19年一本勝負さん参加録
まっピンク親父のアドバイス
怖い。超怖い。猛烈に怖い。
今、オレが恐れているものは、栗色の髪の悪魔だ。築城篤優。クラスメイト。……そう、毎日嫌でも顔を合わせなくてはならない存在。だからこそ逃げたい。逃げなくちゃ。
「グッド・モーニング、マイ・ダーリン」
「ハァイ、僕の可愛いハニー。今日もいい朝だね。全ては君がいてくれるからだけど」
親父とその恋人が起床してきた。同じ寝室で寝ているのに、示し合わせたかのっようにリビングでいちゃつき始める。
「おら、朝飯できているから食え」
オレは目玉焼きとアボカドサラダのプレートを二人分、ダイニングテーブルに運んだ。
「サンキュー、マイ・サン」
「ありがとうね、将太朗くん」
嬉しそうに朝食を受け取った親父と浅尾さんがお互いに食べさせあい始める。父親とパートナーがおしどり夫婦のようだから家庭は幸せ、という訳にはいかない。おしどりをぶっ越えて頭の狂った親(とその恋人)を持つと朝からリビングが愛が愛で真っピンク。臭い花畑にぶち込まれた気分だ。
はあ、と大きなため息がこぼれた。それにめざとく気が付いたのは、親父だった。
「どうした、将太朗。元気がないじゃないか」
「そうだね。いつもは『親父、マイ・サンって言うのはやめろ!』って可愛く怒鳴っているのに」
「可愛く? ダーリンにとって将太朗は可愛いのかい? 俺よりも?」
「何、言ってるんだ。君の息子が可愛くないわけないだろう。世界で一番可愛いマイ・スイート・ハニー」
……頼むから、よそでやってくれ。
オレはぐったりと椅子に座りこんだ。その様子を見て浅尾さんが尋ねてくる。
「何かあったのかい? 将太朗」
「いや、まあ、ちょっと……。クラスメイトのことを考えていて」
素直に答えたのが失敗だった。
「えっ、それって!」
「ワアオ! そうか、そうか! ついに俺の息子にもボーイフレンドが出来たのか!」
「お前らと一緒にするんじゃねえ!」
キラキラと目を輝かせてオレに迫ってくる脳内花畑の大人たちにオレは大声で抗議した。
「なんだい? 違うのか。それで、そのクラスメイトがどうしたんだい?」
ガッカリした口調で浅尾さんが聞いてくる。
「まあ、ちょっと……」
「なあに、教えて」
「ほら、拓歩が気になっているじゃないか」
その浅尾拓歩(ダーリン)はあんたのことしか気にならない性格だよ、と内心で思いながら、俺は昨晩から悩んでいたことを告白することにした。
「クラスに変なやつがいてさ。そいつ、奇行に走るんだよ。突然走り出したり、授業中にも変な声をあげたり」
「……それで?」
「オレさ、目ェつけられたかもしれなくて。そいつに」
昨日の話だ。
昼休みに友人とキャッチボールをして遊んでいた。だが、手を滑らせたボールが中庭で考え事をしていた築城の頭にぶつかり、ギロリとすごい目つきで睨まれてしまって、縮こまる思いをしたのだ。
それだけではない。その日の放課後、オレは教室に忘れ物をしたことに気が付いた。友人が取りに戻ってもいいというので、彼と話しながら教室に筆箱を取りに行った。
『うるせぇ』
完全に寝起きの声だった。誰もいないと思っていた放課後の教室に築城がいた。机で寝ていたらしい。ものすごく機嫌の悪い凶暴な目つきで睨まれて、オレは友人と一緒に逃げ帰った。
「そんなわけで、昨日は二回も! 二回も睨まれた! 完全に目ェつけられたわ!」
「まあまあ、落ち着けって。それならパパがとっておきの魔法を教えてあげよう」
……いいです。そういうのは遠慮しておきます。
「まずはスマイルで。そして、素直な気持ちを相手に伝えるんだ。いいね?」
全くもって役に立たないアドバイスをもらったオレは登校した。
「おい、真田」
視線が合いませんように。顔を見ませんように。早々にその願いが叶わぬことを知った。
廊下で声をかけてきたのは、オレが恐れていたあいつだったからだ。
――どうする? どうするよ、オレ。
『まずはスマイルで。そして、素直な気持ちを相手に伝えるんだ。いいね?』
……そうだ。まずはスマイルだ!
「なんだい、築城くん」
口元をいい感じにほころばせて……って! なんでオレはあのクソ親父の言うとおりに行動しているんだッ!
ほら、やつがオレの顔に媚びりついた笑みをじっと見つめてきやがった。逆効果ではなかろうか。
「ごめんな! 築城!」
こうなったら、なるがまま。ええい、ままよ! 俺は素直に昨日のことを謝ることにした。
「悪気はなかったんだ。手が滑ってお前にボールを当ててしまった。それにただ友人と話していただけで、お前の睡眠を邪魔するわけでは……」
早口でまくし立てた。とにかくその場を退散したい。退散したいいいいい。
「……これ、忘れていただろ」
「へ」
築城の手を見ると俺の筆箱がそこにある。昨日、教室にまで取りに戻った癖に忘れて帰ってしまっていた。
「ありがとう」
受け取った筆箱の重量が嬉しかった。築城は、まだオレの顔を覗き込んでいる。
「あのさ」
「ん?」
「……ボール、痛くなかった。それから、起してくれてありがとう。俺、寝起き悪いから」
見たことのない、表情だった。いつもは無表情で怖い。そんな築城と、同一人物なのか。
まるで、小さなつぼみが花開いたかのように綺麗に咲き誇っていた。淡い栗色の髪が天使のような微笑みの上に静かに流れる。
――うわ、なんだ、これ。
ときめきとか、感動とか。そういうもんじゃない。
立ち去ろうとしていた築城を呼びとめてオレは叫んでいた。
「築城、オレと友達になってくれ!」
怖い。超怖い。猛烈に怖い。
今、オレが恐れているものは、栗色の髪の悪魔だ。築城篤優。クラスメイト。……そう、毎日嫌でも顔を合わせなくてはならない存在。だからこそ逃げたい。逃げなくちゃ。
「グッド・モーニング、マイ・ダーリン」
「ハァイ、僕の可愛いハニー。今日もいい朝だね。全ては君がいてくれるからだけど」
親父とその恋人が起床してきた。同じ寝室で寝ているのに、示し合わせたかのっようにリビングでいちゃつき始める。
「おら、朝飯できているから食え」
オレは目玉焼きとアボカドサラダのプレートを二人分、ダイニングテーブルに運んだ。
「サンキュー、マイ・サン」
「ありがとうね、将太朗くん」
嬉しそうに朝食を受け取った親父と浅尾さんがお互いに食べさせあい始める。父親とパートナーがおしどり夫婦のようだから家庭は幸せ、という訳にはいかない。おしどりをぶっ越えて頭の狂った親(とその恋人)を持つと朝からリビングが愛が愛で真っピンク。臭い花畑にぶち込まれた気分だ。
はあ、と大きなため息がこぼれた。それにめざとく気が付いたのは、親父だった。
「どうした、将太朗。元気がないじゃないか」
「そうだね。いつもは『親父、マイ・サンって言うのはやめろ!』って可愛く怒鳴っているのに」
「可愛く? ダーリンにとって将太朗は可愛いのかい? 俺よりも?」
「何、言ってるんだ。君の息子が可愛くないわけないだろう。世界で一番可愛いマイ・スイート・ハニー」
……頼むから、よそでやってくれ。
オレはぐったりと椅子に座りこんだ。その様子を見て浅尾さんが尋ねてくる。
「何かあったのかい? 将太朗」
「いや、まあ、ちょっと……。クラスメイトのことを考えていて」
素直に答えたのが失敗だった。
「えっ、それって!」
「ワアオ! そうか、そうか! ついに俺の息子にもボーイフレンドが出来たのか!」
「お前らと一緒にするんじゃねえ!」
キラキラと目を輝かせてオレに迫ってくる脳内花畑の大人たちにオレは大声で抗議した。
「なんだい? 違うのか。それで、そのクラスメイトがどうしたんだい?」
ガッカリした口調で浅尾さんが聞いてくる。
「まあ、ちょっと……」
「なあに、教えて」
「ほら、拓歩が気になっているじゃないか」
その浅尾拓歩(ダーリン)はあんたのことしか気にならない性格だよ、と内心で思いながら、俺は昨晩から悩んでいたことを告白することにした。
「クラスに変なやつがいてさ。そいつ、奇行に走るんだよ。突然走り出したり、授業中にも変な声をあげたり」
「……それで?」
「オレさ、目ェつけられたかもしれなくて。そいつに」
昨日の話だ。
昼休みに友人とキャッチボールをして遊んでいた。だが、手を滑らせたボールが中庭で考え事をしていた築城の頭にぶつかり、ギロリとすごい目つきで睨まれてしまって、縮こまる思いをしたのだ。
それだけではない。その日の放課後、オレは教室に忘れ物をしたことに気が付いた。友人が取りに戻ってもいいというので、彼と話しながら教室に筆箱を取りに行った。
『うるせぇ』
完全に寝起きの声だった。誰もいないと思っていた放課後の教室に築城がいた。机で寝ていたらしい。ものすごく機嫌の悪い凶暴な目つきで睨まれて、オレは友人と一緒に逃げ帰った。
「そんなわけで、昨日は二回も! 二回も睨まれた! 完全に目ェつけられたわ!」
「まあまあ、落ち着けって。それならパパがとっておきの魔法を教えてあげよう」
……いいです。そういうのは遠慮しておきます。
「まずはスマイルで。そして、素直な気持ちを相手に伝えるんだ。いいね?」
全くもって役に立たないアドバイスをもらったオレは登校した。
「おい、真田」
視線が合いませんように。顔を見ませんように。早々にその願いが叶わぬことを知った。
廊下で声をかけてきたのは、オレが恐れていたあいつだったからだ。
――どうする? どうするよ、オレ。
『まずはスマイルで。そして、素直な気持ちを相手に伝えるんだ。いいね?』
……そうだ。まずはスマイルだ!
「なんだい、築城くん」
口元をいい感じにほころばせて……って! なんでオレはあのクソ親父の言うとおりに行動しているんだッ!
ほら、やつがオレの顔に媚びりついた笑みをじっと見つめてきやがった。逆効果ではなかろうか。
「ごめんな! 築城!」
こうなったら、なるがまま。ええい、ままよ! 俺は素直に昨日のことを謝ることにした。
「悪気はなかったんだ。手が滑ってお前にボールを当ててしまった。それにただ友人と話していただけで、お前の睡眠を邪魔するわけでは……」
早口でまくし立てた。とにかくその場を退散したい。退散したいいいいい。
「……これ、忘れていただろ」
「へ」
築城の手を見ると俺の筆箱がそこにある。昨日、教室にまで取りに戻った癖に忘れて帰ってしまっていた。
「ありがとう」
受け取った筆箱の重量が嬉しかった。築城は、まだオレの顔を覗き込んでいる。
「あのさ」
「ん?」
「……ボール、痛くなかった。それから、起してくれてありがとう。俺、寝起き悪いから」
見たことのない、表情だった。いつもは無表情で怖い。そんな築城と、同一人物なのか。
まるで、小さなつぼみが花開いたかのように綺麗に咲き誇っていた。淡い栗色の髪が天使のような微笑みの上に静かに流れる。
――うわ、なんだ、これ。
ときめきとか、感動とか。そういうもんじゃない。
立ち去ろうとしていた築城を呼びとめてオレは叫んでいた。
「築城、オレと友達になってくれ!」