19年一本勝負さん参加録

夢の中で

 最近、どうもおかしい夢ばかりを見る。同じ夢だ。
 俺がソファでくつろいでいると篤優が現れて、傍に寄ってくる。
 まだ優学生。幼い顔立ちの可愛いやつだ。彼の大きな瞳が俺の顔を覗き込んでくる。瞳に映るのはもちろん俺自身――のはずだが、そこには何もない。
 ぽっかりとした穴。
 気がつくと、篤優の顔が黒々しく渦を巻く穴に変化していた。落ちる、落ちる。
「うわああああ」
 がばっと勢いよく布団をはねのけ、飛びあがるように目覚めた。絶叫と共に。
「先生! どうしたんですか!」
愛弟子が俺の声を聞いて乱暴に寝室に飛び込んできた。
こいつには天賦の才能がある。だから弟子にした。だが、築城篤優はただの弟子ではない。
実家とうまくいっていない彼に居場所を作ってやりたい。そう思って、自宅に住まわせている。
 彼の笑顔が視たい。いや、俺が作りたい。あいつの為になら、全て、出来ることを全てしたい。
「どうしたんですか。汗、びっしょりで」
 篤柚が心配そうに俺の方に触れようとした。思わず条件反射のように、その手を振り払ってしまった。
「あ……、その、すまない」
 驚きに目を丸くした篤優の表情は悲しみかショックのせいか、どんどんと曇っていった。
「いえ、俺は平気です。俺こそ、ごめんなさい」
 また謝らせてしまったと後悔。愛弟子はポケットから何かを取り出すと、俺の手の上に乗せた。
「合鍵じゃないか!」
「返します」
「どうして!」
「俺は先生の邪魔にはなりたくありません」
やっぱり、家に戻ります。そう言って立ち去ろうとした弟子を俺は呼び止めた。
「悪夢だ! ただ悪い夢を見ただけなんだよ」
――行かないでくれ、と。
「音楽しか出来ない俺をいつも支えてくれているのは篤優じゃないか! こんなダメな大人をほっぽりだすなんて、不肖な弟子だと俺は死ぬまでお前を思い続けるぞ!」
 彼の頬が紅潮していくのを見て、可愛いなと思う。俺はダメな大人なのかもしれない。
 ありがとうございます、とつぶやいた彼の小声が耳にこそばゆい。
「それより、悪夢って?」
「ああ、それは……」
 言いかけて俺は気がついた。あの夢は。
「先生?」
「いや、何でもない。それより篤優。学校から帰ってきたら、今日はビブラートをやるぞ」
「はい、先生」
 このことは弟子には伏せておこう。
 篤優、お前は深い深い沼だ。底なしの穴のようだ。
お前と出会って、俺は片足を踏み込んでしまった。
 沈んでいく。お前に抗うことが出来ない。
 今の俺にとって、一番大切なものは、お前なんだ。
 だが、お前は俺の弟子。
 俺は自分の気持ちに気が付かないフリをした。(1041字)
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