19年一本勝負さん参加録

リップクリーム

「お前って唇ぷるぷるだよな」
 長渕の突然の発言に峰ノ井は目を丸くした。
 お昼時。やっと訪れた休息の時間に校舎の至るところから、和気藹々と談笑が聞こえてくる。
 長渕は持参したお弁当を広げ、峰ノ井は売店で買ってきた惣菜パンをかじりながら、次の時限が始まるまでのひと時を楽しんでいた。
 そんな折、長渕の天然爆弾が投下され、峰ノ井の腹筋は崩壊することになる。
「あはは、何それ!」
 ツボに入ったらしく腹部を抑え込み身を二つにまげてとめどなくこみあげてくる笑いを止められない峰ノ井を長渕はきょとんとした表情で見ていた。
「それでさっきから俺の顔ばかり見てたの?」
 笑いの波が引いた峰ノ井が目じりの涙をぬぐいながら聞いてくる。
「あ、え、うん」
「マジか! じゃ、使ってみる?」
 峰ノ井はリップクリームを取り出してキャップを外すとぼんやりとしている長渕の唇に先端を押し付けた。
「うぷっ! 何するんだよ!」
「何って? お前もぷるぷるになろうぜ!」
「馬鹿! 間接キスじゃねーか!」
「間接が嫌なら直接するか?」
 ふざけんじゃねえ! と揉み合いじゃれ合っていると、始業のベルが鳴り響く。それじゃあな、と峰ノ井が自分の机に戻っていった。
 まったく、もう。
 長渕はため息を着いた。
 確かに峰ノ井を見ていたが唇に気を取られて見ていたというよりも、彼を見ていたから唇のぷるぷる感に気が付いたというか。
 長渕は人差し指で自分の唇を触ってみた。
 ほんのちょっぴりしっとりとしたそんな感触。
 彼の唇は触れたらどんな感触がするのだろうか。


第337回 2019.12.07
お題:リップクリーム
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