19年一本勝負さん参加録

入浴剤

――誰でも発掘! 恐竜バスボール!

 とっておきの秘策をとっておきすぎて同居人に使用されていた事実を知った時、豹午郎はなさけないくらいに何もできず、金魚のように口をぱくぱくと動かすばかりだった。
 しばらくの沈黙の後、ショックの波が引いて、豹午郎はソファの上に縮み上がっている同居人・莉也に詰め寄る。
「使ったな?」
 見ればわかる。浴槽に投下する予定だった秘策の入浴剤。封を切られたパッケージを拾い上げ、莉也の目前に突き付ければ、一瞬で青ざめた顔で彼が上下に首を振った。
「だ、誰のだかわからなくて」
 ぼそぼそとした言い訳に、豹午郎はため息をつく。この家にいるのは自分と彼と猫たちだけだ。自分のものでなければ、豹午郎のものであるとわからないのか。
「浴槽に入れると、泡が出て、恐竜が出てくるって書いてあったから。恐竜ってでかいだろ? 本当かなぁと思って」
 莉也がごめんな、と言いながら、豹午郎の手に何かを握らせた。掌の中にすっぽりと入りこんだそれを見て落胆していた豹午郎はさらに落胆した。
「トリケラじゃないのか……」
「マイラサウラだそうだ」
「見ればわかるっての!」
「とにかく俺はもう寝る。絶対に起こすな。次の氷河期まで寝る」
「いやいやいや、待って! 豹がいなくなったら俺、死んじまう! 堪忍してくれ!」
 姿を消そうとした豹の腕に莉也が全力で抱きついてきた。その勢いで二人はフローリングの上に雪崩るように倒れ込む。
「痛っ……豹⁉」
 横になった豹午郎を見て莉也の頭に電球がともった。莉也は豹午郎の肩を勢いよくつかんだ。
「おい、何し……」
 身動きを封じられた豹午郎の上に莉也が重なる。
「許して?」
 と甘ったるくおねだりしてみれば、先ほどとは質の違うため息が豹午郎の唇から零れ落ちた。
「莉也、風呂行くぞ」
「おおう?」
「俺は疲れているんだ、早くしてくれ」
「分かった。……あ、それじゃあ、俺、豹をマッサージしてやろうか! こないだテレビでやってたからなんとなく出来る、はず!」
 不安げに微笑んで見せれば天真爛漫な笑みが返ってきた。
 何も分かっていないのはお前だけだ。
 とっておきの入浴剤がとけこんだ浴槽が二人を待っていた。


第313回 2019.09.01 1h
お題;熱い眼差し/マッサージ/とっておきの秘策
17/49ページ
スキ