19年一本勝負さん参加録
雪の中のふたり
『ねえ、オレはどうしたらいい?』
思い出しただけでイライラしていた。木村はじたんだを踏んだ。渾身のキス待ち顔に吹きかけられたのは恋人のデリカシーの無い一言だったのだ。
雪の重さに耐える雁木造りの下。雲にさえぎられてただでさえほの暗いのに、重たい雪が町中に乗っかっていて、気分は重く沈む。雪国に越してきたことを恨まずにはいられない。
『ねえ、どこから越してきたの?』
『……T都』
それでも、転校してまっさきに声をかけてくれた人がいたことを思いだして、身体の内側からどうしようもできない熱がこみあげてくる。
彼は飯田紳二と名乗った。同級生。黒い縮れ毛に真ん丸な目が特徴的で、口元の笑顔からこぼれる白い八重歯が犬っころの犬歯みたいだ、と木村は思った。人懐っこい彼とはすぐに打ち解けることができた。
『へえ、親の転勤って大変なんだろうって思っていたけれど、転校できて良かったね。とりあえず、遠い場所に来られたんだから』
前の高校の愚痴を言った時、彼のそっけない言葉が優しく木村を包み込んだ。
純情、というより純粋だ。まだ泥に犯され純潔を失っていない美しい白い雪の様な人間だった。
だが、雪というものは白く美しければ美しいほど、輝きが強いものだ。反射した光で目を傷めてしまう。それなのに、彼の純粋な色に惹きつけられている自分がいた。
『俺、ゲイなんだ』
自分の最大の秘密を打ち明けたとき、彼の大きな瞳の輝きは決して変わらなかった。それが何なんだよ、木村は木村じゃん。そうだけどさ、でも、お前が好きなんだよ、俺は。
そんなあやふやな会話の中で付き合うようになった。恋人だと思っている。いや、恋人であると思いたかった。
「けれど、所詮そんなもんだよな」
今日、彼にキスをねだった。手は繋いでくれる。頭を撫でてくれる。でも、それだけじゃ足りなくて。そんなふうに自分は思っても無理なものは無理だったらしい。
どうしたらいい? その言葉を返されたときに木村は飯田が無理をしているのを悟った。飯田は孤独な転校生だった自分に合わせてくれていただけなのだと。
「そうだよな。そうだよ。バカ、なんで一人で舞い上がってたんだよ……」
ぽつりと漏れたのは独り言だけではなかった。大粒の涙がひとつ、流れ落ちて足元に落ちた。止まらない。たったひとつのきっかけで全てが崩壊していくように、泣いて、泣いて。涙が止まらなかった。
「――!」
遠くで誰かの声が聞こえたような気がした。
「木村あああ」
遠くにあった声がだんだんと近づいてくる。あ、この声は――。
「木村、ごめん!」
木村が声の主を確認しようと振り向こうとした。だが、それよりもワンテンポ早く背後から強く抱きしめられていた。
「ごめん、オレ、ごめん」
ずびずびと鼻を鳴らしながら「ごめん」を繰り返す飯田。彼も泣いていたのだろうか。
「ごめん、本当にオレ、やっぱり田舎者なんだよ。いや、田舎者でも竹川のおっちゃんは若い頃ハーレムだったって言ってた。やっぱり、オレがダメなんだ。オレがダメだから」
……何故、そこで近所の豆腐屋のおやじが出てくる。必死になっている飯田を面白く思って、木村はぷっと吹き出し笑いをした。それに気が付いた飯田が我に返った。抱きしめていた木村の身体を話すと、木村と面と向かう形になる。
「さっきはごめん」
「うん。ごめんは聞いたよ」
「でも、オレ、マジなの。誰かと付き合ったことがなかったから。木村が初めてだから。……どうすればいいのか、本当に分からないんだ」
……バカ。木村は心の中でつぶやいた。今のではっきりと見えた。彼は木村を拒絶したのではなかったということが。
「こういうとき、どうすればいいと思う?」
わざといじわるしたくなる。木村は飯田に問いかけた。少しの時間の沈黙。彼が精いっぱい答えを出そうとしているのが手に取るようにわかる。それが木村は嬉しかった。飯田は分かった、と言って木村の掌を自分の掌で包みこんだ。
「へ?」
「手、冷えてるんじゃないかなって」
じんわりと彼の熱が冷えた指先に広がってくる。木村はなんだかこそばゆい気持ちになって、口元をゆがませた。
「どう? 間違っていた?」
「いいや。うん。まあ……」
「どう?」
「……こういうこと、してくれればいい」
木村は自分の頬が恥ずかしさと嬉しさの熱で暴走しそうになっていることを悟られないように、飯田を引き寄せると、唇を奪った。
第253回 2019/02/09 1h
一次創作BL版深夜の真剣一本勝負さん参加作
お題:雪/冷えた手先/「どうすればいい?」
『ねえ、オレはどうしたらいい?』
思い出しただけでイライラしていた。木村はじたんだを踏んだ。渾身のキス待ち顔に吹きかけられたのは恋人のデリカシーの無い一言だったのだ。
雪の重さに耐える雁木造りの下。雲にさえぎられてただでさえほの暗いのに、重たい雪が町中に乗っかっていて、気分は重く沈む。雪国に越してきたことを恨まずにはいられない。
『ねえ、どこから越してきたの?』
『……T都』
それでも、転校してまっさきに声をかけてくれた人がいたことを思いだして、身体の内側からどうしようもできない熱がこみあげてくる。
彼は飯田紳二と名乗った。同級生。黒い縮れ毛に真ん丸な目が特徴的で、口元の笑顔からこぼれる白い八重歯が犬っころの犬歯みたいだ、と木村は思った。人懐っこい彼とはすぐに打ち解けることができた。
『へえ、親の転勤って大変なんだろうって思っていたけれど、転校できて良かったね。とりあえず、遠い場所に来られたんだから』
前の高校の愚痴を言った時、彼のそっけない言葉が優しく木村を包み込んだ。
純情、というより純粋だ。まだ泥に犯され純潔を失っていない美しい白い雪の様な人間だった。
だが、雪というものは白く美しければ美しいほど、輝きが強いものだ。反射した光で目を傷めてしまう。それなのに、彼の純粋な色に惹きつけられている自分がいた。
『俺、ゲイなんだ』
自分の最大の秘密を打ち明けたとき、彼の大きな瞳の輝きは決して変わらなかった。それが何なんだよ、木村は木村じゃん。そうだけどさ、でも、お前が好きなんだよ、俺は。
そんなあやふやな会話の中で付き合うようになった。恋人だと思っている。いや、恋人であると思いたかった。
「けれど、所詮そんなもんだよな」
今日、彼にキスをねだった。手は繋いでくれる。頭を撫でてくれる。でも、それだけじゃ足りなくて。そんなふうに自分は思っても無理なものは無理だったらしい。
どうしたらいい? その言葉を返されたときに木村は飯田が無理をしているのを悟った。飯田は孤独な転校生だった自分に合わせてくれていただけなのだと。
「そうだよな。そうだよ。バカ、なんで一人で舞い上がってたんだよ……」
ぽつりと漏れたのは独り言だけではなかった。大粒の涙がひとつ、流れ落ちて足元に落ちた。止まらない。たったひとつのきっかけで全てが崩壊していくように、泣いて、泣いて。涙が止まらなかった。
「――!」
遠くで誰かの声が聞こえたような気がした。
「木村あああ」
遠くにあった声がだんだんと近づいてくる。あ、この声は――。
「木村、ごめん!」
木村が声の主を確認しようと振り向こうとした。だが、それよりもワンテンポ早く背後から強く抱きしめられていた。
「ごめん、オレ、ごめん」
ずびずびと鼻を鳴らしながら「ごめん」を繰り返す飯田。彼も泣いていたのだろうか。
「ごめん、本当にオレ、やっぱり田舎者なんだよ。いや、田舎者でも竹川のおっちゃんは若い頃ハーレムだったって言ってた。やっぱり、オレがダメなんだ。オレがダメだから」
……何故、そこで近所の豆腐屋のおやじが出てくる。必死になっている飯田を面白く思って、木村はぷっと吹き出し笑いをした。それに気が付いた飯田が我に返った。抱きしめていた木村の身体を話すと、木村と面と向かう形になる。
「さっきはごめん」
「うん。ごめんは聞いたよ」
「でも、オレ、マジなの。誰かと付き合ったことがなかったから。木村が初めてだから。……どうすればいいのか、本当に分からないんだ」
……バカ。木村は心の中でつぶやいた。今のではっきりと見えた。彼は木村を拒絶したのではなかったということが。
「こういうとき、どうすればいいと思う?」
わざといじわるしたくなる。木村は飯田に問いかけた。少しの時間の沈黙。彼が精いっぱい答えを出そうとしているのが手に取るようにわかる。それが木村は嬉しかった。飯田は分かった、と言って木村の掌を自分の掌で包みこんだ。
「へ?」
「手、冷えてるんじゃないかなって」
じんわりと彼の熱が冷えた指先に広がってくる。木村はなんだかこそばゆい気持ちになって、口元をゆがませた。
「どう? 間違っていた?」
「いいや。うん。まあ……」
「どう?」
「……こういうこと、してくれればいい」
木村は自分の頬が恥ずかしさと嬉しさの熱で暴走しそうになっていることを悟られないように、飯田を引き寄せると、唇を奪った。
第253回 2019/02/09 1h
一次創作BL版深夜の真剣一本勝負さん参加作
お題:雪/冷えた手先/「どうすればいい?」