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■浮気男と平凡君■-オムニバスな前提-

[夏原仁の事情]


寝たのは明け方、というよりも、朝。

大量に出るボトルに同じく大量のカクテル、シャンパンタワーは2回こしらえた。
ナンバーではないホストのバースディなのに、ここまでしてもらえたのは偏に本人の努力と、ナンバー2の後押しがあってのこと。
このまま努力しつづければ、いずれはナンバーホストになれるかもしれない。

ともかくも、バースディイベントはおおいに盛り上がった。明け方近くまでな。
今の店で働く以前からこんなことには慣れっこだが、スタッフたちと後片付けを終わらせて、ようやく眠れると布団に入って数時間、まさか電話で叩き起こされるとは思わなかった。
いつ何が起こるか分からないからと、仕事が終われば携帯のバイブ機能を切る癖がある。
お陰で、着信音でしっかりと目が覚めた。
このまま放っておきたいとこだけど、相手くらいは確認しようと、いまだ鳴り止まぬ音に這いずるようにして布団から脱け出す。

「……」

表示名を見て、無視しようかと考えた。
考えたけど、このまま留守電に切り替われば、きっと後々ややこしくなるに決まってる。

一回大きく息を吐き、仕方なく通話を押した。

「……寝る」

『いいご身分だな。こっちは今から仕事だってのに』

できれば聞きたくない声が、携帯の向こう側から齎された。

「俺はさっきまで仕事してたんだ。お前と一緒にするな」

ククと笑う声が忌々しい。

「で、こんな朝っぱらから、なんの用なんだ?」

今日は"昼の仕事"は休みのはずだ。
あれは日曜と水曜日の週二日で、だから木曜日の今日は昼過ぎまでぐっすりと眠る予定だった。

『ああ、実はな……』

和真は厳しい口調と怜悧な面を惜しみなく晒すやり手の美形実業家として有名らしい、らしいってのは、俺はそんな真面目な姿をあまりお目にしたことが無いからだ。
だからいつも通り、いやいつも以上に愉快気に話し出す和真に、特に違和感などない。

和真がいつも以上に上機嫌だった理由は、すぐに解けた。
弟が連絡してきたからだ。

和真に弟がいたという話は、少しだけ聞いた覚えがある。
確か、妹もいたはずだ。

和真は高校入学とほぼ同時期に家を出たが、家族と仲が悪かったとかそんなことで出たわけじゃない。
遊びまくるうえで、単に実家は面倒だったってだけだ。
そりゃ実家の子供部屋で、セックスしまくるわけにはいかないよな。
しかもとっかえひっかえで、女だけじゃ飽きたらず男にも手を出していたことだし。

つまりそれだけが家を出た理由で、家族との仲は良好ってことだ。
妹のことも弟のことも、普通に可愛いと感じているんだろう。

「やけに都合の良い条件だな。その弟は本気でバイトする気があるのか?」

和真の話は至極簡単なものだった。
弟がバイトを探しているから、うちの店で使えというものだ。

和真が出資しているホストクラブは、いうなれば和真の店みたいなもの。
一応店長がいて、経営はそっちがしてんだけどな。

『俺もそう思った。だけど、滅多にないあいつからの頼みなんだ、ここで一肌脱いでやるのは兄貴として当然だろ。ま、兄馬鹿かもしれんが』

贅沢に慣れきった人間が、自分から汗水流して金を稼ごうとするだけマシと言いたいんだろう。
それに対しては反論したい気持ちもあるが、俺にも弟がいるから、和真の気持ちはなんとなく分かる。

「分かった。遠山には話してあるのか?」

遠山ってのは、店長のことだ。
新しい従業員を雇うのだから、普通なら店長に話を持って行くべきだろう。
なのにこうやって俺に電話をしてくる和真の事情を知っていて口にしたのだから、一種皮肉と取られても仕方ないか。

『全てお前が決めてるくせに、今さら断る必要もないだろ』

些か和真の声色が低くなった。
向こう側で、眉をしかめていることだろう。

「何度も言うけどな、俺は単なる雇われバーテンダーなんだよ」

『何度も言うが、店の一件や二件いつでも持たせてやる。働きたくないってんなら、永久就職も世話してやるぞ。寝不足で悩んでるなら、お勧めだと思うがな』

「いらん」

即座に返事をすれば、ふうっと溜息らしきものが漏れ聞こえた。

『ま、いい。とりあえず照真のことは任せた。シリルには絶対に言うなよ、面倒だからな』

シリルってのは、店長の名前だ。
遠山シリル――まるで外国名のようだが、正真正銘フランス人とのハーフってんだからしょうがない。

「面倒なのはお前であって、俺じゃない」

『とにかく、後は任せた』

やけに早口で返してくる和真に、その向こうの気配を察する。
微かに、社長お早く、なんて声が聞こえてきた。

『待ってろ、すぐに行く。そういわけだ、後は頼むぞ』

「あ、おい待てっ、俺は弟の顔も知らないんだぞ」

『大丈夫だ、見ればすぐに分かる。一番派手で目立つ男前が照真だ。じゃあな』

言いたいことだけ言って切れた携帯を放り投げ、また布団へと戻った。
今日の昼の約束を、その日の朝に連絡してくるってのはどういうことだと腹が立ったが、今は少しでも眠りたい。

まだそれほど日は射していないが、そのうちどんどんと気温があがるだろう。
ビルの狭間に建つアパート。
北向きに位置する部屋とはいえ、扇風機だけでクーラーもない真夏の室内がどうなるかは容易に想像がつく。
寝起きはいつも汗まみれで、シャワーを浴びないと表に出るのも躊躇うほどだ。

待ち合わせているという店までの時間と、シャワーを浴びる時間を考えて、後2時間ほど眠れることに少しばかり安堵した。
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