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峰岸照真の言い分

大学生と高校生では、夏季休暇は微妙にずれる。
一般的な高校生の貴璃(きり)は、9月に新学期を迎え、そのせいで会える機会は格段に減った。
対する俺は、まだまだ休暇中ときた。
しかし週三のバイトと、なんだかんだで大学に顔を出すおかげか、寂しくて堪らないというほどではない。
だからって、全然寂しくないわけじゃないけど。

よくよく思い返したら、夏休み真っ最中のときでも、貴璃はなかなか会ってくれなかった。
やれプールだ鼠園だ映画だと、大勢いる友人たちと多忙な日々を過ごしていたんだ。
俺は俺でバイトのことは秘密にしてるせいで、これ幸いと会えないことを許容していた。
結局、貴璃の夏休み期間中、会ったのは2回くらいじゃなかったかな?
そういえば、盆で実家に帰ったときは、連続で会ってたか。
つっても、あれは家族ぐるみでのお付き合いだし、ノーカンかな。

付き合いが長いせいか、幼馴染から恋人になっても、二人の関係性に変化がないように思える。
貴璃は昔から友人が多かったし、俺のほうもそうだ。
お互いが個人の都合を優先するタイプだから、どうしたって二人きりのラブラブタイムから遠のきやすいのかもしれない。
ま、毎日連絡してるし、会ったら会ったでエッチするから、恋人であることは確実なんだけどね。
金が貯まって旅行に行けば、もっと進展するだろうから、今はまだ焦らなくてもいいよな。



ボーイのバイトは、思った以上に楽しかった。
最初こそ、重いトレイに指が攣りそうになったが、今じゃどんなカクテルも一滴も溢さず運べる。
従業員はもちろん客の顔と名前はそれなりに覚えたし、俺目当てでやって来る客も大勢いた。
だからって決して席には着かないが、さり気なくホストどもを推すことで、下っ端どもには感謝されていた。
当然、それなりに売れっこのホストからは嫌われてるが、男からの妬み嫉みなど慣れっこの俺には屁とも思わない。

こうなってもナンバー1と2はフレンドリーで、特にナンバー2のルカとは同学年ということもあり、かなり親しくなった。
俺の終業時間ともなれば店を抜け出してくるルカと、何度も夜食を食いに行った仲だ。
そんなルカが、実は現役T大生というのには驚かされた。
しかも理系とか、どんな天才だよ。
俺だってそれなりの大学だが、チャラ系ホストのルカが、まさか国内最高峰の大学生とは、人を外見で判断してはいけないの見本だ。

今日も今日とて、客を迎えに行くと言い抜け出してきたルカと、二人してラーメン屋に入った。
夜の商売をしてる女性が数多く来店することから、ホストクラブでは夜中からが本番と言える。
今夜もおそらくは明け方までになるだろうルカにとって、夜食というのは重要だった。
毎度午前一時で終える俺は、このときばかりは少し罪悪感を覚える。

「T大の理系って、やること多いんじゃねーの?」

「今はそうでもないよー。三年になったら、嫌でも忙しくなるけどねー」

俺もそうだが、まだ一年生のルカは、それなりに時間に余裕があるらしい。
しかし三年ともなれば、そうも言ってられなくなるのだろう。
特にルカは医者志望だし、どう考えてもバイトしてる時間はなくなる。
だからこその『腰掛け』だが、そもそも寝不足になってまでルカが夜のバイトをしてるのには理由があった。

ルカの両親は、揃って弁護士をしている。
しかも企業相手というから、金にはまったく不自由しないご身分なんだ。
だというのに、ルカは授業料はじめ一切の援助を断っていた。

『弁護士よりもさー、医者のがイケてるよねー』

そう言って、ルカは家を飛び出したそうだ。
しかも、高校生のときにってんだから、なんとも反骨心溢れる若者……、なんて思えるか!
バカだろ、バカだな。
高校時点で家を飛び出し、その後は女の家を渡り歩いてたとか、どこのヒモだよ!
いや、せめて飯を作るという考えすらも浮かばなかったと言うから、ヒモ以下だ。
ペットのが、かなり役に立ってるレベルだよな。
やってたことといえばセックスだけとか、マジでどうしようもないクズだろ。

それでも嫌われない性質のルカは、T大に受かったと同時にヒモ生活は辞め、現在はT大に近い下宿に住んでるとのことだった。
いまどき下宿屋なんかあるのに驚きだが、親からの資金援助をいまだ断り続けてるという事実にも驚愕した。
親のほうは、T大生の肩書きを手に入れた途端軟化したって話なのに、ルカのほうが固辞したわけだ。
いくら奨学金貰ってるからって、医学部なんか金かかるってのに、ルカは外見にそぐわず頑固だったってことか。
ホント、変な奴だよ。
それを言ったら、お前も変じゃんと返されたけど。
確かに、俺もバイトするような身分じゃない。
私大の費用は全部親持ち、一人暮らしにマンションを与えられ、潤沢な仕送りまで貰ってる。
それでもバイトをする理由を、俺はルカに話していた。
恋人のためにってのは店のほとんどの人に知られているが、その恋人が実は男子高校生だとか、実家がかなり裕福だとかまでの諸々を。
さすがに、兄貴のことは教えてないけどね。

「そういえばさ、旅行はどうなったのよ? 夏、終わっちゃうよー」

「夏はもう無理だろ。あっちはとっくに授業始まってるし。冬休みに、どっか行けたらいいかな」

「そっか、高校生だもんな。三年だっけ?」

「そ、高三」

「普通なら、冬休みなんてないけどねー。試験免除かー、うらやましー」

貴璃が通い俺も通っていた高校は、いわゆる付属校というやつだった。
内部進学がほぼ約束されていて、最も大変な時期の三年生であっても、その気になれば遊んでいられる。
しかし大学のランクは……まぁ、その辺りは言及せずにいよう。
さすがに、付属大への進学を望まなかった俺は、高三の長期休暇なんかあってないようなものだった。
貴璃も、もし外部の大学を選んでいたら、あんなにノンビリした夏休みは過ごせなかっただろう。
そうなると、ただでさえ会えないのに、会える時間がさらに減ってしまう。
将来的なことを除けば、貴璃が付属大を選んだのは幸いだったと言えるだろう。

「その頃なら結構貯まってるんじゃね? 冬の欧州とかよさげじゃん。生サンタ、いいかもー」

「フィンランドか、いいな」

寒い時季にさらに寒い国は嫌がられそうだが、本場のサンタクロースに会いに行くとなれば喜ぶだろうな。

「あ、でも、待てよ。それだと全然足りないんじゃないか」

「げっ、お前、どんな旅行にする気よ?」

「どんなって、普通に飛行機代だけでも足りなそうじゃん」

「待て待て待てー」

そう言いながら、ルカが携帯で旅行会社を検索する。
そして、いくつもあるツアーからフィンランドを選び出し、俺へと見せ付けた。

「ギリ足りるんじゃなーい?」

「まさかエコノミーじゃないだろうな?」

ごくごく当たり前のことを聞いたら、ルカがこれ見よがしに溜息をつく。

「これだから、お坊ちゃまは……」

「お坊ちゃまとか関係ねーよ。10時間も狭いシートで座りっぱなしとかありえない。あと、ホテルも重要だ」

「ああー、もうっ。じゃあ、これは? ビジネスクラス利用、四日間の旅」

「四日とかないわー」

それだと、着いた途端に帰る準備をしなきゃいけない。

「つーかさー、そのプランだと金足りないと思うんだけど」

「だよね! って、贅沢言ってんじゃねーよ」

「何が贅沢だよ。席は最低でもビジネス、ホテルはせめてカンプ。部屋は最低でもジュニアスウィート。そうじゃなきゃ、貴璃が楽しめないだろ」

「それはもう、最低ってレベルじゃねーぞ……いや、完全に逆いってるじゃん……」

「そうか? 貴璃を連れて行くなら、これくらい当然だろ」

「どこの王子さまと付き合ってんの」

「それくらいじゃないと、喜ばないだろ」

「そうなの?」

「そうなのって、そうだろ?」

「普通はさ、恋人が自分のためにバイトして旅行連れてってくれたら、どんなにしょぼくても嬉しいもんでしょ」

「そうかな? それって我慢してるんじゃないか?」

「そりゃあ、そういう部分も絶対にないとは言い切れないけど……」

「貴璃はさ、すっげー素直でいいコだから、絶対に嘘をつけないんだよ」

「え、だから?」

「だから、嫌なものは嫌って言うし、楽しくないのに楽しいフリなんて絶対にできないの。自分にも相手にも正直なんだよ」

「あー、そー……」

「なんだよ?」

「いや、まぁ、照真がそれでいいなら、いっか」

「なんだよ、その含みのある言い方は」

「いやいや、こうなったら冬の旅行は諦めるか、近場にするか、だねー」

「そうだな。まだ時間あるし、そのときまでじっくり考えるよ」

「しかし、照真ってすっげーコと付き合ってんだな」

「どういう意味だよ」

「なんつーか、超上流って感じがするじゃん」

「そうか?」

「それを気にしないあたり、やっぱお前も上流のコって感じだな」

「そうかー? バイトして、ラーメン屋でウマーとか言ってんのに?」

「そう言われたらそうだねー。照真はバイトのおかげで、庶民に近づけたってところかなー」

「なんだよ、それ」

「俺だったらさー」

「ん?」

「すっげー小さいことでも、喜んでくれる人がいいなー」

「小さいことでも、か……」

「タモッちゃんなんかさー、すっげー詰まんねーことで、すーぐ笑うじゃん」

タモッちゃんとは、俺と同じくボーイをしてる秋吉保さんのことだった。
ルカは相手が年上であっても、平気でちゃん呼びをする。

「今日なんかさ、俺が買って来たミスド見て、大興奮してんの」

「あ、俺も食べた。ごちそーさん」

「なんで照真が食ってんだよ。あれは日頃お世話になってる、タモッちゃんに買って来たんだぞー」

「ボーイ一同、おいしくいただきました」

「くっそー」

「なんで保さん限定なんだよ。世話なら俺もしてるじゃねーか」

「だってー、タモッちゃん喜ぶでしょー」

「俺も喜ぶ。ルカくーん、嬉しい、ありがとー」

「かわいくないー」

「保さんなら、可愛いのかよ」

「タモッちゃん、めちゃ可愛いじゃん」

「え……」

ここで絶句してしまうのは、保さんに対して甚だ失礼ではないか。
だいたい保さんは、この俺ですら簡単に懐いたほど好感の持てる人柄で、ルカが全力で甘えたくなるほど穏やかな人格者だ。
だがしかし、外見の地味さから、可愛いという単語が浮かびにくいのもまた事実だった。

「え、ってなによー。タモッちゃん、めちゃ可愛いでしょー」

「えっと、どの辺が?」

顔が、とか言われたらどうしよう……。

「性格でしょー」

それには、心の底から同意できた。
すぐにムキになって拗ねたり、そのくせすぐに上機嫌になったり、ホント可愛いんだよ。
性格というカテゴリーを忘れるなんて、うっかりしすぎだ。

「名前でしょー」

「え……?」

「超絶可愛いー」

待て、名前ってなんだ?
あきよしたもつ、アキヨシタモツ、漢字で書くと秋吉保。
これのどこに、可愛い要素があるんだ?

「秋吉って響きが、いいのか?」

「何言ってんの? 名前よ。名前。タモツとか、可愛いすぎー」

「……」

ルカは、名前フェチなのかな?
それにしたって、保のどこをどうしてナニを感じているんだろう?
こればかりは変態でない俺には、理解できないことだった。

「おっと、連絡きた。俺、行くねー」

仕事を終えたキャバ嬢からの連絡に、ルカが慌てて席を立つ。
俺も立ち上がり、一緒にラーメン店を出たところで、ルカは俺とは逆方向に向かった。
これからキャバ嬢を迎えに行き、そのまま店に連れて行くのだ。

「また、明後日ねー。お疲れー、バイバーイ」

「お先に。がんばれよ」
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