20年02月

おじさまともふもふ狼
「先生、好きです‼」
 ほんの少し勇気を握りしめる。
 本当は言いたくない。口に出してしまったら、それで終わりみたいで。
「どうした、ロイ」
 書斎。いつもの椅子にかけて本を読んでいた先生がぼくを振り返る。銀縁の丸眼鏡の下でキラリと瞳が光った。
「あ、えと……」
 さっきまでの勢いはどこへ行ってしまったんだ。先生の視線に自然と尻尾がくるんと丸まって弱虫のぼくに戻ってしまう。
「いや、読書のせいか、声が聞こえなかったんだ。これだから人間は歳をとると嫌だねぇ」
「そ、そんなことはないです!! 先生はいくつになっても素敵です!!」
 ふっと表情。緩ませる先生。
 ああ、好き。
 毛のない不思議な身体だとか、弱そうですぐに折れそうな手足とか、実は力強かったりするところとか。そして誰よりもやさしいところ。
 ぼくは、保護された獣人だ。
 おそらくタイリクオオカミの血を色濃く受け継いでいるのではないかと大人の人間に聞いた。人間と違ってぴょこんと立った耳が生えているのはそのせいだ。
 体全体を湿っぽい雪みたいな変な色の毛が覆い、尖った牙が口から覗く。筋肉がついてきたのはいいけれど、怖い姿になっていくのはショックだ。
 だんだんと見た目だけはおとなになっていく体に、先生に甘えたいというこどもみたいな感情だけ取り残されて、あべこべになっている。それがぼく。
 育ててくれた先生に「何かあればすぐに言ってね」と言われている。けれど、このもやもやした先生への気持ち――小さな悩みは、なかなか相談できなかった。
「ロイ、こっちへ来なさい。何か話があって来たんだろう?」
 先生はかけていた眼鏡を外して、ぼくを手招きする。先生の隣に控えると先生の手がすっと伸びてきてぼくの頭をくしゃくしゃにかき混ぜた。
「随分、伸びたなぁ。白くて綺麗だ」
「えっ、あ、ありがとうございます」
「ふわふわだね」
「はい。先生のおかげです」
 先生はキョトンとして小首をかしげる。
 本当です、先生のおかげで今の僕がいるんだから。
「先生、す、好きです」
「ああ、うん。私も好きだよ」
 先生に好きと言われるのは嬉しい。だが、あっさり返された言葉に違和感が残る。
「あ、えっと多分……そうじゃなくて」
 バクバクと鳴り響くうるさい心臓。なんかこう――。
 ああ、やっぱり、なんか、もうだめだ。
「先生、あの……」
「なんだい?」
「本当のこと言いますから、聞いていてくれませんか……」
 もう一度、ぼくはぎゅっと勇気を握りしめた。いつかきっと、「勇気を出して良かった」と思える日が来ると信じて。

 (了)


✿ #一次創作BL版深夜の真剣60分一本勝負 第353回のお題(君の隣に/白銀/「勇気を出してよかった」)をお借りしました。
✿『後書き』もふもふで甘めなお話書こうとしたですが……うぐぅ、不完全燃焼です。設定を活かしきれていない部分を反省して、また再挑戦したいです。2020.02.08
1/2ページ
スキ