本当にむかつくのね」
俺もむかついてきたので、思い切り彼を睨みつけてやったが、この酔っ払いには効果はない。
鈴木の手はまたアルミ缶へと伸びていく。これ以上は本当にまずい。俺は彼の手首をつかむと注意の言葉をかけた。
「えっ、まだへいきだって~」
ヘロヘロになった口調でそう言われても信じることは出来ない。
鈴木の愚痴だが惚れ話だかよく分からない話を聞いているのも疲れる。どうしたものかとため息を吐いた途端に、ドアベルのチャイムがぽーんと鳴り響いた。
「あれま、お客さんだわ」
こんな時間にいったい誰だろう。飲兵衛を床に放置して、玄関先に顔を出せば、会話の中の主人公の姿がそこにあった。
「すみません、こんな夜中に」
「あ、いえ」
「洋介います?」
昇平、昇平と鈴木がぞっこんなのも分かる気がする。大きな背中に服の上からでもわかるくらい均整のとれたいい肉付き。がたいもいいが人もいい。口元からこぼれる白い歯が健康的だ。
そんな鈴木の王子様は、フローリングの上で芋虫のようになっているところを捕獲され、彼を軽軽と抱きかかえてしまった。
「全く、いつもすみません」
困ったような表情も整った顔立ちのせいか、美しく感じられる。
「あ、いえ、もう毎回のことなんで」
「ええ、そうですね」
王子の吐息に微笑が混じる。
「そう、本当に毎回毎回。いつも助かっています」
「それはこちらこそ。洋介に逃げ場を作ってくださって」
軽く挨拶を交わした後、鈴木と彼氏くんは静かに帰って行った。飲み過ぎのせいか、彼氏君の腕の中で鈴木は爆睡していたからだ。
全く、仲直りの仕方が分からないのだろうか。
しょうがないなあ、と俺は一人、余っていたビール缶のプルタブを開けた。
第298回 1h 2019.07.13
お題:サスペンダー/愚痴か惚気か/仲直りの仕方
折れるのはいつも (本文1465字)
製作時間/20:30~21:30 "だいたい"だけど。