19年一本勝負さん参加録

会いに来た

「佑一は遥があの世で何してるかって気にならない?」
「はあ? なんだよ突然」
 しんと静まりかえった教室に、陵の声が響いて冷たく凛とした空気の中に吸い込まれていった。

 遥は陵の双子の弟で、数年前に交通事故で亡くなっている。陵と遥は幼馴染でもなかなか見分けがつかないほど瓜二つ。
 だが、佑一は何故か幼いころから、遥に特別な魅力を感じていた。それが何かはサッパリわからないが、陵と一緒にいる時には感じられない一種の高揚感が遥にはあった。

 文化祭前夜。佑一の所属する美術部では、この一年間で製作した作品を部室にギャラリー風に並べて展示することになっていた。
 部員は三人。今年度の一年が部員にいない為、来年には廃部が確定している。クラスの準備もあって、作業が始まったのは、夕方からになってしまった。
「それにしても太一、遅いな」
 佑一は陵の話題を遮るようにして、もう一人の部員の名前を出した。
「あー、あいつ、先に帰った」
「はあ⁉ うっそぉ!」
 二人でやるより、三人で仕上げてしまった方が早い。佑一はうなだれて肩を落とした。
「そうがっかりするなって。ほら、そっちの先持ってよ」
 陵に言われてボードの端を持つ。重くはないのだが、畳二枚くらいの大きさなので、二人がかりで移動させねばならない。
「陵、気を付けろよ」
「うん……あっ!」
 陵が短く悲鳴をあげたと同時に、ボードは思い切り前方に引っ張られた。持っていた手からそのまま佑一の身体もバランスを壊して倒れ込む。
「いててて、お前、言ったそばから」
 ごめんと陵が笑う声がする。
「何、そんなに笑ってんのさ」
 倒れたボードとその下敷きになった陵。惨状を見ながら、佑一はため息をついた。
「手、貸してくれない」
 仕方ないな、と佑一が差しのべた手は陵の手に触れ、つながりあう。
 オシロイバナの粉をまぶしたみたいに白い手。濡れたようにしっとりとして、触れた部分から体温が逃げていく。
 冷たいな、と思っていると、予想以上の力で引っ張られ、佑一はまたもやバランスを倒した。
 ぶつかる。ぎゅっと強く目を閉じた。
 だが、次に訪れたのは柔らかい感触だった。
 倒れ込む瞬間、佑一の唇に陵のそれがかすかに触れ合った。
「あはは、ちゅうしちゃったね」
 あどけない笑みで陵は佑一を包み込む。
「あ、そろそろ帰らなくちゃ」
「えっ、ちょっと!」
「続きが気になる? うーん、またのお楽しみかなぁ」
 二人の間を妙な高鳴りが支配する。
 こいつ、本当に陵なのか? 佑一の頭の中で何かが、早く気付けとサイレンを鳴らして警報している。
「おっす! 佑一、やっているか!」
 無造作に部室のドアが開いた。
「太一! 帰ったんじゃなかったのかよ!」
「はぁ? 部活の展示まだおわっちゃいねえって! すげえな!」
 盛大に倒れたボードを発見して太一が目を丸くした。
「おい、陵、これ佑一の仕業だぜ」
「うわー」
 太一の背中の後ろから陵が顔をひょっこりと出した。
「佑一、ちゃんと仕事しないとダメだろ」
 陵の言葉に佑一は首をかしげた。
「は? 陵、お前、さっき一緒にやってただろ?」
「え?」
 三人して目を丸くして見つめ合う。
「また、来たのかな」
 陵が言った。
「ちぇっ、それならなんで佑一なんだ? お兄様のところにあいさつには来ないのかよ」
「ははは、でも遥らしいな。あいつ、小さいころからずっと佑一の後を追っかけててさぁ」
――佑一は遥があの世で何してるかって気にならない?
「あいつ、俺がこの世で何してるかって気にしているんだろうか」
 妙な怪現象に慣れつつあるのは問題でもあるが、またのお楽しみとやらを気長に待つつもりだ。


第317回 2019.09.21 1h
お題:彼岸/文化祭/またのお楽しみ
お題の彼岸を消化できているか……といえばかなりあやしいのではありますが、
まあ、小さい事は気にしない精神で。(よろしくない)
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