19年一本勝負さん参加録

 触れないで。

 拒絶されたその瞬間、言葉の意味が分からず、呆然と立ち尽くしてしまった。彼の言葉はだんだんと時間をかけてしみ込み、理解が追いつくに連れ打撃も大きくなる。

「そうだよな。悪い」
 と、軽く流すことは出来たが、それ以降、彼と会うのを避けるようになってしまった。

 別に彼を嫌いになった訳ではない。

 ただ単に髪を触ろうとしただけで、どん、と胸をおされたのだ。
 完全なる拒否の色。警戒の眼差し。
 あれを思い出すだけで、自分のうちから湧き上がるものが恐怖だと知って、呆然としてしまう。

 今まで金魚のフンのように彼を追いかけ回していたのにたった一言、一動作で怯えるだなんて――。

 はは、と乾いた笑い声が漏れる。何してるんだろ、俺。

 ふと携帯の着信音が鳴り響く。

 差出人にドキリと胸が弾んだ。だが小さな喜びもそれも少しずつ萎んでいき、メッセージを見るのが怖くなる。

 なんだろう。俺が無理やり距離を縮めるたから、それについての――。いやいや、もう、こうなったら全て受け止めるしかない。

 どうか別れ話だけはやめてくれ。
 そう願いつつ、画面を開いた。


――最近、見ないけどどうした?
  家にも来ないじゃん。


 はらりと熱いものがこみ上げるのを抑えきれなかった。
 弾けそうな中身を抱えたまま、彼の家にひた走る。
 今日は彼以外誰もいない曜日だったはず。前回までのヘマはしない。

 ちゃんと優しくするから――。 


 勢いよくチャイムを押せば、扉から現れた彼が目を見開いて、でもちょっと嬉しそうに顔を歪めた。

「どうした?」

「会いに来た! もう触んないから、どうにか俺の傍にいてください!」

 口からボロボロと溢れてくる言葉に自分自身で驚きながらも彼に伝える。だが彼はポカンと口を半開きにして、しばらくして大きなため息をついた。

「意味分からない」

「え?」

「突然、姿を消したように寄ってこないと思ったら、何やら急にわめき出して……」

「わめいているのではなく誤っているというか、そう、誤ってます!」

「は? だから何を?」

「触れるなって……ほら、言ったじゃん」

「おお……って、え?」

 二人して顔を見合わせて硬直した。事態を把握して、彼が笑い出す。

「何馬鹿やってるの。
 別に本気で拒絶した訳じゃないって。
 急にスパーンって距離詰められたら、反射的にっていうかさ。つか必死すぎ……」

 カラカラと笑う声に、頬がかっと熱くなる。

「わ、笑うなって……。そうだよ! 馬鹿なんだよ。お前限定でIQ0.5になっちまうんだから!」

 そう、彼限定なのだ。

 馬鹿みたいに青くなったり赤くなったり。

 それでも、それだから、ずっと傍にいたいのだ。


2019.08.03
深夜の真剣一本勝負参加しました!
使用お題はdon't tach me!です
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