20年01月

閉じ込めて氷の粒
 すっかり身長が追い抜かされていた。
 荒川は時の流れを感じて、ほうとため息をつくしかなかった。
 小さい頃、近くに住んでいた中学生が大人になって返って来たのだ。
「中二の時に引っ越してからずっとここに戻ってくるのが夢だったんです。俺ひとりの秘密の夢」
 笑顔で語る彼の声は男らしく随分と野太くなった。
「へえ、それでご挨拶に? あ、どうぞあがって」
 玄関口だった。慌てて荒川は、彼を居間にあげた。
「ありがとうございます」
 お茶を出せば気持ちのいい感謝のひとことが帰ってくる。ああ、そういえばこの子はこういう子だった。よく荒川の家の裏で他の子供たちと遊びまわっていた。挨拶すれば誰よりも素直に返してくれた。
「お茶菓子ももらっていいんですか?」
 お茶と一緒に出したスイートポテト。
「どうぞご自由に」
「やった」
 チョイスが子供すぎただろうか。一瞬、悩んだが、嬉しそうに笑う彼を見て、これで良かったと思った。
「懐かしいなぁ」
「へ」
「いつだっけ、君を家にあげて、こうやってお菓子一緒に食べたこと、あったよね」
「ええ、一番最初に荒川さん|家《ち》あがったのは、野球していてボールがすっとんでいって」
「そうそう、豪快に割ったよね。ぼくん|家《ち》のガラス」
「あー、あの時はすみませんでした」
「あはは、いいって、いいって」
 昔話に花は咲く。咲きっぱなしだ。満開。
「あ、それじゃ、もうそろそろ……」
 時計をみて、荒川もはっと息を飲んだ。
「ごめんね、随分、長い時間、話し込んでしまった」
「いえ、こちらこそ、荒川さんの時間をいっぱい奪ってしまった」
「何言ってんの。年とって、時間なんていっぱいあるんだから」
 ふはは、と笑いあっていると、窓の外にふらりと白いものが現れ始めた。
「あ、雪! 降ってきたな!!」
 ふわり、ふわりと空の落し物。
「積る前に帰らなくちゃだよね」
 荒川は慌てて、青年を玄関まで送った。
「それじゃあ」
「うん、それじゃあね」
 ガラガラと閉じていく扉の前。
 ああ、もっと早く雪が降ってくれたら。
 どっと雪が積もったら。
 このまま帰らなくても良かったかもしれないのに。
「雪、おっそい」
 青年は小さくつぶやいた。

 2020.01.18 制作時間 一時間
 お題「雪」「秘密の夢」「お好きにどうぞ」
 お題は第347回一次創作BL版深夜の真剣60分一本勝負さまより
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