19年一本勝負さん参加録
Beckoning dark
1
締め切った体育倉庫はじめっとしていて気分が悪い。本来の用途は物置だから、人間がどうこうするには環境として劣悪だった。
雨の匂いがする。窓は全てしめてあるはずだが、どこから漏れてくるのだろう。もうすぐ降ってきそうだ。
「は、はやくしてくれないか?」
飛鳥は怯えながらも自分を囲むように陣取った同級生の阿波とその連れに言った。
同級生と言っても、彼らと飛鳥を比べれば、子兎と狼くらいの違いがある。ガタイが違う。喧嘩慣れしているといった風情の不良と、線の細く肌の色も白い飛鳥は真逆の存在と言っても大げさではないだろう。
「いいのかよ、そんな口をきいて」
「だ、だって早くしないと……」
雨が降ってきてしまっては、自室に帰還するのが困難だからだ。傘を寮の玄関に置き忘れてしまった。朝の天気予報は毎朝チェックしていたのにもかかわらず。
「早くしないと? じゃあ、お望み通り、やってやるよ!」
阿波の毛深い手が飛鳥を襲う。逃げ場はどこにもない。阿波の息のかかった男どもに退路は断たれている。
飛鳥は噛み殺そうとした悲鳴を小さくあげて、闇に落ちて行った。
2
「やっぱり降ってきたな」
最近飛鳥の様子がおかしいと疑っていた多佳は、なかなか帰ってこない飛鳥を心配して部屋を出てきた。寮母に事情を話し、学校へと戻ることにした。
最初は小雨だったが、だんだんと傘を打つ水滴は強くなってきている。早く見つけて帰ろう、校舎の手前にまで来た多佳は、あっと息を飲んだ。
「飛鳥!」
雨に打たれて茫然と立ち尽くしているルームメイトの姿を捉えたからだった。
急いで駆け寄ると、飛鳥は怯えたように肩を震わせていたが、相手が多佳であると気が付き、安堵の息を吐いた。
「早く帰ろう」
多佳の言葉に頷いた飛鳥の肩にに多佳は手を添えた。
傘は一本しかなかった。二人はギリギリまで密着させ、寮を目指した。
3
「何があったんだ」
かたくなに口を閉ざしてしまった飛鳥に詰め寄る多佳だったが、彼は依然として黙秘状態だった。
その肌は芯まで冷え切ってしまって、唇は紫色に染まっている。時折、かすかな振動が彼を襲った。震えているのか、と多佳が心配そうに傍による。
「もう寝るよ」
「おい、飛鳥!」
清潔なシーツの中に潜り込もうとした飛鳥を多佳が制止させる。思わず握ってしまった飛鳥の手首の脈が跳ね上がったことに多佳は気が付いた。
「いてっ」
「すまない!」
慌てて手を離したが、自分はそんなにも強く握りしめていただろうかと多佳は疑問に思った。だが、彼の乱れた衣服のうちから、その原因が垣間見えた。
「おい、それ、どうしたんだ!」
「へ」
「その痣、傷跡! 酷い……。こんなにも鬱血している」
「触るなよ!」
「何があった? 最近様子がおかしいとおもっていたんだ」
「あんたには関係ないね」
「同室なのに?」
「それが何か関係あるのか」
飛鳥の額を冷や汗が流れ落ちてった。
「話してくれよ……。隠し事はもう無しにしたい」
「……」
飛鳥はしばらく多佳を見つめたまま、だんまりを決め込んでいたが、ふっといきなり立ち上がると多佳の顎を捕まえた。
「んっ!」
今まで一度も感じたことのない感覚が多佳を襲った。乾いた唇だった。そっと触れただけなのに、その冷たくさびしい感覚がいつまでも多佳から離れなかった。
「……どうしてこんな?」
「さあね。そのセリフはこっちのものだよ。分からなかったら自分の胸に手をあてて考えてみたら?」
それだけいうと飛鳥はベッドに横になった。どうしていいのか分からずに立ち尽くす多佳のまなざしのなか、飛鳥は眠りに落ちて行った。
4
「お前、あいつが好きなんだろ?」
その一言がすべての始まりだった。
「あいつって?」
阿波に問いかけた飛鳥は、目の前の男に首元を掴まれた。
「同室の優男さ」
「多佳か? 彼がどうした」
首元を掴む手に力が入る。苦しくなって飛鳥は短く悲鳴をあげた。
「いいネタをつかんでるんだぜ」
どこから現れたのか、阿波の取り巻きが現れ飛鳥を取り囲む。
「じゃーん。健康そうな多佳くんのスクープ写真」
そう言って彼が見せた写真には衝撃的な姿の多佳が写りこんでいた。
「これ……寮の部屋だよな」
「ああ」
阿波が答えた。
どこから盗撮したのだろう。こんな写真が出回ってしまったら多佳は一巻の終わりだ。
「いいネタだろ? お前だったら食いつくと思ってさ」
「引き換えに何を? 俺はお金なんて持っていない」
「お金がなくたって、ただで払えるものがあるだろう」
阿波が獲物を追い詰めたとばかりの余裕のある残酷な笑みを浮かべた。飛鳥は覚悟を決めた。
彼の為ならなんだってする所存だったからだ。
――多佳が飛鳥のベッドの上で一人耽っている写真など、この世に残しては置けない。
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締め切った体育倉庫はじめっとしていて気分が悪い。本来の用途は物置だから、人間がどうこうするには環境として劣悪だった。
雨の匂いがする。窓は全てしめてあるはずだが、どこから漏れてくるのだろう。もうすぐ降ってきそうだ。
「は、はやくしてくれないか?」
飛鳥は怯えながらも自分を囲むように陣取った同級生の阿波とその連れに言った。
同級生と言っても、彼らと飛鳥を比べれば、子兎と狼くらいの違いがある。ガタイが違う。喧嘩慣れしているといった風情の不良と、線の細く肌の色も白い飛鳥は真逆の存在と言っても大げさではないだろう。
「いいのかよ、そんな口をきいて」
「だ、だって早くしないと……」
雨が降ってきてしまっては、自室に帰還するのが困難だからだ。傘を寮の玄関に置き忘れてしまった。朝の天気予報は毎朝チェックしていたのにもかかわらず。
「早くしないと? じゃあ、お望み通り、やってやるよ!」
阿波の毛深い手が飛鳥を襲う。逃げ場はどこにもない。阿波の息のかかった男どもに退路は断たれている。
飛鳥は噛み殺そうとした悲鳴を小さくあげて、闇に落ちて行った。
2
「やっぱり降ってきたな」
最近飛鳥の様子がおかしいと疑っていた多佳は、なかなか帰ってこない飛鳥を心配して部屋を出てきた。寮母に事情を話し、学校へと戻ることにした。
最初は小雨だったが、だんだんと傘を打つ水滴は強くなってきている。早く見つけて帰ろう、校舎の手前にまで来た多佳は、あっと息を飲んだ。
「飛鳥!」
雨に打たれて茫然と立ち尽くしているルームメイトの姿を捉えたからだった。
急いで駆け寄ると、飛鳥は怯えたように肩を震わせていたが、相手が多佳であると気が付き、安堵の息を吐いた。
「早く帰ろう」
多佳の言葉に頷いた飛鳥の肩にに多佳は手を添えた。
傘は一本しかなかった。二人はギリギリまで密着させ、寮を目指した。
3
「何があったんだ」
かたくなに口を閉ざしてしまった飛鳥に詰め寄る多佳だったが、彼は依然として黙秘状態だった。
その肌は芯まで冷え切ってしまって、唇は紫色に染まっている。時折、かすかな振動が彼を襲った。震えているのか、と多佳が心配そうに傍による。
「もう寝るよ」
「おい、飛鳥!」
清潔なシーツの中に潜り込もうとした飛鳥を多佳が制止させる。思わず握ってしまった飛鳥の手首の脈が跳ね上がったことに多佳は気が付いた。
「いてっ」
「すまない!」
慌てて手を離したが、自分はそんなにも強く握りしめていただろうかと多佳は疑問に思った。だが、彼の乱れた衣服のうちから、その原因が垣間見えた。
「おい、それ、どうしたんだ!」
「へ」
「その痣、傷跡! 酷い……。こんなにも鬱血している」
「触るなよ!」
「何があった? 最近様子がおかしいとおもっていたんだ」
「あんたには関係ないね」
「同室なのに?」
「それが何か関係あるのか」
飛鳥の額を冷や汗が流れ落ちてった。
「話してくれよ……。隠し事はもう無しにしたい」
「……」
飛鳥はしばらく多佳を見つめたまま、だんまりを決め込んでいたが、ふっといきなり立ち上がると多佳の顎を捕まえた。
「んっ!」
今まで一度も感じたことのない感覚が多佳を襲った。乾いた唇だった。そっと触れただけなのに、その冷たくさびしい感覚がいつまでも多佳から離れなかった。
「……どうしてこんな?」
「さあね。そのセリフはこっちのものだよ。分からなかったら自分の胸に手をあてて考えてみたら?」
それだけいうと飛鳥はベッドに横になった。どうしていいのか分からずに立ち尽くす多佳のまなざしのなか、飛鳥は眠りに落ちて行った。
4
「お前、あいつが好きなんだろ?」
その一言がすべての始まりだった。
「あいつって?」
阿波に問いかけた飛鳥は、目の前の男に首元を掴まれた。
「同室の優男さ」
「多佳か? 彼がどうした」
首元を掴む手に力が入る。苦しくなって飛鳥は短く悲鳴をあげた。
「いいネタをつかんでるんだぜ」
どこから現れたのか、阿波の取り巻きが現れ飛鳥を取り囲む。
「じゃーん。健康そうな多佳くんのスクープ写真」
そう言って彼が見せた写真には衝撃的な姿の多佳が写りこんでいた。
「これ……寮の部屋だよな」
「ああ」
阿波が答えた。
どこから盗撮したのだろう。こんな写真が出回ってしまったら多佳は一巻の終わりだ。
「いいネタだろ? お前だったら食いつくと思ってさ」
「引き換えに何を? 俺はお金なんて持っていない」
「お金がなくたって、ただで払えるものがあるだろう」
阿波が獲物を追い詰めたとばかりの余裕のある残酷な笑みを浮かべた。飛鳥は覚悟を決めた。
彼の為ならなんだってする所存だったからだ。
――多佳が飛鳥のベッドの上で一人耽っている写真など、この世に残しては置けない。