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峰岸照真の言い分

ありがちな客の奪い合いは、もっぱらナンバー4以下で起こるものらしい。
もちろん、すべてのホストが客を欲しているが、4位以下は順位の入れ替わりが激しいため、どうしたって過激になるそうだ。
そのため人間関係は複雑になりがちで、とてもじゃないが仲が良いとは言えないらしい。
その点、トップ3の揉め事は少ないというのが、不思議だった。
そここそ揉めそうなものなのに、特にルカとヒロキの仲が良いなんて、有り得ないのではないか。

「ルカは腰掛だからね」

「あいつ、腰掛でやってんの」

腰掛ってのは、本命が見つかるまでの一時的なものってことだろ。
水商売にはありがちだろうけど、それでナンバー2とか目指せるものなの?
でも、これで3位が2位を敵視しない理由に合点がいった。
いずれ辞める相手を、蹴落とす必要はないってわけか。

「うん、ルカ、大学生なんだよ。まだ一年生だからいいけど、その内学業メインにシフトしなくちゃいけないんだって。
たぶん、ニ年経たないで辞めるんじゃないかな」

「んな適当で、ナンバー2か……」

「ルカが入ったの春なんだけどね、たった2ヶ月でナンバー2になっちゃったんだよ。うちの最短記録」

「すっげー。めっちゃホストに向いてるじゃん」

奇しくも俺と同じ大学一年生だったルカの才能に、僅かながらも嫉妬した。
同じステージに立つ気はないけど、ルカに引けを取らないイケメンとしては悔しくもなるってもんだ。

「最初はヒロキのヘルプをしてたんだけど、ヒロキが数人の客を回して、すぐに独立させたんだよ。それからあっという間」

「自分の客を上げたってこと? どっからくるのその余裕」

「ヒロキってそういうところがあってね、育ちそうなコにはいつもそうしてるの。ナンバー4も5も元はヒロキのヘルプなんだよ」

「変わってるね」

「昔から、面倒見はいいからね」

「育てるのに向いてるんだ」

「うん、そうなんだろうね」

上に立つのに最適なスキルも、どことなく兄貴を彷彿とさせた。
そのくせ、決して抜かされないところもな。

「ヒロキさんって、いくつなの?」

「25、だよ」

「若いね。そういえば秋吉さんっていくつ?」

「え、僕? ……25」

まさかのヒロキと同年とは、意外と年上だったんだな。
ヒロキは大人の魅力溢れるって感じだけど、秋吉さんは黒服の制服のおかげでどうにかって感じだから、俺と同年代のがまだ信じられる。

「い、いいよ」

「なにがっすか?」

「言っても…いいよ」

「なにを?」

「ヒロキと、同じ歳に、見えないって……言って、いいよ」

考えていた事そのままを言い当てられた。
とはいえ、本当に言えるわけがない。いや、言ってもいいのかな。
暫し悩んでいると、秋吉さんがどんどん縮こまっていった。
自分で言ったくせに、いざ言われるとなると悔しいとか恥ずかしいとか、そんな風に思うのかもしれない。
そんな秋吉さんの姿に、憐れさよりもおもしろさが勝ってしまい、つい遠慮なく噴出しちまった。

「ご、ごめん、つい」

必死で笑いを堪える俺に、秋吉さんは怒るでもなく泣くでもなく、黙って唇を尖らせる。
それはどう見たって拗ねてる顔だった。
子供みたいに上目遣いで不貞腐れるものだから、またもや笑いが誘発される。

「もうっ、笑いすぎだよっ」

「ご、ごめ、」

こうなると、もう止まらない。
仮にも年上で先輩相手に、俺は笑いながらもとにかく謝り続けた。

「ホント、ごめん」

「いいよ、もう。いつも言われてることだし」

「だろうね」

「笑われたのは、初めてだからねっ」

「だから、ごめんって」

そもそも俺は『ソレ』を言ってないんだけどね。
だからって、笑う場面じゃなかったな。
慰める場面でもなかったし、スンナリ流すのが正解だったか。
失礼ながらも笑ってしまったのは、秋吉さんの顔がおもしろかったから、なんて絶対に言えないな。

「もういいよ。仕事に戻って」

「はいはい」

いいかげんフロアに戻ろうとしたそのとき、秋吉さんが突然俺の背後に向かい声をかけた。

「おはようございます、店長」

「おはよう、……あれ、そのコは?」

店長という言葉で慌てて背後を振り返れば、そこにはどっから見ても上質なフランス人形が立っていた。

「今日からボーイで入る、照真君です」

「今日から? そういえば、そんな話を聞いたような……」

「照真です。よろしくお願いします」

これが、店長――遠山シリルか。
卵型の小さな輪郭。
淡い蜜色の巻き毛。
自然と潤む瞳は琥珀のようにきらめき、真っ白な肌は触れなくとも滑らかさが伝わってくる。
呆気に取られるほどの美貌とは、まさにこのことだろう。

大成功ハーフと聞いていたが、これはもう奇跡と言っていいレベルなんじゃないか。
さすが、一時とはいえ兄貴と付き合ってただけのことはある。
夏原さんから聞いてなかったら、誘われるままに関係を持ってたかもしれない。

だがしかし、こちらを値踏みする視線には恐れ入った。
頭から爪先までシゲシゲ眺め、最後は顔で制止するとか、完全に品定めされてるじゃん。
誰もが魅了される美貌を持つくせに、受身じゃなくて肉食系ですか。
そりゃあ兄貴と続かないわけだ。

俺の容姿は遠山の御眼鏡に適ったらしく、すぐに今夜の予定を聞かれた。
無難に帰宅すると答えたら、定番の飲みに行こうで返される。
それを丁重にお断りすれば、プライドの高さゆえか、しつこく食い下がってはこない。
そもそも相手に不自由してないんだろうな。
スンナリ退いた遠山に、秋吉さんはあからさまにホッとしていた。

「そうだ、タモツちゃん」

「はい」

「今日はヒロキと先帰るから」

「え……ヒロキから、聞いてませんけど」

「そりゃそうだよ。今決めたもん」

「金曜、ですよ。アフターは……」

「大丈夫大丈夫。誰か代わりに行かせればいいじゃん」

「でも……」

「ヒロキには、タモツちゃんが伝えてね。あ、そうだ、**さんの席にフルーツ持ってきてよ、僕が着くし」

「はい……」

納得いかない表情ながらも、秋吉さんが了承する。
結局、店長には逆らえまい。

せっかくの金曜の夜に、ナンバー1を連れ出されては、店としては堪らないだろう。
それはわかるが、それにしては秋吉さんの落ち込み具合は尋常じゃなく見える。
暗い顔はもちろんのこと、どことなく蒼褪めているような。
ちゃんと確認したくとも、フロアに出てしまってはそれも叶わず、暗い照明では顔色なんか確認しようもない。

「あともう少しだけ、がんばってね。時間が来たら声掛けるけど、もし僕が来なくても待ったりしないで、適当に誰かに伝えて帰っていいよ」

「わかりました」

「タイムカード、押し忘れないでね」

「大丈夫っす、たぶん」

「結構多いんだよ。押し忘れるコ」

秋吉さんの態度は、普通だった。
蒼褪めて見えたのは、気のせいだったかな?

だが俺から離れ、一人ヒロキの座る客席に向かう秋吉さんの表情が、見るからに固く暗いものに変わる。
落ち込みとはまた違う。なんというか、何かに耐えているような、そんな風に見えた。
対するヒロキのほうも秋吉さんに気が付くと、不機嫌とも取れる表情を作った。
なんとも不思議な雰囲気のもと、秋吉さんがヒロキに耳打ちする。
さっき店長に言われたことを、伝えているのだろう。
耳打ち途中、ヒロキの口角が僅かに上がった。
不機嫌だった面は皮肉を含んだ微笑となり、秋吉さんに向けられる視線は、まるで……まるで、蔑んでるかのように見えた。
伝え終わった秋吉さんが逃げるようにしてその場を去ると、ヒロキのほうは一瞬で表情を変え客との会話を再開した。

なんだか、スッキリしない光景だ。
しかも、嫌な気分がそのまま顔に現れたか、ボーイの一人に顔と注意されてしまった。
ついでに、仁さんが呼んでるとも言われたから、これ幸いとその場を離れる。

夏原さんの持ち場は、店内入ってすぐのところにあるカウンターだ。
カウンターと言っても、客席として使用されることはない。
指名したホストがいないときとか、わざわざ入口まで出迎えて欲しい客の待機所だそうだ。
夏原さんのバックには酒の並んだ棚があり、俺でもそうそう飲めない高級酒が並んでいた。
ここで出す酒は、本体価格の約10倍って話だった。

「顔、怖くなってるぞ」

「え……」

夏原さんに言われ、思わず頬に手を当てた。

「スマイルはいらんが、泣き顔としかめっ面は禁止」

「接客業なのに、スマイルゼロはOKなの?」

「イケメンは、クールも売りになるだろ」

「確かに、そうっすね」

自然と頬が緩んでいく。
この程度の会話でも、気持ちは和めるものなのか。

「ねぇ、仁さん」

「なんだ?」

「ヒロキさんと秋吉さんって、仲悪いの?」

思えば、初対面時のヒロキも、どこかおかしかった。
秋吉さんの存在を無視してると思えるような態度を取ってたし。
そして、ふと思う。
店長の口振り、あれは深読みすれば、ヒロキとできてると受け取れるんじゃないだろうか。
だからどうだって話だな。
あの二人ができてるからって、秋吉さんへのヒロキの態度は納得いかない。

「保とヒロキ? フツーだ」

「言うと思った」

「ホストとボーイ。裏方と営業。どいつもこいつも同程度の関係だよ。変な勘繰りするな」

「だよね。そんなもんっすよね」

だから引っかかるんだけど。
いや、待て。
しょせん数時間しか知らない相手の、何をどう気に掛ける必要があるってんだ。
初めての事ばかりで、どうにも俺らしくない考えばかりが駆け巡っている。
よし、気持ちを入れ替えて、詰まらないことは気にしないようにしよう。

「そういえば、俺になんか用っすか?」

「ああ、はい、これ」

「はい?」

これと言って渡されたのは、四つ折りにされた諭吉二枚だった。
これって、給料?
給料って、初日に貰えるものなの?
あ、まさか、今日でクビとかっ?

「じ、じじ、仁さん!?」

「あそこに座ってる社長からのチップだ。あとで礼言っとけ。ルカの客だから、裏で会ったときにでもルカに一言言っとけよ」

夏原さんが教えてくれた席には、キャバ嬢らしき女性二人と恰幅のいい男性客が座っていた。
社長とは、その男性客のことだろう。

「チップ?」

「社長からの、心付けだよ」

「え、なんで?」

「あの人、新人には必ずくれるんだ。いい人だから、大事にしろよ」

「了解。速攻で、礼言ってきます」

正直言うと、諭吉二枚にさほどありがたみは感じなかった。
俺の財布には、常に5倍の現金が入ってるし、カードも数枚持ち併せている。
それでも、チップとして差し出された金に、俺は不思議なほど感動したんだ。

俺がどれほどイケメンで目立っても、しょせんは裏方でしかない。
主役はホストであり、客が気に掛けるべき対象はホストのみだし、それでいい。
なのに黒子のような存在を、気に留める人がいる。
この金は、社長と呼ばれる彼にとっては、単なる施しでしかないだろう。
だが黒子の俺には、夏原さんの言葉通りの『心付け』としての意味合いが強く感じられた。

貴璃(きり)との旅行目的に始めたバイトに、俺はすっかり魅せられたらしい。
まだ初日。
まだまだ全然。
仕事は辛くて好きじゃない。
でも、この雰囲気を思う存分楽しんでみたかった。
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