19年一本勝負さん参加録
僕たちのたどりつく先
「あまり急かさないでくれよ」
直 の手と繋がった海かいは熱と興奮が手のひらから伝わってくるのを感じた。
彼の歩調は早い。薄暗い未来を切り開いていこうと空気を切って進んでいく。
そんな直の手に引っ張られて、海 はホーム手前の階段で危うく躓きそうになり、ひやりと背筋が凍る。
「遅い」
「お前が急かすのが悪い」
むっとした表情の直。その頬や首元には青々としたアザの跡が残っている。それを見るたびに海の心は締め付けられた。
転ばないように慎重に二人で歩いていく。手を話さないように、歩調を合わせて。
繋がれた手は離さない。直からも、海からも――。
列車の発車時刻まであと十分。寒々しいプラットフォームには直と海以外に誰もいない。
ベンチに腰を落としたが冷たさに驚き、直が飛び上がった。海がポケットからハンカチを取り出して静かにベンチに乗せる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
海は童話や幼い頃に読んだ物語の王子様に似ている。直の頬が赤く染まったが、寒さのせいだけではなかった。
何度頬を叩かれただろう。何度殴られ、蹴られ、閉じ込められて――。
直と海の関係がバレたとき、直は両親からの反対を体罰で受けた。
別れる気など、微塵もない。それが両親の行為をエスカレートさせていった。
今時分、同性愛に嫌悪を顕にするのは、この古びれた時代はずれの、時流に取り残された町のせいだ。
それは人気ひとけもなく、次々に素通りする電車を見送るだけの駅舎に似ている。
無人駅になってから電車は二時間に一度。
それが、最初で最後のチャンスだ。
――駆け落ちしよう。
言い出したのは海だった。
二人で東京に行こう。遠い遠い場所。でもきっと、二人を受け入れてくれる。そうに決まっているさ。
家を抜け出して、二人で待ち合わせて、とにかく乗るんだ。バレないように、逃げるんだ。
「直?」
彼の異変に気がついた海がうつむく直の顔をのぞき込む。
直は小刻みに肩を震わせている。桃色に染まっていた頬は、いや顔面全体が青ざめ、具合の悪さは一目瞭然だった。
「頭、痛くて……」
絞り出すような直の声。さっきまで、元気だったのに。あんなに早足で歩いて――。
いや、違う。海は気がついた。
元々、直の体調は悪かった。こいつのことだ。海に心配をさせないよう、痛みを隠そうと空元気を出していただけ。
そもそも、今日、顔を合わせたときから、何か違和感はあったのだ。
どうして自分はもっと、早く、もっと、気を使えなかったのだろう。
列車が来るまであと五分。
このまま乗り込んで大丈夫だろうか。鈍行で、普通席で、東京まで。なんて、馬鹿な計画なんだろう! ……もっと、バイト代を貯めて、もっと計画を練って。それからなら……!
悔やんでも、遅い。
冷たい空気を切り裂いて、列車がやってくる。徐々にスピードは落ちて、落ちて。――止まった。
ドアが開く。
そして、閉まった。
走り出していく列車。加速は止まらずに、どんどん小さくなっていく。
世界に取り残されたプラットフォームには、寄り添う二人しかいない。
海は携帯を取り出した。
直はぐったりと体を海にあずけながらも、言葉を吐き出す。
「ごめんね」
その言葉は虚空に消えていった。
「あまり急かさないでくれよ」
彼の歩調は早い。薄暗い未来を切り開いていこうと空気を切って進んでいく。
そんな直の手に引っ張られて、
「遅い」
「お前が急かすのが悪い」
むっとした表情の直。その頬や首元には青々としたアザの跡が残っている。それを見るたびに海の心は締め付けられた。
転ばないように慎重に二人で歩いていく。手を話さないように、歩調を合わせて。
繋がれた手は離さない。直からも、海からも――。
列車の発車時刻まであと十分。寒々しいプラットフォームには直と海以外に誰もいない。
ベンチに腰を落としたが冷たさに驚き、直が飛び上がった。海がポケットからハンカチを取り出して静かにベンチに乗せる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
海は童話や幼い頃に読んだ物語の王子様に似ている。直の頬が赤く染まったが、寒さのせいだけではなかった。
何度頬を叩かれただろう。何度殴られ、蹴られ、閉じ込められて――。
直と海の関係がバレたとき、直は両親からの反対を体罰で受けた。
別れる気など、微塵もない。それが両親の行為をエスカレートさせていった。
今時分、同性愛に嫌悪を顕にするのは、この古びれた時代はずれの、時流に取り残された町のせいだ。
それは人気ひとけもなく、次々に素通りする電車を見送るだけの駅舎に似ている。
無人駅になってから電車は二時間に一度。
それが、最初で最後のチャンスだ。
――駆け落ちしよう。
言い出したのは海だった。
二人で東京に行こう。遠い遠い場所。でもきっと、二人を受け入れてくれる。そうに決まっているさ。
家を抜け出して、二人で待ち合わせて、とにかく乗るんだ。バレないように、逃げるんだ。
「直?」
彼の異変に気がついた海がうつむく直の顔をのぞき込む。
直は小刻みに肩を震わせている。桃色に染まっていた頬は、いや顔面全体が青ざめ、具合の悪さは一目瞭然だった。
「頭、痛くて……」
絞り出すような直の声。さっきまで、元気だったのに。あんなに早足で歩いて――。
いや、違う。海は気がついた。
元々、直の体調は悪かった。こいつのことだ。海に心配をさせないよう、痛みを隠そうと空元気を出していただけ。
そもそも、今日、顔を合わせたときから、何か違和感はあったのだ。
どうして自分はもっと、早く、もっと、気を使えなかったのだろう。
列車が来るまであと五分。
このまま乗り込んで大丈夫だろうか。鈍行で、普通席で、東京まで。なんて、馬鹿な計画なんだろう! ……もっと、バイト代を貯めて、もっと計画を練って。それからなら……!
悔やんでも、遅い。
冷たい空気を切り裂いて、列車がやってくる。徐々にスピードは落ちて、落ちて。――止まった。
ドアが開く。
そして、閉まった。
走り出していく列車。加速は止まらずに、どんどん小さくなっていく。
世界に取り残されたプラットフォームには、寄り添う二人しかいない。
海は携帯を取り出した。
直はぐったりと体を海にあずけながらも、言葉を吐き出す。
「ごめんね」
その言葉は虚空に消えていった。