19年一本勝負さん参加録
新学期
いびきをかくプリンセスなんているのか?
熟睡している。だからあれほど早く寝ろと言ったのに。
四月一日。
新学期が始まるその日に、一番最初に登校した二人になろう、などと彼が馬鹿げたこと言い出した。
彼の妙な提案は今日が初めてではないから、僕は特に何も思わなかったのだが、また振り回されるのかとため息を一つだ。
彼の提案で、前日は彼の家に僕は泊り、日の出とともに校門をくぐるという訳の分からない彼の提案を受けることにした。
「早く寝ろよ」
「えー、まだ十一時だぜ」
何言ってんだ、君が朝に弱いことは幼馴染たる僕が一番知っているじゃないか。
彼と僕の家は近所だった。その為、小学校からの付き合いで、中学までの九年間も僕は彼に振り回されてきたことになる。
いつも彼は突拍子もないことを言い出していたずらっ子な幼い笑顔を振りまく。そして、ノーと言えない僕を引っ張り出して、「お前は鈍感だなぁ」と言ってはクスクス笑いし、自己満足に浸るという嫌なやつ。
けれど、その危なっかしさというか、純粋さというか。人を惹きつける魅力のある人間だ。だから、心配なのだ。放っておけない。
さて、困ったものだ。
ぐーすかと夢見心地の彼を見ながら、昨夜の回想にふけっていた僕は、再び現実の四月一日午前四時。誰が日の出と共に、だ。
第269回 2019.04.06
お題
・スイーツ
・はじめまして
・「そう悲観するなよ」
信号機が赤になったので二人は止まった。何を話せばいいのか何も浮かばない。
肩を落とした辰来は、大きくため息をついた。
「そう悲観するなよ」
上から降ってきた優しい声色。
辰来がゆっくりと首を上に動かした。視界に入ってきた男の肩越しに夕日の光がはじけ、逆光で暗くなった彼の表情は黒ずんでいてよく分からない。
「俺ん家ってちょっと汚いかもしれないけれどな、毎日スイーツ付きのいい物件だぞ」
オッサンと自分で言ってはいるのだが、この男――龍城誠一の歳はまだ三十二だ。
愛川の家が離婚することになって、辰来の親権は旧姓・龍城に戻った母親のものとなった。シングルマザーとなった彼女は仕事の多忙さから、我が子の面倒を頼みたいと誠一に泣きついてきた。
――おう、任せとけ!
……なんて答えてしまったが不安が無いわけではない。いくら姉の子供とはいえ、初対面の高校生と仲良くなれるだろうか。
小さな洋菓子店の厨房に立つのが誠一の仕事だ。裏の建物が自宅になっている。
「あ、青になったな。ここを渡ってすぐ、右に曲がって……見えた! ほら、そこが俺の店だ」
と言ってからオッサンは訂正した。
「いや、俺とお前の家だ」
その必死さに辰来の緊張もほぐれる。笑顔を作ったら、誠一もほっとしたのか自然な表情にほぐれていった。
懐から鍵を取り出すと、裏口の鍵穴に差し込む。どうぞ、と言って誠一は辰来を玄関に通した。
「そこがお手洗い、そこが風呂な。で、その先が……」
ひとしきり、家の全てを案内し終わった誠一はリビング――といっても質素にちゃぶ台がひとつ置いてあるだけだが――に彼を招いた。
「ここで待っていろ」
「いえ、メシはいいです。夕飯は食べてきましたから」
「でも甘いものは別腹だろ?」
そう言って誠一が持ってきてくれたのは、小さなショートケーキだった。
「わ……」
辰来の笑顔が明るく花開いた。
「オレ、誠一さんのケーキ、好きなんです」
「え?」
「はじめましてじゃないんですよ。小さい頃、母が買ってきてくれたことがあって」
そういえばそんな時期もあったな、と回想する誠一。
「甘ったるくてケーキなんて食べられるもんじゃないって思っていたんですけれど、でも、誠一さんのだけは美味しくて、オジサンに合わせてくれって母にお願いしたんですけれど……でも」
「今になって会えたな」
「はい」
その笑顔に誠一の心臓が跳ね上がった。
なんて愛らしい笑い方をするのだろう、と。
いびきをかくプリンセスなんているのか?
熟睡している。だからあれほど早く寝ろと言ったのに。
四月一日。
新学期が始まるその日に、一番最初に登校した二人になろう、などと彼が馬鹿げたこと言い出した。
彼の妙な提案は今日が初めてではないから、僕は特に何も思わなかったのだが、また振り回されるのかとため息を一つだ。
彼の提案で、前日は彼の家に僕は泊り、日の出とともに校門をくぐるという訳の分からない彼の提案を受けることにした。
「早く寝ろよ」
「えー、まだ十一時だぜ」
何言ってんだ、君が朝に弱いことは幼馴染たる僕が一番知っているじゃないか。
彼と僕の家は近所だった。その為、小学校からの付き合いで、中学までの九年間も僕は彼に振り回されてきたことになる。
いつも彼は突拍子もないことを言い出していたずらっ子な幼い笑顔を振りまく。そして、ノーと言えない僕を引っ張り出して、「お前は鈍感だなぁ」と言ってはクスクス笑いし、自己満足に浸るという嫌なやつ。
けれど、その危なっかしさというか、純粋さというか。人を惹きつける魅力のある人間だ。だから、心配なのだ。放っておけない。
さて、困ったものだ。
ぐーすかと夢見心地の彼を見ながら、昨夜の回想にふけっていた僕は、再び現実の四月一日午前四時。誰が日の出と共に、だ。
第269回 2019.04.06
お題
・スイーツ
・はじめまして
・「そう悲観するなよ」
信号機が赤になったので二人は止まった。何を話せばいいのか何も浮かばない。
肩を落とした辰来は、大きくため息をついた。
「そう悲観するなよ」
上から降ってきた優しい声色。
辰来がゆっくりと首を上に動かした。視界に入ってきた男の肩越しに夕日の光がはじけ、逆光で暗くなった彼の表情は黒ずんでいてよく分からない。
「俺ん家ってちょっと汚いかもしれないけれどな、毎日スイーツ付きのいい物件だぞ」
オッサンと自分で言ってはいるのだが、この男――龍城誠一の歳はまだ三十二だ。
愛川の家が離婚することになって、辰来の親権は旧姓・龍城に戻った母親のものとなった。シングルマザーとなった彼女は仕事の多忙さから、我が子の面倒を頼みたいと誠一に泣きついてきた。
――おう、任せとけ!
……なんて答えてしまったが不安が無いわけではない。いくら姉の子供とはいえ、初対面の高校生と仲良くなれるだろうか。
小さな洋菓子店の厨房に立つのが誠一の仕事だ。裏の建物が自宅になっている。
「あ、青になったな。ここを渡ってすぐ、右に曲がって……見えた! ほら、そこが俺の店だ」
と言ってからオッサンは訂正した。
「いや、俺とお前の家だ」
その必死さに辰来の緊張もほぐれる。笑顔を作ったら、誠一もほっとしたのか自然な表情にほぐれていった。
懐から鍵を取り出すと、裏口の鍵穴に差し込む。どうぞ、と言って誠一は辰来を玄関に通した。
「そこがお手洗い、そこが風呂な。で、その先が……」
ひとしきり、家の全てを案内し終わった誠一はリビング――といっても質素にちゃぶ台がひとつ置いてあるだけだが――に彼を招いた。
「ここで待っていろ」
「いえ、メシはいいです。夕飯は食べてきましたから」
「でも甘いものは別腹だろ?」
そう言って誠一が持ってきてくれたのは、小さなショートケーキだった。
「わ……」
辰来の笑顔が明るく花開いた。
「オレ、誠一さんのケーキ、好きなんです」
「え?」
「はじめましてじゃないんですよ。小さい頃、母が買ってきてくれたことがあって」
そういえばそんな時期もあったな、と回想する誠一。
「甘ったるくてケーキなんて食べられるもんじゃないって思っていたんですけれど、でも、誠一さんのだけは美味しくて、オジサンに合わせてくれって母にお願いしたんですけれど……でも」
「今になって会えたな」
「はい」
その笑顔に誠一の心臓が跳ね上がった。
なんて愛らしい笑い方をするのだろう、と。