峰岸照真の言い分
夏休みとはいえ、まったく登校しないわけじゃない。
サークルには入っていないが、聴講手続きやらがある。
この日もそれらの所用を片付けたあと、中途半端に時間を持て余したため、仕方なく早い時間帯にバイト先に向かった。
時間的にまだ開いてないけど、どっかで茶でも飲んで時間を潰せばいい。
そんなことを考えていたのだが、出入口は予想に反し開いていた。
仁さんあたりが、既に出勤してるってことか。
だが、ロッカールームには誰もいない。
仁さんのことだから、店長室かな。
うちの店長は名ばかりで、店の仕切りはすべて仁さん任せだから、なにもおかしくなかった。
一応マネージャーってことだったしな。
だが、仁さんが店の一切を取り仕切ってるのに、俺は若干の違和感を覚えていた。
その違和感は、ここのオーナーが兄貴ってことに付随している。
兄貴の言動から、まるでこの店が仁さんの物であるかのように感じるせいだ。
まさか、な。
兄貴が出資し、店長という形で遠山シリルが参加してるなら、むしろ遠山への手切金の意味合いのが強そうだ。
詰まらない勘繰りをしながら、荷物だけをロッカーに入れる。
まだ着替えなくていいだろう。
手ぶらでロッカールームを出て、なんとなく仁さんを探しながら廊下をうろついた。
ふ、とある匂いに気が付く。
店では軽食を出すこともあるため、かなりの規模の厨房が設えられている。
匂いは、そこからしていた。
しかも、中華的な匂いが。
迷わず厨房に足を踏み入れたら、そこには仁さんと私服の保さんがいた。
「え、え、照真くん? は、早いね。おはよう」
保さんは明らかに動揺していたが、仁さんは落ち着き払い「おう」と適当な挨拶を投げてくる。
そして、俺の腹がグウと鳴った。
「何してんの?」
「何って、飯だ。飯」
愛想の欠片もない仁さんに、半ば呆れながら厨房内を見渡す。
そこには麻婆豆腐に炒飯、それと肉と野菜を炒めたものが大皿に盛られ並んでいた。
「飯って……なんでここで食ってんの?」
いや、食っててもおかしくないんだよ。
ここで夕食や夜食を食べる人は多いからね。
だけどね、彼らがこんな早くに出勤して、ここで昼を食べる必要性はないんだ。
しかも、ここの厨房で調理したってことだよね。
「えっと、あのね、今日は水曜だからね、」
「うちよりも、ここの厨房のほうが使い勝手がいいからな」
保さんの言葉を遮るようにして、仁さんが訳の分からないこと言い出した。
一緒に仕事してて気付いたけど、仁さんは妙なところで天然だ。
「水曜と厨房が、関係あるの?」
「ある」
「へー、ぜひ聞きたいっすね」
「まず、俺の家はコンロが一つしかない。しかも電熱。最悪だろ」
「そっすね」
「そして、水曜と日曜は高級食材が大量に手に入る」
「なんで?」
もしかしなくても、日曜日もやってんのか……。
「そこは黙秘権を行使する」
「そこ、結構重要っぽいんだけど」
「そして保はアホほど料理がうまい」
「仁さんも、すごくうまいんだよ」
「保さん、その情報、たぶんいらない」
「つまり、毎週水曜と日曜は、普段食べられない物を食べる日なんだ」
「それで、麻婆に炒飯? さっぱり分からん」
説明にならない説明を終えた仁さんが、食事の続きを始めた。
保さんは、二人でコソコソしてるのがバレタからか、微妙に気まずそうだった。
「ねぇ、照真君も食べてよ。さっきお腹鳴ってたでしょ」
「マジっすか。いただきまーす」
遠慮なんてする気もなく、保さんから箸を受け取り早速いただく。
まずは、麻婆豆腐に手を付けた。
麻婆豆腐は、貴璃の大好物なんだよね。
だから、俺も好き。
「うまっ。なにこれ、普通においしいじゃん」
料理なんかしないしできないが、子供の頃から高級店ばかり行ってたおかげで、舌はかなり肥えてるほうだ。
そんな俺でも素直に美味いと言い切れるほど、麻婆豆腐の味は絶品だった。
「そんな、大袈裟だよ」
「もしかして、保さんが作った?」
「うん、炒飯と野菜炒めは仁さんだよ」
保さんに勧められるまま、炒飯と肉野菜炒めも食べてみた。
肉はかなり上質で、これまた絶品のお味だった。
仁さんの言った高級食材ってのも、あながち冗談ではなさそうなレベルだ。
炒飯はちゃんとパラパラになってるし、混じっていたハムの味わいから、これまた相当の高級品であることが知れる。
まさか、金華ハムだったりして……まさかな。
「はい、スープもどうぞ」
「あ、ども」
保さんから器を受け取り、中身を見て唖然とする。
まさかのフカヒレっぽいスープですか。
人工フカヒレにありがちなバラバラの繊維状でなく、ヒレの形を残した物体が鎮座なさっておいでだった。
おい、待てよ。
どういうことだよ。
はっきり言って、この二人は贅沢をするタイプじゃない。
それは服装などから容易に知れることで、それなりに稼いでいるくせに、いつでも貧乏臭さが染み付いているのだ。
だというのに、この食材は明らかにおかしいだろ。
味が絶品なのは、食材の質も関係あるんじゃないだろうか。
もちろん調理法が秀逸というのは大きいが、高級食材が高級である理由がちゃんとあるってことだ。
あまりの美味さに夢中になって食べてると、厨房のテーブルに置いてあった仁さんの携帯が震えた。
仁さんはチラっと見ただけで、すぐに保さんに渡す。
「保、出て」
「はいはい」
携帯を受け取った保さんが、耳に当てながら厨房の隅に移動する。
相手はおそらくホストで、同伴出勤の連絡だろうな。
「ねぇ、仁さん」
「なんだ?」
「マジでおいしいよ」
「よかったな」
「俺も少しくらい材料費持つよ」
「バカ」
普段からバカバカと言われているが、今回のバカは情の篭ったものだった。
変に気を使うなってことか。
「でも、お高いんでしょー」
どこぞの通販ショップ風に言えば、仁さんがプッと笑う。
「俺の懐が痛むわけじゃなし、お前は気にせず食べてろ」
「でもー」
「照真には、その権利が無きにしも非ず、かもな」
「え、どういうこと? 俺に食べる権利があるってこと? ……まさか、店の仕入れ名目で、」
「んなことするかっ」
「怪しー」
「バカ兄貴だよ」
「え?」
「出所は、お前のバカ兄貴。だから気にせず全部食っちまえ」
「……あ、そう」
これは、どう捉えればいいんだろう。
仁さんと兄貴が親しいからって、どうして食材に繋がるんだ。
なんで水曜と日曜なんだよ。
元同級生というには、少しおかしなところのある二人だが、それについての追求はあまりしてこなかった。
俺には関係ないってのが大きいし、仁さんも兄貴もなぜか口が堅くなるせいで。
そのくせ、こういう謎掛けじみた体で話すから、これ以上聞いていいのか駄目なのかの境界線が分かりづらい。
今度兄貴に会ったら、食い下がってみようかな。
材料費の出所が知れたころ、電話を終えた保さんも戻ってきた。
電話は、案の定同伴の連絡だった。
その後はひたすら食べ続け、たくさんあった料理もすべて三人の胃袋に消える。
食後は、保さんがコーヒーを淹れてくれた。
「んじゃ、俺は仕事してくるから、あとよろしく」
仁さんが、コーヒー片手に厨房を出て行く。
厨房に残った俺は、これから皿洗いだ。
仁さんから、せめてそれくらいしろとお達しがあったからね。
ここで働くまで、コップくらいしか洗ったことがなかったが、今ではなんでも来いといえるほどの腕前だ。
ちなみに、この域に達するまでに、グラスが数個犠牲になった。
食器ごとにスポンジを使い分けるのは当たり前、鼻歌なんか歌ったりしながら、余裕で大皿を洗ってゆく。
「僕も手伝うよ」
「いいよ。保さんは作ってくれたんだし、洗い物は俺がするよ」
「いいのいいの、二人のほうが早いでしょ」
強固に断るものでなし、お言葉に甘えて、すすぎは保さんにお願いする。
「そういえば……」
「どうしたの?」
「あの麻婆、保さんが作ったんだよね」
「うん、そうだよ。どう? 辛すぎなかった?」
「ううん、全然。ちょうどいい辛さだったよ」
「よかった。今日はね、豆板醤を多目にいれてみたんだ。辛すぎるのは苦手だけど、あれくらいだと旨味が引き立つ感じだね」
そういえば、貴璃も辛い物は苦手なのに、麻婆豆腐は辛いほうが好きなんだよな。
ああいったものの辛さは、他のと違うって言ってったっけ。
確かに、ただ辛いだけじゃなく、旨味成分を感じさせる辛さだった。
だがしかし、それがどうしてなのかまでは分からない。
豆板醤のせい?
豆板醤がなんなのかは知ってるけど、豆板醤がどうなってああなるのかは想像もつかないな。
だいたいさ、入れりゃいいってものじゃないんでしょ。
じゃあ、どれくらい入れるものなの?
駄目だ。俺って、料理のこと知らなすぎる。
麻婆豆腐のことを考え出したら、自然と貴璃のことも思い出していた。
そういえば、最後にエッチしたのはいつだっけ。
貴璃が夏休みだったのは確かだよな。
バイトを始めてから、セフレたちとはご無沙汰になっている。
忙しいってのもあるが、なんとなくそんな気分にならなかった。
でも、そろそろ誰かとやってもおかしくない時期だよね。
つか、誰かって、俺は貴璃とやりたいんだよ。
しかし貴璃はまだ高校生で、会える時間は限られている。
だからこそ性欲は他で発散してたけど、貴璃に求めるのは何もエッチだけじゃないはずなんだ。
会いたいって、言っていいのかな。
どこの店に行くとか、どこで遊ぶとか、何も決めずに誘ってもいいかな。
今、保さんとしてるみたいに、どうってことない会話を貴璃ともしたい。
テレビ見ながらダラダラするのでもいい。
とにかく、俺は貴璃と二人きりになりたいんだ。
普通に、泊まりに来てって、お願いしてもいいのか……いいよな。
よし、今度の土曜日に泊まりにおいでって言ってみよっと。
サークルには入っていないが、聴講手続きやらがある。
この日もそれらの所用を片付けたあと、中途半端に時間を持て余したため、仕方なく早い時間帯にバイト先に向かった。
時間的にまだ開いてないけど、どっかで茶でも飲んで時間を潰せばいい。
そんなことを考えていたのだが、出入口は予想に反し開いていた。
仁さんあたりが、既に出勤してるってことか。
だが、ロッカールームには誰もいない。
仁さんのことだから、店長室かな。
うちの店長は名ばかりで、店の仕切りはすべて仁さん任せだから、なにもおかしくなかった。
一応マネージャーってことだったしな。
だが、仁さんが店の一切を取り仕切ってるのに、俺は若干の違和感を覚えていた。
その違和感は、ここのオーナーが兄貴ってことに付随している。
兄貴の言動から、まるでこの店が仁さんの物であるかのように感じるせいだ。
まさか、な。
兄貴が出資し、店長という形で遠山シリルが参加してるなら、むしろ遠山への手切金の意味合いのが強そうだ。
詰まらない勘繰りをしながら、荷物だけをロッカーに入れる。
まだ着替えなくていいだろう。
手ぶらでロッカールームを出て、なんとなく仁さんを探しながら廊下をうろついた。
ふ、とある匂いに気が付く。
店では軽食を出すこともあるため、かなりの規模の厨房が設えられている。
匂いは、そこからしていた。
しかも、中華的な匂いが。
迷わず厨房に足を踏み入れたら、そこには仁さんと私服の保さんがいた。
「え、え、照真くん? は、早いね。おはよう」
保さんは明らかに動揺していたが、仁さんは落ち着き払い「おう」と適当な挨拶を投げてくる。
そして、俺の腹がグウと鳴った。
「何してんの?」
「何って、飯だ。飯」
愛想の欠片もない仁さんに、半ば呆れながら厨房内を見渡す。
そこには麻婆豆腐に炒飯、それと肉と野菜を炒めたものが大皿に盛られ並んでいた。
「飯って……なんでここで食ってんの?」
いや、食っててもおかしくないんだよ。
ここで夕食や夜食を食べる人は多いからね。
だけどね、彼らがこんな早くに出勤して、ここで昼を食べる必要性はないんだ。
しかも、ここの厨房で調理したってことだよね。
「えっと、あのね、今日は水曜だからね、」
「うちよりも、ここの厨房のほうが使い勝手がいいからな」
保さんの言葉を遮るようにして、仁さんが訳の分からないこと言い出した。
一緒に仕事してて気付いたけど、仁さんは妙なところで天然だ。
「水曜と厨房が、関係あるの?」
「ある」
「へー、ぜひ聞きたいっすね」
「まず、俺の家はコンロが一つしかない。しかも電熱。最悪だろ」
「そっすね」
「そして、水曜と日曜は高級食材が大量に手に入る」
「なんで?」
もしかしなくても、日曜日もやってんのか……。
「そこは黙秘権を行使する」
「そこ、結構重要っぽいんだけど」
「そして保はアホほど料理がうまい」
「仁さんも、すごくうまいんだよ」
「保さん、その情報、たぶんいらない」
「つまり、毎週水曜と日曜は、普段食べられない物を食べる日なんだ」
「それで、麻婆に炒飯? さっぱり分からん」
説明にならない説明を終えた仁さんが、食事の続きを始めた。
保さんは、二人でコソコソしてるのがバレタからか、微妙に気まずそうだった。
「ねぇ、照真君も食べてよ。さっきお腹鳴ってたでしょ」
「マジっすか。いただきまーす」
遠慮なんてする気もなく、保さんから箸を受け取り早速いただく。
まずは、麻婆豆腐に手を付けた。
麻婆豆腐は、貴璃の大好物なんだよね。
だから、俺も好き。
「うまっ。なにこれ、普通においしいじゃん」
料理なんかしないしできないが、子供の頃から高級店ばかり行ってたおかげで、舌はかなり肥えてるほうだ。
そんな俺でも素直に美味いと言い切れるほど、麻婆豆腐の味は絶品だった。
「そんな、大袈裟だよ」
「もしかして、保さんが作った?」
「うん、炒飯と野菜炒めは仁さんだよ」
保さんに勧められるまま、炒飯と肉野菜炒めも食べてみた。
肉はかなり上質で、これまた絶品のお味だった。
仁さんの言った高級食材ってのも、あながち冗談ではなさそうなレベルだ。
炒飯はちゃんとパラパラになってるし、混じっていたハムの味わいから、これまた相当の高級品であることが知れる。
まさか、金華ハムだったりして……まさかな。
「はい、スープもどうぞ」
「あ、ども」
保さんから器を受け取り、中身を見て唖然とする。
まさかのフカヒレっぽいスープですか。
人工フカヒレにありがちなバラバラの繊維状でなく、ヒレの形を残した物体が鎮座なさっておいでだった。
おい、待てよ。
どういうことだよ。
はっきり言って、この二人は贅沢をするタイプじゃない。
それは服装などから容易に知れることで、それなりに稼いでいるくせに、いつでも貧乏臭さが染み付いているのだ。
だというのに、この食材は明らかにおかしいだろ。
味が絶品なのは、食材の質も関係あるんじゃないだろうか。
もちろん調理法が秀逸というのは大きいが、高級食材が高級である理由がちゃんとあるってことだ。
あまりの美味さに夢中になって食べてると、厨房のテーブルに置いてあった仁さんの携帯が震えた。
仁さんはチラっと見ただけで、すぐに保さんに渡す。
「保、出て」
「はいはい」
携帯を受け取った保さんが、耳に当てながら厨房の隅に移動する。
相手はおそらくホストで、同伴出勤の連絡だろうな。
「ねぇ、仁さん」
「なんだ?」
「マジでおいしいよ」
「よかったな」
「俺も少しくらい材料費持つよ」
「バカ」
普段からバカバカと言われているが、今回のバカは情の篭ったものだった。
変に気を使うなってことか。
「でも、お高いんでしょー」
どこぞの通販ショップ風に言えば、仁さんがプッと笑う。
「俺の懐が痛むわけじゃなし、お前は気にせず食べてろ」
「でもー」
「照真には、その権利が無きにしも非ず、かもな」
「え、どういうこと? 俺に食べる権利があるってこと? ……まさか、店の仕入れ名目で、」
「んなことするかっ」
「怪しー」
「バカ兄貴だよ」
「え?」
「出所は、お前のバカ兄貴。だから気にせず全部食っちまえ」
「……あ、そう」
これは、どう捉えればいいんだろう。
仁さんと兄貴が親しいからって、どうして食材に繋がるんだ。
なんで水曜と日曜なんだよ。
元同級生というには、少しおかしなところのある二人だが、それについての追求はあまりしてこなかった。
俺には関係ないってのが大きいし、仁さんも兄貴もなぜか口が堅くなるせいで。
そのくせ、こういう謎掛けじみた体で話すから、これ以上聞いていいのか駄目なのかの境界線が分かりづらい。
今度兄貴に会ったら、食い下がってみようかな。
材料費の出所が知れたころ、電話を終えた保さんも戻ってきた。
電話は、案の定同伴の連絡だった。
その後はひたすら食べ続け、たくさんあった料理もすべて三人の胃袋に消える。
食後は、保さんがコーヒーを淹れてくれた。
「んじゃ、俺は仕事してくるから、あとよろしく」
仁さんが、コーヒー片手に厨房を出て行く。
厨房に残った俺は、これから皿洗いだ。
仁さんから、せめてそれくらいしろとお達しがあったからね。
ここで働くまで、コップくらいしか洗ったことがなかったが、今ではなんでも来いといえるほどの腕前だ。
ちなみに、この域に達するまでに、グラスが数個犠牲になった。
食器ごとにスポンジを使い分けるのは当たり前、鼻歌なんか歌ったりしながら、余裕で大皿を洗ってゆく。
「僕も手伝うよ」
「いいよ。保さんは作ってくれたんだし、洗い物は俺がするよ」
「いいのいいの、二人のほうが早いでしょ」
強固に断るものでなし、お言葉に甘えて、すすぎは保さんにお願いする。
「そういえば……」
「どうしたの?」
「あの麻婆、保さんが作ったんだよね」
「うん、そうだよ。どう? 辛すぎなかった?」
「ううん、全然。ちょうどいい辛さだったよ」
「よかった。今日はね、豆板醤を多目にいれてみたんだ。辛すぎるのは苦手だけど、あれくらいだと旨味が引き立つ感じだね」
そういえば、貴璃も辛い物は苦手なのに、麻婆豆腐は辛いほうが好きなんだよな。
ああいったものの辛さは、他のと違うって言ってったっけ。
確かに、ただ辛いだけじゃなく、旨味成分を感じさせる辛さだった。
だがしかし、それがどうしてなのかまでは分からない。
豆板醤のせい?
豆板醤がなんなのかは知ってるけど、豆板醤がどうなってああなるのかは想像もつかないな。
だいたいさ、入れりゃいいってものじゃないんでしょ。
じゃあ、どれくらい入れるものなの?
駄目だ。俺って、料理のこと知らなすぎる。
麻婆豆腐のことを考え出したら、自然と貴璃のことも思い出していた。
そういえば、最後にエッチしたのはいつだっけ。
貴璃が夏休みだったのは確かだよな。
バイトを始めてから、セフレたちとはご無沙汰になっている。
忙しいってのもあるが、なんとなくそんな気分にならなかった。
でも、そろそろ誰かとやってもおかしくない時期だよね。
つか、誰かって、俺は貴璃とやりたいんだよ。
しかし貴璃はまだ高校生で、会える時間は限られている。
だからこそ性欲は他で発散してたけど、貴璃に求めるのは何もエッチだけじゃないはずなんだ。
会いたいって、言っていいのかな。
どこの店に行くとか、どこで遊ぶとか、何も決めずに誘ってもいいかな。
今、保さんとしてるみたいに、どうってことない会話を貴璃ともしたい。
テレビ見ながらダラダラするのでもいい。
とにかく、俺は貴璃と二人きりになりたいんだ。
普通に、泊まりに来てって、お願いしてもいいのか……いいよな。
よし、今度の土曜日に泊まりにおいでって言ってみよっと。