20年03月

 木の枝や泥で固めて作られた僕らの家は、樹の枝に引っかかるように地上から遠い場所にある。
 一番上の兄貴と二男と三男、そして末っ子の僕。
 地面のことを母から聞いて、興味を持った兄弟たちはそっと頭だけ巣から出して、下を見ていた。
「ひえっ」
「やっぱだめだよぉ」
 三男と二男が首をひっこめる。
「落ちたらどうするの? もう一生戻れないかもだよ?」
 臆病な――僕が言えることではないが――二男が、兄貴の肩に話しかけた。
「そしたら母さんみたいに飛んで戻ってくればいいじゃないか」
「な、何を言ってんだ、兄さん。あんたまだ飛べないだろう?」
 僕ら兄弟一賢い三男が冷静に突っ込む。
「その気になれば飛べる」
「無茶を言うのは誰にでも出来るさ」
「全くみんな腰抜けばかりだな」
「馬鹿で無鉄砲よりはマシだろ」
「ったくよぉ、おい、ヒイ!」
 僕の名前を呼ぶと兄貴はぎゅっと目を絞った。睨みつけようとしているらしいが、大きな瞳の兄貴は母の睨みと違って全然怖くない。
「お前、こっち来いよ。いつまでも巣の中にいたらつまんねえだろ」
 そう、僕は巣の中心に陣取っていて――いや、本当は巣から落ちるのが怖くて、真ん中にいたのだ。
「兄貴……」
「いいから来いって!!」
「怖くない?」
「全然!! 早く来いよ。あれが地上だ、ミミズもネズミも皆あそこにいるんだ」
 兄貴は不思議だ。
 睨みが聞かせられないこの兄貴の一言一言が、僕に魔法をかける。
 怖いと思っていた下界を覗く行為がなんていうことないような気がしてきた。
「僕、見てみたい」
 そっと足を踏み出す。兄貴の傍に寄ろうとした時。
「わっ、何だ!!」
 兄貴が叫んだ。
 森全体が壊れるくらいの大きな風が吹いて、身を乗り出していた兄貴を身体ごと奪い取っていった。
 目の前で、宙に浮かんでいく兄貴。怖くて僕は巣にしがみついたまま。兄貴に助けの手すら差し伸べることが出来ずに――。
「兄貴、あにきー!!!!」
 しびれるくらい舌を鳴らして呼んだ。けれど彼が戻ってくることは無かった。

■□
「どうしたの?」
 僕の|番《つがい》の雌が眠たそうに目を擦った。
 彼女は僕が巣立ってから、数年後。ようやく見つけた運命の一羽だ。
 ここは巣。僕の家。そう、僕が主の一軒家。
「うなされていたみたいだけれど、大丈夫?」
 心配そうに寄り添う番の体温を感じて僕はほっと息を吐くことが出来た。
「ああ、ごめん。ちょっと昔のことを思いだして」
「どんな?」
「まだ雛だった時、一番上の兄貴が強風で飛ばされて巣から落ちたんだ」
「まあ……!!」
「葉っぱがギシギシ揺れて、もう何が何だか分からないくらい巣の根本ごと根こそぎ取られるんじゃないかっていうくらい強い風で……みるみる内に兄貴が遠くなって、消えた」
「……そんなことが」
「ごめん。こんなこと、聞かせて」
「いいのよ。大丈夫。私が貴方を離さないから」
 そう言って番がギュッと僕を抱きしめる。
 彼女は雌にしては大きな翼だ。硬い翼に抱きしめられて、ふっと力が抜ける。
「君は不思議だね」
「え?」
「まるで……さっき話した兄貴にそっくりだ。僕の兄貴は魔法使いみたいなんだよ」
「そうなの?」
「ああ」
 ふっと眠気が襲ってきた。
「まだ日は明けないわ。ゆっくり寝ていいのよ」
「ああ、すまない」
 ふっと眠りの世界に吸い込まれていく。柔らかな母の羽毛を思い出した。

□■
「ようやく寝たか」
 |腕《つばさ》のなかで眠る|弟《・》に、ふっと表情も緩む。
「なんていうか。本当はこんなはずじゃなかったんだけど。ちゃんと出会ったときに俺だって言うつもりで。ま、俺だって気が付いていないお前も悪いんだぞ。それにしても……魔法使いって。まあ、半分合っているかもしれない」
 幼い頃、巣から頬りだされ、飛ばされた場所で必死に生きてきた。
 いつか、弟たちと再会する。
 その目的がすべてだった。
 自分の性別が|鳳凰《・・》であると知ったのは成鳥になり、幾鳥かの他の鳥と番になってからだ。
 鳳が雄を表し、凰が雌を表す。そして俺はどんな鳥とも交じることが出来る。
「番になった鳥の性別に合わせて俺の性別も変わる。妙な性質だよな――もしかしたら」
 そう、もしかしたら、俺はこいつの本当の兄弟じゃなかったのかもしれない。
 彼らの巣に托卵された卵だったのかもしれない。
 それならこいつとは血がつながっていないということだ。
「もっと早く、好きだって言って良かったのかもしれないな」
 ぼんやりとそんなことを考えながら、眠りについた。
 彼と飛ぶ夜明けの空を願って。
 
 (了)
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2020.03.15 2h-10min
第364回#一次創作BL版深夜の真剣120分一本勝負さまよりお題(巣立ち/夜明けの空/「こんなはずじゃなかった」)をお借りしました。
初めての擬人化もの。うん、多分、擬人化だよね? 鳥なのに手だとか腕だとかツッコミは勘弁してください。この鳳凰はフィクションです。
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