18年一本勝負さん参加録
もうすぐの終わり
優一が、食堂の窓の外を見ると、もう夜の帳が落ちていた。
真っ黒な闇に覆われた住宅街。街灯が人口のほの暗い明かりを灯しているが、明るすぎるそれは、光の届かない位置により黒い影を作っていた。
優一は、彼の方を向いた。
藤間太一。
この高校三年間を共に過ごしたルームメイトだった。
優一が、この春卒業する高校は、田舎の男子校。周囲は住宅街に覆われているが、それなりに敷地も設備もある。
遠くから通ってくる生徒もいる為、学生寮も完備されている。
寮の使用者は、一部屋当たり、二人。毎年学年が変わるたびに、部屋替えができる仕組みになっているのだが、優一は、この三年間、ずっと太一と組んでいた。
いや、優一は太一以外とは、組む気がなかったのだ。
「藤間、今日はもうおしまいにしようぜ」
優一は、わざとらしく明るい声で太一に声をかけた。
「まだ全然綺麗になってないって。このままじゃ、優一の大学に間に合わないかもよ?」
おどけた調子で、太一が返す。
二人は、食堂の掃除をしていたのだ。
普段の掃除では綺麗にできないような場所まで、綺麗にする。入ってきた時よりも、綺麗にした状態で、新入生を迎え入れたい。
太一がそう言って始めた大掃除だった。
他の部屋の生徒は、担当した別の場所の掃除を終え、すでに部屋に戻っている。
太一の作業が遅いわけではなかったが、優一の手はほとんど動いていない。
サボりたい訳ではなかった。優一も綺麗にした学生寮を新入生や在校生に使ってもらいたかった。
もっと、別の想いがあったのだ。
「だからって、 明日もやるんだし。今日はもういいじゃん」
ふと厨房の方から、いい香りがしてきた。
夕食はカレーだな。優一は、にやりと笑った。
「お前の好物だな。さっさと風呂入って、着替えて、飯でも食おうぜ?」
優一がそう言うと、太一の腹の虫が答えた。
二人は顔を見合わせると、笑い声をあげた。
水蒸気で視界がほの白く見える。
学生寮についている風呂は、大浴場タイプ。大きな湯船に多人数で入るタイプだ。
風呂場に足を踏み入れた優一は思わず感想をこぼした。
「ありゃ、人がいない」
「ほんとだ、珍しいな」
こりゃ貸切だな。二人して笑い声をあげながら、湯船に飛び込んだ。
「お前、何持ってんの?」
太一の前に浮かんでいる風呂桶の中に、スナック菓子が入っている。優一はそれを指さして聞いた。
「ああ、これ? 昨日、俺たちの部屋を片付けただろ?」
新年度が始まれば、二人は別々の大学に入学することになる。
必要最低限なもの以外、部屋の家財道具や荷物を実家に送るために二人は昨日、部屋の片づけをしたのだった。
だが、家具と壁の隙間や、机のから大量のお菓子が見つかった。太一がこっそり隠しておいたのはいいのだが、すっかり忘れてしまったようだ。
二人では消費できなかったため、他の寮生に分けてしまった。
「あー、そん時出てきたお菓子? 俺にも分けてよ」
「やめとけ。賞味期限切れてる」
優一は伸ばしかけた手を引っ込めた。
「遠慮しときまーす」
太一は声を上げて、笑うと、優一の方を向いた。
「お前ならそういうと思っていた」
三年間も共に過ごしてきた。太一にとって優一は、行動や考えていることを手に取るようにわかる存在なのだろう。
だが、お前は何もわかっちゃいないよ。
そう優一は心の中で毒づいた。
「そういえば、お前、これともう一種類まだ残っていたよな?」
優一の質問に太一が目を細めて答える。
「あれは、まだ食べない」
「え?」
「賞味期限、明後日」
明後日の朝、ここを立つ予定だった。
太一はスナック菓子を口の中に抛りこむと、むしゃむしゃと咀嚼する。
そういえば、こいつ、風呂でお菓子を食うのが、癒しの時間とか言ってたよな。太一は長風呂の人間だった。そう回想し、優一は苦笑した。
太一が菓子袋を空にすると優一に向き直る。
「優一はさ、ほら、そういうの厳しいだろ。二人で一緒に食べられるギリギリまで、開けない」
「うわーなんじゃそれ」
「いいだろ。最後の最後まで、一緒にいような」
太一の一言に、優一は、ハッと目を見開いた。
「何それ、ははっ、太一君、甘ったれですね」
わざとおどけた調子でいう優一の心臓は早鐘を打っていた。
「いいだろ、お前限定なんだから」
それは、長年一緒に暮らしてきたルームメイトがいなくなるから?
それとも……?
「なあ、のぼせちゃったな」
優一が湯から上がろうとすると、太一が彼の手を掴んで引き留めた。
「お前限定なんだよ、お前以外とはもう一緒に住めない」
優一の瞳を真剣なまなざしで見つめながら、太一が言い放った。
「なっ」
優一の表情に動揺の色がにじむ。
「お前、本当に太一かよ。ぜってー言わなさそうなことを……」
「うるさいな、いつもの俺じゃないんだよ」
ぶっきらぼうにそう言った太一は、絡み合う視線を逸らした。
頬は赤く染まっている。
湯上りしたわけではなく。
「……気がついてたのか? 俺の気持ち」
思わず優一も問いかける。
彼からの返事はなかった。
ただ、優一の右手を、太一の左手が包み込むと、そのまま浴場を連れ出す。
明後日まで、俺は、いつものお前じゃないお前と一緒にいれるの?
そう問いかけたかった優一だったが、何も言わずに二人は食堂に向かった。
優一が、食堂の窓の外を見ると、もう夜の帳が落ちていた。
真っ黒な闇に覆われた住宅街。街灯が人口のほの暗い明かりを灯しているが、明るすぎるそれは、光の届かない位置により黒い影を作っていた。
優一は、彼の方を向いた。
藤間太一。
この高校三年間を共に過ごしたルームメイトだった。
優一が、この春卒業する高校は、田舎の男子校。周囲は住宅街に覆われているが、それなりに敷地も設備もある。
遠くから通ってくる生徒もいる為、学生寮も完備されている。
寮の使用者は、一部屋当たり、二人。毎年学年が変わるたびに、部屋替えができる仕組みになっているのだが、優一は、この三年間、ずっと太一と組んでいた。
いや、優一は太一以外とは、組む気がなかったのだ。
「藤間、今日はもうおしまいにしようぜ」
優一は、わざとらしく明るい声で太一に声をかけた。
「まだ全然綺麗になってないって。このままじゃ、優一の大学に間に合わないかもよ?」
おどけた調子で、太一が返す。
二人は、食堂の掃除をしていたのだ。
普段の掃除では綺麗にできないような場所まで、綺麗にする。入ってきた時よりも、綺麗にした状態で、新入生を迎え入れたい。
太一がそう言って始めた大掃除だった。
他の部屋の生徒は、担当した別の場所の掃除を終え、すでに部屋に戻っている。
太一の作業が遅いわけではなかったが、優一の手はほとんど動いていない。
サボりたい訳ではなかった。優一も綺麗にした学生寮を新入生や在校生に使ってもらいたかった。
もっと、別の想いがあったのだ。
「だからって、 明日もやるんだし。今日はもういいじゃん」
ふと厨房の方から、いい香りがしてきた。
夕食はカレーだな。優一は、にやりと笑った。
「お前の好物だな。さっさと風呂入って、着替えて、飯でも食おうぜ?」
優一がそう言うと、太一の腹の虫が答えた。
二人は顔を見合わせると、笑い声をあげた。
水蒸気で視界がほの白く見える。
学生寮についている風呂は、大浴場タイプ。大きな湯船に多人数で入るタイプだ。
風呂場に足を踏み入れた優一は思わず感想をこぼした。
「ありゃ、人がいない」
「ほんとだ、珍しいな」
こりゃ貸切だな。二人して笑い声をあげながら、湯船に飛び込んだ。
「お前、何持ってんの?」
太一の前に浮かんでいる風呂桶の中に、スナック菓子が入っている。優一はそれを指さして聞いた。
「ああ、これ? 昨日、俺たちの部屋を片付けただろ?」
新年度が始まれば、二人は別々の大学に入学することになる。
必要最低限なもの以外、部屋の家財道具や荷物を実家に送るために二人は昨日、部屋の片づけをしたのだった。
だが、家具と壁の隙間や、机のから大量のお菓子が見つかった。太一がこっそり隠しておいたのはいいのだが、すっかり忘れてしまったようだ。
二人では消費できなかったため、他の寮生に分けてしまった。
「あー、そん時出てきたお菓子? 俺にも分けてよ」
「やめとけ。賞味期限切れてる」
優一は伸ばしかけた手を引っ込めた。
「遠慮しときまーす」
太一は声を上げて、笑うと、優一の方を向いた。
「お前ならそういうと思っていた」
三年間も共に過ごしてきた。太一にとって優一は、行動や考えていることを手に取るようにわかる存在なのだろう。
だが、お前は何もわかっちゃいないよ。
そう優一は心の中で毒づいた。
「そういえば、お前、これともう一種類まだ残っていたよな?」
優一の質問に太一が目を細めて答える。
「あれは、まだ食べない」
「え?」
「賞味期限、明後日」
明後日の朝、ここを立つ予定だった。
太一はスナック菓子を口の中に抛りこむと、むしゃむしゃと咀嚼する。
そういえば、こいつ、風呂でお菓子を食うのが、癒しの時間とか言ってたよな。太一は長風呂の人間だった。そう回想し、優一は苦笑した。
太一が菓子袋を空にすると優一に向き直る。
「優一はさ、ほら、そういうの厳しいだろ。二人で一緒に食べられるギリギリまで、開けない」
「うわーなんじゃそれ」
「いいだろ。最後の最後まで、一緒にいような」
太一の一言に、優一は、ハッと目を見開いた。
「何それ、ははっ、太一君、甘ったれですね」
わざとおどけた調子でいう優一の心臓は早鐘を打っていた。
「いいだろ、お前限定なんだから」
それは、長年一緒に暮らしてきたルームメイトがいなくなるから?
それとも……?
「なあ、のぼせちゃったな」
優一が湯から上がろうとすると、太一が彼の手を掴んで引き留めた。
「お前限定なんだよ、お前以外とはもう一緒に住めない」
優一の瞳を真剣なまなざしで見つめながら、太一が言い放った。
「なっ」
優一の表情に動揺の色がにじむ。
「お前、本当に太一かよ。ぜってー言わなさそうなことを……」
「うるさいな、いつもの俺じゃないんだよ」
ぶっきらぼうにそう言った太一は、絡み合う視線を逸らした。
頬は赤く染まっている。
湯上りしたわけではなく。
「……気がついてたのか? 俺の気持ち」
思わず優一も問いかける。
彼からの返事はなかった。
ただ、優一の右手を、太一の左手が包み込むと、そのまま浴場を連れ出す。
明後日まで、俺は、いつものお前じゃないお前と一緒にいれるの?
そう問いかけたかった優一だったが、何も言わずに二人は食堂に向かった。