年代記


編纂序


歴史とは、過去に起きた出来事そのものではない。

そこに残された記録であり、語られた言葉であり、そして人々が何を信じたかの積み重ねである。

同じ出来事であっても、立場によって意味は変わる。

ある者にとっての救済は、別の者にとっての災厄となり、ある者にとっての真実は、別の者にとっての幻想となる。

『Luminaria Chronicle』は、ヴァルプルギス戦争終結より百年を迎えるにあたり、大聖堂・大法院・聖都中央図書院ならびに各地方保管機関の協力のもと編纂された年代記である。

本記録には、公文書、私記、新聞、口承記録、宗教文書、禁書指定資料など、出典および立場の異なる資料が多数含まれている。

そのため、一部記録には相互の矛盾、欠落、改竄の可能性が存在する。また、戦時混乱および戦後統制の影響により、現存していない資料も少なくない。

特にヴァルプルギス戦争前後の記録は、長年にわたる政治的対立、神話化、禁書指定などの影響を受け、断片化が進んでいる。

さらに、この時代に関わる人物や思想の多くは、後世において象徴化され、時に崇拝され、時に糾弾されてきた。

我々が目にする記録は、過去そのものではなく、過去を受け継いだ人々の解釈でもある。

本編纂は、唯一の正史を定めることを目的としない。

むしろ、異なる立場から残された記録を可能な限り併記することで、この時代を生きた人々が何を恐れ、何を願い、何を真実として受け取ったのかを後世へ残すことを目的としている。

神秘とは何であったのか。

魔女とは何者であったのか。

ヴァルプルギスとは誰であったのか。

本年代記は、それらの問いに一つの答えを与えるものではない。

ただ、過去に残された断片を集め、後世の観測者へ手渡すものである。

忘却は時として救いとなる。

しかし同時に、それは過去そのものを沈黙させることでもある。

それゆえ我々は記録する。

真実を確定するためではなく、語られた声を失わせないために。

本年代記が、後世における研究、編纂、そして新たな観測の一助となることを願う。

聖暦890年
ルミナリア中央編纂局記録室

編纂官
エリカ・フリート
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