19年一本勝負さん参加録
Aftar Rainy Day :Ⅰ
人々が石畳みに叩きつける革靴の音が、乾いた空気を突き抜けていく。本日は晴天なり。雨の臭いは遠のき、既に過去のものだ。街を行き交う人々の足取りもどこか軽やかかつ軽快に感じられる。
だが、ニコラウス――彼一人だけは違った。
人の波の中へ全速力で割り込み、強引に道を行く。呼吸は荒く、足取りも乱雑に、狂える雄牛のような猛進を続けていた。
――遅刻だ。このままでは、彼に見限られてしまう。
彼とは東洋人の青年のことだ。
海の向こうから留学してきた彼は、授業が終わるとニコラウスのオフィスに近い小さな花やでバイトをしていた。
見初めたのはニコラウスの方だった。
毎日仕事帰りに寄って、花を買って帰るのが日課になった。口説こうとしていたが、彼はガードが堅いのか、よほど鈍いのか、食いつきはあまりよくない。
もうあきらめようかと思っていたら、彼の方から誘いを受けた。
「これ、友人からもらった映画のチケットなんですけれど、興味あります?」
彼から差し出されたそれは今女性に流行のラブストーリーのチケットだった。
「俺はこういうのよく分からないんで、よかったら常連さんにあげようと思って。丁度、二枚ありますんで」
確かに折り重なったチケットは二枚だ。
「じゃあ、一緒に行かないかい?」
「へ?」
「いや、君さえよければなんだけれど、君と僕で」
「あ、はい。でもそれの有効期限、今週いっぱいでまでなんですよ。俺、空いてるのは日曜しかなくて」
そんなこんなで週末の約束を取り付けたのはいいのだが、何の因果だろう。昨夜のニコラウスは緊張でなかなか寝つけず、あろうことか今日に限って三十分も寝坊をしてしまった。
せっかく掴んだチャンスじゃないか。それなのにこの体たらくは一体どういうことだ! 今日に限って!
自分を責めていても始まらないが、責めずには居られない。ニコラウスは全力疾走をしながら内心で一人反省会と待たせているであろう彼への言い訳を考える。
よほど頭がいっぱいいっぱいになっているらしくシャツのボタンを一つずつ掛け間違っていることにまだ気が付いていない。
「すまない! 遅くなってしまって!」
案の定、待ちつかれてしまったのか、彼は近くの建物の柱に寄り掛かってぼんやりと空を見ていた。
ニコラウスの姿を認めると、表情が華やいだ、がすぐに元の無表情に戻った。
「いえ、俺も今、来たところなので」
ニコラウスはぐっと肩の力が抜ける思いをした。彼の気遣いが嬉しくもあり、こんなことを言わせてしまったことが悔しくもあった。
「それじゃあ、行きますか」
汗をハンカチでぬぐいながら、ニコラウスは先に歩みだした彼を追った。彼の隣を歩く。
二人の革靴の音がシンクロしていった。
人々が石畳みに叩きつける革靴の音が、乾いた空気を突き抜けていく。本日は晴天なり。雨の臭いは遠のき、既に過去のものだ。街を行き交う人々の足取りもどこか軽やかかつ軽快に感じられる。
だが、ニコラウス――彼一人だけは違った。
人の波の中へ全速力で割り込み、強引に道を行く。呼吸は荒く、足取りも乱雑に、狂える雄牛のような猛進を続けていた。
――遅刻だ。このままでは、彼に見限られてしまう。
彼とは東洋人の青年のことだ。
海の向こうから留学してきた彼は、授業が終わるとニコラウスのオフィスに近い小さな花やでバイトをしていた。
見初めたのはニコラウスの方だった。
毎日仕事帰りに寄って、花を買って帰るのが日課になった。口説こうとしていたが、彼はガードが堅いのか、よほど鈍いのか、食いつきはあまりよくない。
もうあきらめようかと思っていたら、彼の方から誘いを受けた。
「これ、友人からもらった映画のチケットなんですけれど、興味あります?」
彼から差し出されたそれは今女性に流行のラブストーリーのチケットだった。
「俺はこういうのよく分からないんで、よかったら常連さんにあげようと思って。丁度、二枚ありますんで」
確かに折り重なったチケットは二枚だ。
「じゃあ、一緒に行かないかい?」
「へ?」
「いや、君さえよければなんだけれど、君と僕で」
「あ、はい。でもそれの有効期限、今週いっぱいでまでなんですよ。俺、空いてるのは日曜しかなくて」
そんなこんなで週末の約束を取り付けたのはいいのだが、何の因果だろう。昨夜のニコラウスは緊張でなかなか寝つけず、あろうことか今日に限って三十分も寝坊をしてしまった。
せっかく掴んだチャンスじゃないか。それなのにこの体たらくは一体どういうことだ! 今日に限って!
自分を責めていても始まらないが、責めずには居られない。ニコラウスは全力疾走をしながら内心で一人反省会と待たせているであろう彼への言い訳を考える。
よほど頭がいっぱいいっぱいになっているらしくシャツのボタンを一つずつ掛け間違っていることにまだ気が付いていない。
「すまない! 遅くなってしまって!」
案の定、待ちつかれてしまったのか、彼は近くの建物の柱に寄り掛かってぼんやりと空を見ていた。
ニコラウスの姿を認めると、表情が華やいだ、がすぐに元の無表情に戻った。
「いえ、俺も今、来たところなので」
ニコラウスはぐっと肩の力が抜ける思いをした。彼の気遣いが嬉しくもあり、こんなことを言わせてしまったことが悔しくもあった。
「それじゃあ、行きますか」
汗をハンカチでぬぐいながら、ニコラウスは先に歩みだした彼を追った。彼の隣を歩く。
二人の革靴の音がシンクロしていった。