★高等部★
[雪 ■容赦しないよ]
高等部では念願の一人部屋。
嬉々として荷物整理をしていたところでの突然の来訪者に、心底げんなりとしてしまった。
「嫌そうな顔しないの」
「い、いひゃい」
扉を開けた瞬間に、継埜さんに鼻を摘まれた。
これが結構痛いんだ。
僕の鼻を痛めつけた犯人は気にしたふうもなく、家主の許しなく居間へと歩を進めていく。
「ほー、こりゃ噂どおりだわ」
「うわひゃ?」
鼻をこすりながら訊けば、継埜さんに頭を撫でられた。
ついでに、鼻の頭も撫でられる。
こんなスキンシップは、いつものことだ。
「無駄に広いって聞いてたけど、マジだったんだなーって」
「そっか、継埜さんのご家族は、ここの卒業生だものね」
「そ、Sクラスだったしね」
さすがは学年首席の養父どのだと感心し、ちょっとだけ口惜しい気もした。
僕は常に5位以内を確保してるけど、首席になったことはないんだもの。
「にしても、相変わらず物がないねー」
勝手に寝室まで覗いての感想がそれって、失礼すぎる。
「い、いいんだよ。静かに勉強さえできれば…」
「ったく、勉強オタクが」
僕は継埜さんのような天才タイプではない。
だから成績を落とさないように、必死で勉強をしているのだ。
それこそ詰め込み暗記の最たるものだけど、タダで学ばせて貰えるのだから、それくらいの努力はしないといけない。
「ふんふん、無駄な広さは別にして、いい環境じゃん」
浴室までチェックしたあと、継埜さんがソファに腰を下ろした。
図々しいんだろうけども、怒る気にはならない。
彼にとっては普通のことだと、中等部の三年間で身に沁みたもの。
「で、何しに来たの?」
明日には大切な幼馴染が入寮してくるというのに、この人は何をしに来たのだろうか。
本人到着までに荷物を片付けると、そう宣言してたはずだ。
「せっちゃんに、進学祝を持ってきたの」
「進学祝?」
継埜さんが紙袋を持っていることに、今気がついた。
「えっとね、まずはこれ」
そう言って渡されたのは、シャンプーとリンスのボトルだった。
「ぷっ、あはは、ありがとう」
笑って受け取れば、ボディソープも押し付けられた。
全身を石鹸ひとつで賄おうとしていた僕に、自分のシャンプーやらボディーソープを使用するよう言ったのは、継埜さんだった。
最初は遠慮してたけど、あまりにも煩く言うものだから何度か借り、その結果、それが当たり前になっていたのだ。
もう部屋も別々になるというのに、こうしてわざわざ贈ってくれるなんて、やっぱり継埜さんは人が好すぎるのかもしれない。
「無くなったら、言ってね」
さすがにそれは、と思いはしたけど口にはしない。
その代わり、曖昧に頷いておいた。
「最後は、これ」
たくさんのアメニティグッズを受け取ったあと、最後に取り出された物は、携帯電話だった。
誰もが持っていて当たり前の物を、僕はいまだ持ったことがない。
理由は簡単だ。お金がかかるから。
「い、いいよ」
さすがにそれは無理だと断れば、継埜さんの瞳が剣呑な光を帯びた気がした。
だけど、すぐにいつもの微笑みとぶつかったから、案外目の錯覚だったのかもしれない。
「うちの名義だから、気にせず持っとけって」
「い、いいっ」
それは、かかる費用すべて継埜さんが払うってことだよね。そんなの尚更受け取れないよ。
「あのね、もう同室じゃないし、クラスも別になんのよ」
「う、うん、そうだね」
「いざってときの連絡手段がないの。そこんとこ分かってる?」
「い、いざってときに連絡なんて、」
しないよ、という言葉は飲み込んだ。
睨まれたから。
「と、とにかく、いらないから」
「あっそ、分かった」
ちょっと怒ってるみたいだけど、すんなりと退いてくれて心底安堵した。
「ただし、約束破ったらしょうちしねーから」
「約束?」
なんか、したっけ?
思い当たることがなくて首を傾げたら、継埜さんが盛大に息を吐いた。
「いじめられたら教える」
「あ、ああ、うんうん、大丈夫、覚えてるよ」
小学生じゃあるまいし、と内心で舌を出す。
「怪しいなー」
「あ、怪しいってなんだよ」
「ま、いっか。とにかく、なんかあったら言いに来ること、オッケー?」
「うんうん、オッケー、オッケー」
なんかってなんだよ?
今後は継埜さんに関わらないんだから、何も起こるはずがないのに。
「まさか、俺と縁が切れて万々歳とか思っちゃってる?」
「ままままさかっ」
「あっそ、ならいいけど。あんま舐めた考えしてっと……」
「な、なに?」
もしかしたら彼の気分を害してしまったんだろうか。
一抹の不安に、鼓動が早まる。
「初穂のことが片付いたら、容赦しないよー」
満面の笑みで、継埜さんは言う。
さっぱりと意味が理解できないけど、たぶん下手なことは言わないほうが賢明だ。
だから、一応頷いておいた。
「そうだそうだ、これも言っとかなきゃ」
「な、なに?」
「午後からさー、荷物整理手伝って」
「え、ええええ」
「手伝って」
「わ、分かったよ……」
不承不承頷けば、嬉しそうに相好を崩す継埜さんに、思いっきり頭を撫でられまくったのだった。
高等部では念願の一人部屋。
嬉々として荷物整理をしていたところでの突然の来訪者に、心底げんなりとしてしまった。
「嫌そうな顔しないの」
「い、いひゃい」
扉を開けた瞬間に、継埜さんに鼻を摘まれた。
これが結構痛いんだ。
僕の鼻を痛めつけた犯人は気にしたふうもなく、家主の許しなく居間へと歩を進めていく。
「ほー、こりゃ噂どおりだわ」
「うわひゃ?」
鼻をこすりながら訊けば、継埜さんに頭を撫でられた。
ついでに、鼻の頭も撫でられる。
こんなスキンシップは、いつものことだ。
「無駄に広いって聞いてたけど、マジだったんだなーって」
「そっか、継埜さんのご家族は、ここの卒業生だものね」
「そ、Sクラスだったしね」
さすがは学年首席の養父どのだと感心し、ちょっとだけ口惜しい気もした。
僕は常に5位以内を確保してるけど、首席になったことはないんだもの。
「にしても、相変わらず物がないねー」
勝手に寝室まで覗いての感想がそれって、失礼すぎる。
「い、いいんだよ。静かに勉強さえできれば…」
「ったく、勉強オタクが」
僕は継埜さんのような天才タイプではない。
だから成績を落とさないように、必死で勉強をしているのだ。
それこそ詰め込み暗記の最たるものだけど、タダで学ばせて貰えるのだから、それくらいの努力はしないといけない。
「ふんふん、無駄な広さは別にして、いい環境じゃん」
浴室までチェックしたあと、継埜さんがソファに腰を下ろした。
図々しいんだろうけども、怒る気にはならない。
彼にとっては普通のことだと、中等部の三年間で身に沁みたもの。
「で、何しに来たの?」
明日には大切な幼馴染が入寮してくるというのに、この人は何をしに来たのだろうか。
本人到着までに荷物を片付けると、そう宣言してたはずだ。
「せっちゃんに、進学祝を持ってきたの」
「進学祝?」
継埜さんが紙袋を持っていることに、今気がついた。
「えっとね、まずはこれ」
そう言って渡されたのは、シャンプーとリンスのボトルだった。
「ぷっ、あはは、ありがとう」
笑って受け取れば、ボディソープも押し付けられた。
全身を石鹸ひとつで賄おうとしていた僕に、自分のシャンプーやらボディーソープを使用するよう言ったのは、継埜さんだった。
最初は遠慮してたけど、あまりにも煩く言うものだから何度か借り、その結果、それが当たり前になっていたのだ。
もう部屋も別々になるというのに、こうしてわざわざ贈ってくれるなんて、やっぱり継埜さんは人が好すぎるのかもしれない。
「無くなったら、言ってね」
さすがにそれは、と思いはしたけど口にはしない。
その代わり、曖昧に頷いておいた。
「最後は、これ」
たくさんのアメニティグッズを受け取ったあと、最後に取り出された物は、携帯電話だった。
誰もが持っていて当たり前の物を、僕はいまだ持ったことがない。
理由は簡単だ。お金がかかるから。
「い、いいよ」
さすがにそれは無理だと断れば、継埜さんの瞳が剣呑な光を帯びた気がした。
だけど、すぐにいつもの微笑みとぶつかったから、案外目の錯覚だったのかもしれない。
「うちの名義だから、気にせず持っとけって」
「い、いいっ」
それは、かかる費用すべて継埜さんが払うってことだよね。そんなの尚更受け取れないよ。
「あのね、もう同室じゃないし、クラスも別になんのよ」
「う、うん、そうだね」
「いざってときの連絡手段がないの。そこんとこ分かってる?」
「い、いざってときに連絡なんて、」
しないよ、という言葉は飲み込んだ。
睨まれたから。
「と、とにかく、いらないから」
「あっそ、分かった」
ちょっと怒ってるみたいだけど、すんなりと退いてくれて心底安堵した。
「ただし、約束破ったらしょうちしねーから」
「約束?」
なんか、したっけ?
思い当たることがなくて首を傾げたら、継埜さんが盛大に息を吐いた。
「いじめられたら教える」
「あ、ああ、うんうん、大丈夫、覚えてるよ」
小学生じゃあるまいし、と内心で舌を出す。
「怪しいなー」
「あ、怪しいってなんだよ」
「ま、いっか。とにかく、なんかあったら言いに来ること、オッケー?」
「うんうん、オッケー、オッケー」
なんかってなんだよ?
今後は継埜さんに関わらないんだから、何も起こるはずがないのに。
「まさか、俺と縁が切れて万々歳とか思っちゃってる?」
「ままままさかっ」
「あっそ、ならいいけど。あんま舐めた考えしてっと……」
「な、なに?」
もしかしたら彼の気分を害してしまったんだろうか。
一抹の不安に、鼓動が早まる。
「初穂のことが片付いたら、容赦しないよー」
満面の笑みで、継埜さんは言う。
さっぱりと意味が理解できないけど、たぶん下手なことは言わないほうが賢明だ。
だから、一応頷いておいた。
「そうだそうだ、これも言っとかなきゃ」
「な、なに?」
「午後からさー、荷物整理手伝って」
「え、ええええ」
「手伝って」
「わ、分かったよ……」
不承不承頷けば、嬉しそうに相好を崩す継埜さんに、思いっきり頭を撫でられまくったのだった。