18年一本勝負さん参加録
新たなる危機
松里丘茉莉を追って、この街にまで来た。
日本に比べて、あそこの治安は悪いよ、と妹はとても心配していたが、それは僕も同じだ。
あの松里丘茉莉だって、人間なのだ。
確かに並外れた推理力がある。だが、彼だって、凶弾には倒れるし、ナイフで肌を切られれば、赤い血を流す。
『滝沢君、僕が留守の間は、この亀の面倒を君に任せたよ。動作の遅い生き物と、頭の回転の遅い君。ピッタリな組み合わせじゃないか』
……なんて、ひどい奴だ。先ほどの言葉を撤回しよう。
彼の身体に流れている血は青い。
僕にペットのカメを押し付けて、その癖何も言わずに勝手に海外に飛び立ってしまったのだ。あんな人間に赤い血が流れているもんか。
けれど、そんな彼のことが気になって仕方がないのが惚れた方の弱みというものだろう。
だから、僕もここまで来てしまった。
海を越えた異国の地へと……。
と、ここまではよかったのだが、本当に僕という人間はとても運が悪い。なぜなら。
「おい、こいつがどうなってもいいのか?」
僕の頭に突き付けられているのは、リボルバー式拳銃だからだ。
「いいか、一歩でも動いてみろ。こいつの頭はドカンだ」
強盗は三人。覆面をつけている為、どんな人相かどうかは分からないが、図体がでかいやつと、小柄な男と、中部取りのやつ。
僕は図体のでかい奴に後ろから羽交い絞めにされた状態で、突っ立ていた。
ここは××ビルディングの屋上。
すでに八フィート先には、強盗犯を説得するために派遣された刑事たちと、その背後に機動隊が配置されている。
両者のにらめっこの間に、一人言葉もよくわからない僕。
「要求はなんだ!」
警官たちのイライラが空気が媒介して、程よく伝わってくる。
じっとりと流れてくる脂汗。強く握りしめすぎて、指が悲鳴を上げている。
緊張しすぎてしまって、心が押しつぶされそうだ。深海に沈められたカップラーメンの容器みたいに。
険悪な雰囲気の中、警官の無線が鳴る。
警官が小声で応対すると、彼の表情が明るくなった。
「彼が、到着しました」
その時、きっちりと肉の壁として並んでいた機動隊が道を開ける。
松里丘茉莉が、僕の目の前に立っていた。
「松里丘!」
僕は叫ぼうとしたが、強盗に顎を抑え込まれてしまって、どうしようもできない。
(駄目だ! こんな危ないところに来てしまっては!)
頭に押し付けられているそれが、火を噴いて、松里丘茉莉の身体に穴をあける様が脳裏に浮かぶ。
その途端、身体がカッと熱くなった。
僕は、渾身の力を込めて、強盗の顎に頭突きを食らわせた。
「くっ」
図体のでかいやつの悲痛な呻き。
「くそっ」
彼の近くに誓えていた二人が、拳銃を構える。
まずい、と思った時。
「ジェイムズ・ディップ! そこまでだ」
松里丘茉莉の声が、空気を振動させた。
「君たちのたくらみはもう、明かされた。この事件の発端は、これだね」
松里丘茉莉は、着ていたトレンチコート(探偵気取りか! なんてやつ!)の裏ポケットから、宝石箱を取り出した。
「このラピスラズリにすべての謎は隠されていた。夫人を殺害したのは、君たちだね。僕の仕掛けた罠に次々に嵌り大変、忙しそうだ。でも、もう終わりだ。全ては白日の元にさらされた。さあ、その危なっかしいものを、僕に渡してもらおうか」
彼は、一歩ずつ、こちらに向かってくる。
覆面の下は、見ることが出来ない。だが、唇をかみしめるような悔しい表情をしているに決まっている。
松里丘茉莉は、例のギザな種明かしタイム・演説を開始した途端に、彼らは銃を捨てて、投降したからだ。
僕は自由の身になった。
確保された三人は、警官たちに取り囲まれながら、遠ざかっていく。
危機は去った。
だが……。
「いてっ」
僕は、松里丘にでこぴんをされる。
「どうして君がここに? 日本でお留守番をしているんじゃなかったのかい?」
「心配できてしまったんだ」
「あほか。足手まといをしに来るなんて」
むかぁ。なんて奴だ。
「さあ、君、立ちたまえ。折角ここまで来てくれたのは嬉しいが、もう帰るぞ」
そういって、松里丘茉莉は、僕に笑みを見せる。
「全く、君はこらえ性のない人だ。ここまで私をいらだたせるなんて」
何言ってるのか、この人は自分でわかっているんだろうか。……こんなにも嬉しそうな顔をして。
「松里丘、手を貸してくれないか?」
「おや、何だい?」
「腰が抜けてしまったんだ」
僕は、松里丘の手を借りると、何とか立ち上がることができた。
「さあて、君、その代償を払ってもらわないとな」
「代償?」
「私の手を借りたのだろう? 借りたものは返さなければならないね」
う。こいつはこういうやつだった。
「今夜はまた腰が抜けてしまうかもしれないね」
軽快に笑って見せるこの人でなしを僕は思い切りにらんでやった。
危機は去った。
だが、またやってくる。
松里丘茉莉という名の、危機が。
松里丘茉莉を追って、この街にまで来た。
日本に比べて、あそこの治安は悪いよ、と妹はとても心配していたが、それは僕も同じだ。
あの松里丘茉莉だって、人間なのだ。
確かに並外れた推理力がある。だが、彼だって、凶弾には倒れるし、ナイフで肌を切られれば、赤い血を流す。
『滝沢君、僕が留守の間は、この亀の面倒を君に任せたよ。動作の遅い生き物と、頭の回転の遅い君。ピッタリな組み合わせじゃないか』
……なんて、ひどい奴だ。先ほどの言葉を撤回しよう。
彼の身体に流れている血は青い。
僕にペットのカメを押し付けて、その癖何も言わずに勝手に海外に飛び立ってしまったのだ。あんな人間に赤い血が流れているもんか。
けれど、そんな彼のことが気になって仕方がないのが惚れた方の弱みというものだろう。
だから、僕もここまで来てしまった。
海を越えた異国の地へと……。
と、ここまではよかったのだが、本当に僕という人間はとても運が悪い。なぜなら。
「おい、こいつがどうなってもいいのか?」
僕の頭に突き付けられているのは、リボルバー式拳銃だからだ。
「いいか、一歩でも動いてみろ。こいつの頭はドカンだ」
強盗は三人。覆面をつけている為、どんな人相かどうかは分からないが、図体がでかいやつと、小柄な男と、中部取りのやつ。
僕は図体のでかい奴に後ろから羽交い絞めにされた状態で、突っ立ていた。
ここは××ビルディングの屋上。
すでに八フィート先には、強盗犯を説得するために派遣された刑事たちと、その背後に機動隊が配置されている。
両者のにらめっこの間に、一人言葉もよくわからない僕。
「要求はなんだ!」
警官たちのイライラが空気が媒介して、程よく伝わってくる。
じっとりと流れてくる脂汗。強く握りしめすぎて、指が悲鳴を上げている。
緊張しすぎてしまって、心が押しつぶされそうだ。深海に沈められたカップラーメンの容器みたいに。
険悪な雰囲気の中、警官の無線が鳴る。
警官が小声で応対すると、彼の表情が明るくなった。
「彼が、到着しました」
その時、きっちりと肉の壁として並んでいた機動隊が道を開ける。
松里丘茉莉が、僕の目の前に立っていた。
「松里丘!」
僕は叫ぼうとしたが、強盗に顎を抑え込まれてしまって、どうしようもできない。
(駄目だ! こんな危ないところに来てしまっては!)
頭に押し付けられているそれが、火を噴いて、松里丘茉莉の身体に穴をあける様が脳裏に浮かぶ。
その途端、身体がカッと熱くなった。
僕は、渾身の力を込めて、強盗の顎に頭突きを食らわせた。
「くっ」
図体のでかいやつの悲痛な呻き。
「くそっ」
彼の近くに誓えていた二人が、拳銃を構える。
まずい、と思った時。
「ジェイムズ・ディップ! そこまでだ」
松里丘茉莉の声が、空気を振動させた。
「君たちのたくらみはもう、明かされた。この事件の発端は、これだね」
松里丘茉莉は、着ていたトレンチコート(探偵気取りか! なんてやつ!)の裏ポケットから、宝石箱を取り出した。
「このラピスラズリにすべての謎は隠されていた。夫人を殺害したのは、君たちだね。僕の仕掛けた罠に次々に嵌り大変、忙しそうだ。でも、もう終わりだ。全ては白日の元にさらされた。さあ、その危なっかしいものを、僕に渡してもらおうか」
彼は、一歩ずつ、こちらに向かってくる。
覆面の下は、見ることが出来ない。だが、唇をかみしめるような悔しい表情をしているに決まっている。
松里丘茉莉は、例のギザな種明かしタイム・演説を開始した途端に、彼らは銃を捨てて、投降したからだ。
僕は自由の身になった。
確保された三人は、警官たちに取り囲まれながら、遠ざかっていく。
危機は去った。
だが……。
「いてっ」
僕は、松里丘にでこぴんをされる。
「どうして君がここに? 日本でお留守番をしているんじゃなかったのかい?」
「心配できてしまったんだ」
「あほか。足手まといをしに来るなんて」
むかぁ。なんて奴だ。
「さあ、君、立ちたまえ。折角ここまで来てくれたのは嬉しいが、もう帰るぞ」
そういって、松里丘茉莉は、僕に笑みを見せる。
「全く、君はこらえ性のない人だ。ここまで私をいらだたせるなんて」
何言ってるのか、この人は自分でわかっているんだろうか。……こんなにも嬉しそうな顔をして。
「松里丘、手を貸してくれないか?」
「おや、何だい?」
「腰が抜けてしまったんだ」
僕は、松里丘の手を借りると、何とか立ち上がることができた。
「さあて、君、その代償を払ってもらわないとな」
「代償?」
「私の手を借りたのだろう? 借りたものは返さなければならないね」
う。こいつはこういうやつだった。
「今夜はまた腰が抜けてしまうかもしれないね」
軽快に笑って見せるこの人でなしを僕は思い切りにらんでやった。
危機は去った。
だが、またやってくる。
松里丘茉莉という名の、危機が。