19年一本勝負さん参加録

二頭の蛇

「約束の時間だ」
 倉庫裏は薄暗く気配を消した男たちで満ちていた。十、いや二十人はいるだろう。やつが闇の内から現れ、彼と自然に向き合う形になった。だが、やつの手に握られた拳銃は俺の方を向いている。
 銃口と見つめ合う時間は永遠のようだ。冷や汗と緊張。今までどんな過酷なミッションにも感じたことのなかったものだった。
「例のものは、ちゃんと持ってきている」
 つっかえそうになりながらも、冷静を装う。そうか、緊迫した状況に迫られるとろれつが回らなくなるのか。
 だが、そんな些細な発見に囚われてはいけない。
 アタッシュケースを地面に置くとスライドさせて、やつの足元にまで届けた。
「これで情報は全てだ」
 ふん、と鼻をならして、やつがアタッシュケースを確認する。
――今だ。
 バシュッ。
 弾丸が、やつの頭部を撃ち抜いた。
 異変に気がついたやつの部下たちが発砲を始める。
 丸腰にされていた俺は、物陰に走り弾丸の嵐を防ごうとした。
「くっ」
 数発、体をかすめた。ちりりと鋭い線の熱が肌を焦がす。慣れている俺には、擦り傷と一緒だが。
 彼の援護射撃で、敵は数人に減った。場所が割れるとスナイパーは役に立たないという。だが、彼は遠距離射撃だけの人間ではない。
 数人の敵と格闘している彼の姿を横目で確認し、俺も行動を起こす。
 接近してきた敵に下方からタックルを試み、敵の持つ拳銃を引き寄せて頭部を打った。
 自動式拳銃。奪った銃で修羅を駆け抜ける。
 夜明けまでが勝負だ――。

「終わったな」
 誰も撃つものがいなくなった。肩で息をする俺に、同じくボロボロの彼が近寄ってくる。
「はは、だっせえ格好」
「お前もな」
「だが、さすが相棒。今回の修羅も生きて帰れるなんて……」
 出血がひどい。血と死の匂いで辺りは充満している。
「相棒? 正直に言って?」
 上目遣いに言えば、軽いキスをくれる。
「相棒、以上。相棒、未満だ」
「はっ、何それ」
 帰ったら、二人して休養だ。カリブにでも行くか。……ばーか。そんなやりとりを交わすと、戦場を後にする。
 早く、ずらかろう。
 俺も彼も、こんな仕事しか出来ない。それでも……いや、だからこそ絡まりあい、互いの血を啜る二匹の蛇のように、愛も憎しみも、全てを捧げるのだ。
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