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★キラキラ 蘖(ひこばえ)の章★

[東峰■諭す]


「佐藤っ!」

ほんの少し走っただけで、すぐに着ぐるみに追いつくことができた。
なんだ、やはり歩いていただけか。

「はぁ・・・はぁ・・・か、かい、ちょ・・・?」

なぜか運動した後のように、息が上がっている佐藤。

「休み中の学校で何をしてるんだ?」

いや、別に悪いわけではないが。

「あ、・・・ひょ、ひょっとして、休み中は、校内に入っては、いけなかったのでしょうか? 一応校則には、全て目を通しましたが・・・」

「あ、いや・・・悪いわけでは・・・少し気になっただけだ・・・」

なんとか必死で息を整える佐藤は、きょとんとした表情を俺に見せた。

「はぁ、気になりましたか・・・えっと、実は裏の空き地へ行こうと思いまして」

「空き地?」

空き地と言えば、校舎の裏側にある、ほぼ裏山と言ってもいい空間。
少し離れれば、すぐに森に到達してしまう、あの場所か。

「はい、先ほど散策していたときに、猫を見つけたのでこれを持っていこうかと」

そう言って、袋から取り出されたのは、猫缶。
山奥という不便さのせいで、学園内には多種多様な物を販売する店がある。
なぜそんな物が必要かわらねぇが、そこにはペット用の物も売ってたはずだ。

「猫・・・?」

「はい、あ、よければ会長も来られますか? とても可愛いですよ」

よほど猫が気に掛かるのだろう、佐藤はもう歩き出していた。
そして、それについて行ってしまう、俺がいる。

「子猫ですけど、一匹しかいないのですよ。はぐれたのかもしれませんね」

こう言った場所によくいる野良猫ってやつだな。
警備員や用務員がたまに餌をやってるのを見たことがある。

「あまり人の匂いがつくのもどうかと思って離れて見てたのですが、いつまで経っても親猫が来なかったのです。とてもお腹が空いてそうでしたし、思わず猫缶を買ってしまいました」

片手に猫缶を握り、少し照れたように笑った。
急に日差しが強く感じ、俺はほんの少し目を細める。

「あ、まだいました」

その場所に近づくにつれ、段々と大きくなる鳴き声。
確かに腹が減って鳴いているように聞こえる。
子猫から少し離れた場所で猫缶を開けそこに置くと、佐藤は猫缶から急いで距離を取った。
俺もそれに続く。
匂いに気付いたのか、子猫は一目散に缶へと向かい、何度か匂いを嗅いでから少し舐め、おもむろにがっつき始めた。
それを離れた場所で見る、俺と佐藤。
佐藤の顔はとても嬉しそうだ。

「こういうのは、あまり良くないんじゃないか?」

「え?」

またきょとんとされた。

「かわいそうだとは思うが、ずっと世話できるわけでもないのに、こうやって変に期待させるのはよくないんじゃないか?」

これは、用務員たちが野良猫に餌をやってる姿を見て、常々思っていたことだ。

「んー、要は責任が取れないのに、面倒見るなってことですよね」

「まぁ、そういうこと・・・か」

「なるほど、会長の意見は尤もですね。ですが、あの猫にとってはどうなんでしょう?」

「・・・どういう意味だ?」

まさか、反論されるとは思わなかった。
自慢ではないが、この学園内で俺に意見する奴など葛西くらいだ。

「んー、命の瀬戸際にある者は、とりあえず生き延びることしか考えないのでは? 今餌にありつける、その間は生きていられる、そういう事だと思います。後々のことを考えられるのは、余裕のある者だと思いますよ。もちろん、後の面倒が見れないから何もしないというのは、その方の自由です。ですが、それは今を必死で生きている者からしたらどうなんでしょう? 後々のことなど勝手に決められ、かわいそうだとは思うけど、などと口だけで言う。僕だったら思わず言っちゃいますね、面倒なんて見なくていいから、とりあえず、今すぐなんかくれって」

愕然としてしまった。
俺は自分の考えを間違っていると思ってはいない。
しかし、それは命の瀬戸際にはいない者の、勝手な想像、驕り高ぶった意見、佐藤はそう言いたいのだ。

「もちろん今日のこの猫缶は、僕のきまぐれです。明日もあげるかは分からない。ですが、明日はあげられないから、今日もあげないなんて、飢えてる者からしたらどんな気持ちなんでしょうね」

それは、例えきまぐれに伸ばされた手でも、生命の危機に瀕している者には一瞬の救いの手となる。
その後どうなるかは分からないが、今この時だけは確実に生き長らえることになるわけか。

「は、はは・・・なるほど、確かに俺は上から目線で物を捉えていたようだ」

「会長・・・あ、ああ・・・も、申し訳・・・ありません」

あれほど淡々と俺を諭していた佐藤が、いきなり顔をくしゃっと崩して泣きそうになりながら、頭を下げた。

「おいっ!」

「ひゃっ、生意気なことを言って、本当に申し訳ありませんでした・・・うぅ・・・」

「おい、こらっ! 頭を上げろっ!」

ひょっとしてこいつ、泣いてるのか?
なぜだ、俺がいじめたみたいじゃねぇかっ!

「ひゃ、ひゃい・・・えぐっ、・・・余計なことを言って、本当に・・・」

「余計なことなんかじゃねぇよ、お前は俺の驕った意見を正そうとしただけだろ・・・っつーか、泣き止めっ!」

「ひゃひゃひゃいっ!」

ついこの間まで小学生だったとは思えないことを言ったくせに、今はガキの姿そのままに泣きやがる。

「ほんっとに、変な奴だな・・・」

かなり下に位置している黒い頭に自然と手が伸びた。
ぐしゃぐしゃと掻き混ぜてやる。

「あわ、わ、な、何をなさるのですか?」

俺の腕に両手を添えて、その行為を止めさせようとしやがる。
だから、更に力を込めてやった。

「ち、縮みますっ! 身長が縮んでしまいますっ!」

「は・・・?」

やっぱり、こいつは馬鹿だ。
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