19年一本勝負さん参加録

流れ星に想いを乗せて

 その時、初めて自分の鼓動に気が付いた、と彼は言った。
「僕の小学校の屋上には望遠鏡がついていてね。初めて見たのは金星だった。理科の先生がさ、焦点を合わせてくれた後、僕に見せてくれた」
 天体にかかわることになると彼の瞳はきらきらと輝く。まるで無数に夜空に浮かびあがる星々の輝きのように。
 草と泥の青臭い匂いが鼻孔いっぱいに広がる。彼と青年は二人で夜空を見上げていた。
――何かに夢中になれる人間になりたい。
 青年が彼にぽつりとこぼした言葉だ。
彼にとって天文学はその体の奥にまで溶け込んでいるかのように、ごく自然に生活に入り込んでいた。宇宙に出会う前を想像できないくらいに。
 人生をまるごと放り投げてもいいと思えるくらい、好きなものに巡り逢えた人間なんてこの星に幾人ばかりいるのだろう。
 自分が『特別』であると意識したことは無かったが、青年に出会って変わった。自分は特別に幸せな人間なのだと気が付いたのだ。
「君が今、人生の岐路で、これからの進路を決めて行かなくてはならない時期だと僕は分かっている。だけどさ、こうやって夜空を眺めていると、人間の抱えている問題なんてちっぽけなものに思えてくるだろ……って、キザすぎる?」
「いいや、貴方が本心でそう言っているなら、素直に受け止められるよ」
「それはどういうことかい?」
「今、貴方は、あの星がどうたらで、どうしてあの星はどうたらなんだろうって思っている。人間の些細な問題など心にない。ね、そうでしょう」
 ははは、と彼は大きな口をあけて笑った。その豪快な笑い声がしんと静まり返った夜の世界に響いた。
「そうだね。」
「そうでしょう。……あ、流れ星だ」
 二人の視界に、綺麗な曲線が現れ、儚く消えていった。
「じゃあ、今、僕がどんなことを思っていたか、あてられるかい?」
「簡単です。あの流れ星について興味が移りましたね。現象の理由について」
 彼は、ふふん、とご機嫌そうに鼻を鳴らした。
「おしい。あたりだけどはずれだ」
「何それ。どっちなんです?」
 その時、初めて自分の鼓動に気が付いた。レンズを通して触れた星々の輝きが、彼の心臓を動かしている。高鳴りが愛おしくてたまらなかった。
 でも今は天体だけではないのだ。
 彼と共に時を刻めますように。彼と共に時を刻めますように。彼と共に時を刻めますように。
 三回願った。
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