19年一本勝負さん参加録

割れたスイカと

 タイヤの回転音。ギシギシと鳴る車体の音。開け放たれた窓から、耳を澄ませばかすかに聞こえてくる。
 木村春充は二階の自室の窓辺に頬杖をついてぼんやりと空を見えていた。
「すみせーん!」
 大声で戸を叩く音。
「げっ、またあいつ来たのか!」
 木村は、窓から下を見てその姿を確認した。長い髪を後ろでまとめ、ポニーテールのようにしている男。白いシャツが陽光にきらめいたと思ったら、彼も上を見上げた。目線が合う。
「おーっす! 木村ぁ!」
清々しい凛とした声がしたから突き上げてくる。
「これじゃあ居留守も使えねえな……」
 とほほ、と肩を落とした木村は、この少年――飯田のしつこさを身を持ってしっている為、静かに階段を降りた。
 玄関の戸を開けば、飯田がにっこりと白い歯を見せて笑う。手にはスイカを持っていた。
「なんでこんな時間帯にくるんだよ」
 太陽は真上である。
 良く見ると前髪がしっとりと濡れていた。真っ赤に火照った頬からは湯気が出てきそうだ。
「あ、飯、もう食っちゃった?」
「まだ。おばさん、今日は出てる」
「ふーん、今、家に誰もいないから、まだ食っていないわけね」
「別に」
「じゃあ、やろうな!」
 そう言って、飯田は片手で棒を握ってスイカを叩くジェスチャーをした。しかし木村には伝わらない。
「ああ、もう! いいから! とりあえずお邪魔しまーす」
 我が物顔で室内に上がってくる飯田を引き止めることに失敗した木村は黙って彼の後に続いた。
 中庭にまで進むと、飯田はスイカを丁寧に地面におろした。そして素早く木村の後ろに回り、用意してきた布で目を覆う。
「おい! なんだよ!」
――襲われるかもしれない。
 奪われた視界に突然のことでパニックに陥った木村は飯田の頬を思い切り引っ掻いた。血がにじんだ右頬のことなどお構いなしに飯田が上機嫌で言う。
「大丈夫、大丈夫。俺が助言しちゃる!」
 こいつの考えていることがわからない。その恐怖から逃げようとしたが、飯田に手を掴まれてしまう。必死にもがいても逃れられない。飯田は無理やりに、木村の位置を動かすと、ぱっと手を離した。
「じゃあ、そこスタート位置。はい、まっすぐ進んで!」
「へ?」
 離された身体で呆然としていたが、やがて事態を掴んだ木村が叫んだ。
「嫌だ! 絶対出来ない!」
「大丈夫、大丈夫! さ、レッツゴー」
「くっそ、どうなっても知らないからな!」
 突然のスイカ割りが夏の思い出に変わるまで、あと少し。


第300回 2019.07.20 1h
お題:夏の思い出/汗/お前の気持ちがわからない
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