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峰岸照真の言い分

夏原さんとの密談が終わったあとは、早出のホストたちへの紹介が待っていた。
最初こそ敵意剥き出しだったホストも、秋吉さんが「ボーイのみだから席には着かせないように」と言明すれば、あからさまにホッとしていた。
早めに出勤してくるのは、指名の取れない下っ端ホストだ。
彼らには、俺のようなイケメンは脅威でしかないのだろう。
だが、酒しか運ばないとなれば、さほど問題視されない。
逆に俺をダシにしようと企んだのか、えらく愛想よく話しかけられたのには、胸中でおおいに嘲笑しておいた。

開店の準備も佳境に入り、俺も秋吉さん指導の下、フロアの準備に追われることになった。
驚いたことに、一部のホストも参加してきて、さらにトイレ掃除などは彼らがやっていた。
そのホストたちは、店内ピラミッドでいうところの最底辺に位置するらしい。
ボーイは中間と言った扱いらしく、クラブ内での格差を知りゾッとした。
カウンター内に立つ夏原さんに、素直に怖さを伝えたら、

「いつでもホストに転向していいぞ」

「あれ見て、希望するわけないっしょ」

新人なんか、底辺中の底辺じゃないか。

「お前は、別格だよ」

「弟だから?」

さすがに兄貴のことは話せないが、唯一事情を知ってる夏原さんならこれで通じる。

「バカ。顔だよ。顔」

「イケメンだもんね」

「自分で言うな。バカ弟」

「いちいちバカ付けるのやめてくれません」

「バカをバカと言って何が悪い。ほら、これ持って保のとこ行け、バカ」

そう言って渡されたのは、磨き上げられたシルバートレイ。

「重っ」

飲食店でよく見かける銀盆は、見た目以上に重量があった。

「片手で持てよ。バカ、指使え、指」

「はいはい、って、ちょっと何するんすか」

必死でバランス取ってるトレイの上に、夏原さんが次々にグラスを並べる。
ウーロン茶が入ったタンブラーに、これまたウーロン茶で満たされたカクテルグラス、ついでにシャンパングラスもだ。

「溢していいから、保のとこまで持って行け」

「片手で……?」

片手で運べるものなのか?

「慣れたら、片手の方がバランスが取りやすいぞ」

「そうなんすか」

「どうせお前の顔見たさに、客が注文しまくる。嫌でも慣れるさ」

「マジか……」

「安易に、お前を使うキャストも大勢いるだろうし」

愛想を振り撒いてきたホストたちが、頭に浮かぶ。
彼らなら、俺をダシに客の関心を惹こうとするだろう。

「ボーイに頼らず、自力でがんばって欲しいんだが」

顔がいいだけでは渡っていけない世界。
だが、いいに越したことはなく、現に店内入り口に並ぶ写真は、イケメンたちで埋め尽くされていた。
ナンバー1とナンバー2にいたっては、俺ですらぐうの音も出ないレベルだった。
あれで話術も完備されてるなら、そりゃあ大金も動くだろう。

この店での一人あたりの単価は、かなりばらつきがあるものの、ナンバー持ちと呼ばれるホストの客は、平常時で数百万、イベント時はなんと千万単位とのことだった。
俺にとっては珍しい額ではないが、たかが一夜の夢を買うにしてはかなりの高額商品だよね。
それでも成り立つ商売は、世の女性たちがいかにお姫様に憧れてるかってことかな。



ナンバーホストへの紹介は、店内がお客様で賑わう頃に行われた。
同伴なるものがあるから、どうしたってそうなる。
わざわざバックヤードに下がり、まずはナンバー5.4.3への挨拶を済ませた。
三人は俺に対し、明確な敵意を示してくれた。
秋吉さんが例の注意文を口にすると、敵意が侮りへと変化する。
俺を見下すことで、ライバルにならない相手と思い込もうとしてるんだ。
そうでなければ、安心できないのだろう。

「彼らの席には、できるだけ行かせないようにするね」

気遣ってくれる秋吉さんに、大丈夫と返しておく。
決して無理をしてるわけじゃない。
自分に自信がある男は、総じてあんな態度を取るものなんだ。
だから慣れてるし、そのうち理解すると期待するしかない。

その後に会ったナンバー1とナンバー2は、他のナンバーとは正反対の反応を見せた。
俺に向ける余裕の笑みはいいとして、驚いたことに二人揃ってホスト転向を勧めてきたのだ。

「駄目っ。席には着かない条件で入ってもらってるからっ」

俺よりも先に駄目出しを食らわしたのは、秋吉さんだった。
どう見ても気が弱そうな秋吉さんが、ナンバー1と2に対して強く出たのには正直ビビッた。

「どうしたのー、タモっちゃん。ホストに転向なんて、珍しくないでしょー」

明らかに気が削げる喋り方をする男は、この店のナンバー2、ルカだ。
歳は俺と同じくらいで、淡い色合いのスーツを着こなす、完璧なイケメンだった。

「絶対に駄目。照真君には、恋人がいるもの」

「えー、俺にもいるよー」

「ルカに恋人はいないでしょ」

「いるよー。今夜もたくさん来てるでしょー」

「もう。その精神は素晴らしいけど、照真君を誘惑するのだけは止めて」

「ざんねーん。気が変わったらー、俺に相談してねー」

「変わりませんので、お気遣いなく」

「拒否られたー。タモっちゃーん、泣いていいー?」

ルカが、わざとらしい仕草で秋吉さんに抱きつく。
秋吉さんは嫌がるでもなく、自分よりも遥かに大きな男を抱き止めた。

「はいはい、可哀想だね。たくさんいる恋人に、ヨシヨシしてもらっておいで」

「はーい。ヨシヨシされてきまーす」

秋吉さんに頭を撫でてもらったルカが、輝くような笑顔でフロアへと消えて行く。
なるほど、甘えん坊キャラのチャラ男か。

「そういうわけだから、ヒロキも無茶な勧誘はしないでね」

残っていたナンバー1のヒロキに、秋吉さんが毅然と告げた。
ヒロキは秋吉さんに眼も繰れず、その代わり俺に向かって、

「転向するなら、いつでも声を掛けろ」

と、ルカと同じ事を言い置いて姿を消した。
ヒロキは、さすがナンバー1なだけあり、兄貴と張る男前だった。
身に着けた物はすべて一流なところや、オレオレ系な雰囲気に、漂う包容力や貫禄といったところも、兄貴と似ている。
しかし、どことなく与える違和感は、おそらく育ってきた環境に寄るものだろう。
たぶん、ごく普通の家庭で育ち、ごくごく一般的な生活を送ってきた男だ。
生まれながらに上流で、挫折を知らず生きてきた兄貴とは、どうしたって差が出る部分でもある。
その差が品格や風格に現れていることで、ヒロキをどこか創りものめいたものに見せていた。

「反応違うね」

「え、何が?」

「他のナンバーは、俺の事嫌ってたでしょ。でもあの二人は、俺にホストを勧めてきた。俺は競争相手にならないってこと?」

「違う違う。逆だよ」

「なにが逆?」

「照真君がホストになったら、とんでもない競争相手になるってこと。だから、そうなる前に取り込みたいんだよ」

「取り込むって……」

「自分の派閥に入れるの。そのほうが安心だからね」

「派閥とかあるんすか」

「それはね、どうしたってできちゃうものだから。でも、それほど険悪じゃないと思うよ。ルカとヒロキなんか、プライベートでも仲が良いしね」

「ふうん、誰と誰がやばくて親しいのか、聞いとこうかな」

「そうだね。おいおい教えるつもりだったけど、先に知っとくほうがいいかもね」
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