★高等部★

[せつ■おにたま]


その人は、初対面の僕に向かってこう言った。

「初穂なの、穂高ちゃんのおにたまなの」

鈴を転がすとはこういうことを言うのかと、思わず聞惚れるほど澄んだ声で……。

「鬼玉?」

「そうなの、おにたまなのよ。ね、穂高ちゃん」

継埜さんは苦笑していた。
葛西さんは堂々と笑っている。
弟にあたる藤村さんは、誰にも見せたことのない優しげな瞳を兄へと向け、東峰さんは愛しい者を見るかのように、蕩けるほどに熱い視線を初穂さんに注いでいた。

困っているのは僕だけらしい。
そんな僕に助け舟を出してくれたのは、継埜さんだった。

「初穂は穂高の兄だって、自己紹介してんのよ」

「そうなの、穂高ちゃんのおにたまなの」

「あ、ああ、そうか、お兄様なんだ」

ようやくそれが分かって、ホッと息を吐き出した。
初穂さんは一度大きく瞬きしてから、顔をくしゃりと綻ばせた。笑みの形に。

「せっちゃんかわい。すきよ、かわい」

「はっちゃんが一発で気に入るなんて、珍しいね。さすが地味受け」

葛西さんの言葉は、褒め言葉なんだろうか?

それよりも、かわいってもしかして可愛いのことかな?
まさかね、僕が可愛いなんて、そんなことあるはずがない。きっと違う意味なんだ。

「初穂は言葉が下手だから聞き取りにくいと思うけど、分からなかったら誰かが訳すし、その都度そう言って」

大切だという兄の髪に触れながら、藤村穂高さんが僕にそう説明してくれた。

藤村初穂さんは、驚くほど穂高さんとは似ていない。
いくら二卵性でも、ここまで似ないのかと不思議に思うほどだ。

穂高さんは、東峰さんと並ぶほどに人気があり、見た目もかなり格好いい。
東峰さんが豪奢な美貌だとすれば、穂高さんは豪華な美形という感じだ。
身長も同じくらいで頭脳も似たり寄ったり、家柄もそう大差ないらしく、例のランキングではいつも僅差の争いを繰り広げいてる。
なのに初穂さんはといえば、失礼ながらとても普通だった。
背は僕と同じくらいで、ふっくらとした頬はピンク色、小さな顔に一際目立つ眼は黒目が大きくて印象的ではあるけども、やはり普通すぎるくらいに普通な容姿だ。

とはいえ、藤村家のご子息。
しかも、長男、らしい。
できれば関わりたくないっていうのが本音なんだけどな。

「あのね、初穂はだいじょびよ。まーちゃんいるの、だいじょび」

「え…?」

仕切りに何かを言う初穂さんに、戸惑ってしまった。

「あー、初穂と親しくしても大丈夫だから、お友達になりましょう。いざとなったら俺がいるし、って感じかな?」

「そうなの」

「あ、ああ、そうなんだ。ありがとう」

どういたしまして、と継埜さんは返してきた。
僕に説明してくれながらも、彼の視線は初穂さんにだけ向けられていて、それがどことなくよそよそしく感じる。

はっ、駄目だ駄目だ。そんなこと考えるなんて、かなりおかしいぞ。
だいたい継埜さんがいるってどういうことだよ。それこそ危険じゃないか。
継埜さんのファンに睨まれたくないよ。

だけど社交辞令として、ここは仲良くしようと返しておくほうがいいよね。
正直なところ、初穂さんの穏やかさや、どこか無邪気な雰囲気というのが心地よくて、親しくしたいという気持ちのほうが強かった。
でもこの派手な集団とは、あまり仲良くしないほうがいい。

「はっちゃん、今日ははっちゃんの手料理が食べたいなー」

とりあえずの挨拶が済んだところでの葛西さんの発言に、初穂さんは軽く頷いた。
早速作りはじめると、葛西さんとふたりでキッチンへと消えてゆく。

どこかボンヤリ…いや、ボー……いやいや、ぽややんとしている初穂さんが料理上手というのには驚いたけど、そのご相伴に預かれるのはこれが最初で最後かもしれない。
3/3ページ
スキ