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■浮気男と平凡君■-オムニバスな前提-

[間宮貴璃の正論1]


【浮気】妻や夫など定まった人がいながら他の異性と情を通ずること。by大辞林。

天下の大辞林様で、婚前交渉を持て囃すのはよくない。
だから妻や夫なんて限定された語句を使うのは、当然の判断。
その後に『定まった人がいながら』と、さりげなく書くのが限界なんだ。

『他の異性』、これも当たり前の表現。
男と女が結ばれるのが一般的な世の中で、まさか『同性』の二文字を堂々掲載するわけにはいかない。

辞書とは、万人に受け入れられる事柄で表現すべきものなのだから。

そこから、己の環境へと当て嵌め考察するんだ。
辞書は、あくまでその助け手。

つまり俺の環境に当て嵌めるとだな、自分の彼氏が他の男と部屋にいれば、充分に浮気を疑えるわけだ。
しかも、キスしていたとあっては、これはもはや浮気以外のなんでもないわけで。

よし、完璧な解釈だ。

某高層マンション最上階の一室、親名義だというそこのリビングで、俺はその現場を目撃してしまった。
家族ぐるみのお付き合い、ガキの頃から知っていて、高校の先輩にして俺の彼氏という立場の男は、浮気相手の肩に両手を乗せたまま凍り付いていた。
世間でいうところのイケメンよりもっと上に位置する顔面は引き攣り、蒼褪め、見ているこっちが気の毒になるほど。
とはいえ、悪いのはあっちであり俺じゃない、つまり同情の余地はないということで、

「死ねっ!」

「ご、ごめんなさーーーーうぼっ!!」

豆腐――好物なんだよ!――の入ったビニール袋を投げたら、見事相手の顔にクリーンヒットした。
狙ったわけじゃないのに、俺ってすげー。

いやいや、そんなことはどうでもいい。
もうこんな所にいる必要はないんだから、ここはとっとと帰るべし。

そんなこんなで何やら喚く相手を無視し、エレベーターに乗り込んだ。
ほとんど重力を感じることもなく、それでもとてつもなく早いスピードで地上に到着した箱から飛び出し、道路に向かって手を上げる。
大通りに面してるおかげで、タクシーはすぐに拾うことができた。
実家の場所を告げ、後はシートに凭れ込むだけ。

はぁ、疲れた。

驚きはしたけど、泣きはしない。
あいつほどのイケメンが、俺みたいななんの取り得もない平凡顔と付き合ってるのが、おかしな話なんだから。

ひとつ上のあいつは、昔っからもてた。
それはもう腹が立つほどにもてまくりで、なのにいつも俺の側にいた。
それを、なんでだなんて思わない。
だって、あいつは小学校に入る前から、好きだのなんだのを俺に言いまくっていたんだからな。

そう、告白してきたのはあいつなんだ。
小中時代は冗談で流していた言葉を、高校に入学した途端真剣に言ってくるもんだから、根負けして付き合うことに同意した。
俺が高校一年、あいつが二年のときだ。

あいつはこの春高校を卒業し晴れて大学生となり、実家を出て一人暮らしをはじめた。
会える時間は格段に減ったけど、寂しくはなかった。
毎日のメールに電話、うざいくらいに連絡してくるもんだから、寂しいなんて感じる余裕もなかったんだ。

なのに、なのに……くそっ、あんなやつもう知らね!
金輪際会ってやるもんか! ってのは無理か。
家族でのお付き合いがあるわけで、さすがに会わないってのは無理だな。
ま、いいや、もうあんなやつは、俺の恋人でもなんでもない!

怒りのせいなのか、浮気現場を見た割りにはかなり冷静な俺は、タクシーに乗り込んだ直後に、しっかりと携帯の着信拒否設定をしておいた。
メルアドも変更したから、もうあいつからの連絡はこない。
が、携帯はブルってる。
表示は公衆電話……すっげー、公衆電話ってまだあるんだ。
確か、いざってときのために、いくつか残してるあるんだっけ、N○Tさんのそういうところは頭が下がります、と、今はそんなことどうでもいっか。
もしかしたら今がそのいざってときで、家族の誰かが掛けてきてるのかもしんない。

「はい…」

出た途端に、謝罪の嵐。
どうやら俺の家族じゃなかったらしい。

「うぜっ」

そのまま通話を終了して、携帯をしまう。
ブルブルと煩わしいけど、放っておく。



ぐっすり寝た。
それはもう、完璧なまでにぐっすりと。
今日は日曜だ。
だから、あいつの部屋に行ったんだ、それなのに……あ、合鍵どうしよう。
うーん、あいつの妹にでも渡しとくか。

一人暮らしをはじめたとき、あいつはすぐに合鍵を渡してくれた。
あれから半年、合鍵を使ったのは、実は昨日が初めてのことだった。

土曜なんだから泊まりに来いとしつこく言われはしたものの、俺はそれを断った。
友達と映画行く約束してたんだから、断るのは普通だろ。
でも映画が終わって友人と別れた場所が、意外にあいつのマンションに近かったから、俺はそのままマンションに向かったんだ。
せっかく行ってやったのに、まさか他のやつを連れ込んでいるとは、ほんと最低野郎だよな。
あんなやつに処女を奉げた俺は、なんて可哀想なやつなんだろう。

なんてことを考えながら着替えを済ませ、階下に降りる途中ではたと気付いた。
俺の家を知っているあいつが、押しかけてくる可能性はおおいにある。

なんつーか、うちはかなり異常な家で、あいつとのことは親公認だったりする。
つか、あいつの家も充分に異常ってことだよな。
とにかく両家公認の仲ってことは、あいつが堂々家に押しかけて来て、とんでも修羅場を演じることになる可能性もあるわけで。

いやだ、そんな格好悪いことだけは、したくない!

よし、逃げよう。

というわけで、友人の部屋に匿ってもらうことにしました。
友人の部屋は学内の寮にあり、当然部外者は立ち入り禁止。

携帯は引っ切り無しに震え続けているが、見知らぬ番号なので出る気にならない。
たぶん別の携帯を契約したか、誰かに借りたんだろう。
貸したのは例の浮気相手かもしれないが、顔は覚えてないから思い浮かべることはできなかった。

途中姉ちゃんから電話があって、それにはちゃんと出た。
やはりあいつは家に駆け込んできたらしい。
ほんの出来心なのだと一心不乱に謝っていたらしく、連絡くらいしてやれと軽く諌められた。
そもそも付き合ってくれって言ったのは向こうなのに、浮気するほうが悪いんだ。
なんで俺が怒られなきゃなんないんだよ。
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