19年一本勝負さん参加録

線香花火

 今夜の花火大会は中止だそうだ。踊っていた胸のときめきも沈下してしまう。
「だから言ったのに」
 窓を打つ雨脚がだんだんと強くなってきた。透明なそれは室内の光景を反射して、柚葵ゆずきと茜の姿を外界に透かして写す。柚葵がこぼした小言が耳に届いたのか、茜が困ったように肩を落とした。
「ごめんなぁ」
 予報でも雨だった。
 それでも旅行を決行したのは、なかなか合わない二人のスケジュールが合致したというだけではなく、この日に行きたいと茜がねだったからだ。
 柚葵はテレビのリモコンを手に取った。ニュースの画面に切り替わる。彼の知らない局だ。テレビに流れる電波が違うことに毎回旅によって気づかされる。
「あ、明日もだな」
 予報図にショックを受けた茜は残念そうに唇を噛んだ。
「ま、とりあえず乾杯でもして寝よう」
 青年はあえて明るい声を出す。備え付けの小さな冷蔵庫の中から缶ビールを取り出してプルタブを上下した。
「俺はお前となら、どこだって楽しいしさ」
「お前の言葉は心にしみるなぁ」
「なんだよ! ほら、飲めって!」
 アルミ缶を口元で傾けると茜の喉仏も上下した。
「明日、手持ち花火でも買ってくるか」
「は? 家庭用の小さいやつ?」
「ああ、うん」
「うわ、懐かしいな。中学以来だ」
 昔のことを思い出して、柚葵の頬が紅潮した。
 初めて柚葵が茜に思いを告げられたのもそんな時分だ。
 三年もクラスが同じでずっと同級生をやっていた彼。卒業前に引っ越すと聞いて、最後の夏に友人たちと集まって持ち寄った花火をした。
「線香花火で一番長く持ったやつが勝ち、覚えてる?」
「うん。柚葵は一番に負けて、悔しそうにしてたな」
「でもその後、誰かさんがわざと自分のを落っことして、敗者は仲良くコンビニでアイス買ってきます~なんて言ってさ」
 その後の通り道、ふと立ち止まった茜の真剣な表情を月光が照らす。瞬く夜空と静寂を保つ夜の闇が二人の間に流れ込んできて――。
「一世一代の告白だったんだぜ。だけどその後うやむやにされちゃったよな」
「バカ。その後すぐにいなくなっちゃったのは茜だろ」
 顔を見合わせて笑う。
 その後の二人の物語はいくらか時を経なくてはならない。
 だが二人が再会した時、あの時の線香花火のように爆ぜる橙が胸の内に灯ったのだ。
「馬鹿みたいだよな、俺たち」
「え~俺茜と同類1?」
「何だよ、不満かよ!」
「バカ、冗談だよ」
 その時、ふと思い出した。茜が線香花火を落とした日付。
 ちょうど十年前のなのか、と。


第310回 2019.08.24
お題:旅行/線香花火/「だから言ったのに」
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