★中等部★

[将史■想定外ばかり*後]


洸夜のことも紹介できていないのに晃人まで来たもんだから、俺の正面に座る藤下はどうにも居心地悪そうにしている。

「つーか、お前ら、まずは大人しく座れ。藤下が困ってんだろ」

「藤下? 誰それ?」

焼肉を完食する勢いの洸夜が、俺に聞いてきた。
真正面にいる人物に気付かないとは、どこまでも焼肉に夢中ってことね。

「藤下、こいつらは俺の、俺のー、腐れ縁的な何かで」

「何かって何!?」

「この煩くて遠慮無いのが葛西洸夜で、こっちが東峰晃人な」

洸夜のことは無視して、藤下にちゃんと名前を教えてやる。
藤下は困りながらも、二人に軽く頭を下げた。

「藤下雪です。同じ部屋になったご縁で、継埜君と昼食をとっていました。あ、皆さんでとられるなら、僕はあっちに」

「こらこら、なんで藤下が立つんだよ」

うどんの器を手に立ち上がろうとした藤下を、慌てて引き止める。

「そうだよ。せっちゃんが行っちゃうことないよ」

会ったばかりの洸夜に、いきなりせっちゃんなんて呼ばれて、藤下はかなり困惑気味。
誰にでもフレンドリーなのは、果たして長所と言っていいんだろうか。
しかも洸夜の場合は、ただのフレンドリーで終わらない可能性がある。
可能性はあるが、実害はほぼないともいえるから、まぁいいのか。

「洸夜、余計なことは考えるなよ」

怒りの静まったらしい晃人が、俺の隣りに座りながら先に洸夜を牽制した。

「余計なってどんなこと?」

俺を挟んだ先の晃人に、身を乗り出すようにして話しかける洸夜。
その肩を押し戻しながら、俺が答えてやる。

「今考えてるようなことだよ」

「今? 今はねー、うふ、ふふふ」

「それを止めなさいって言ってんの」

「なんでよ。口に出さないならいいって言ってたじゃない」

「お前ね、顔に出てんだよ」

「え、嘘!? 地味眼鏡受けハアハアって顔してた?」

「「だから、そう言うことを口に出すな!」」

俺と晃人の見事なハモリに萎縮してしまったのは、当事者ではなく藤下だった。
すっかり冷めてしまったうどんを前に、俯いた姿は憐れというよりも……。

「悪い藤下、大丈夫か?」

あ……。
ごく自然に藤下の頭を撫でる晃人に、瞬間的な怒りが湧いた。
それは本当に一瞬のことで、しかし晃人には気付かれたらしく、怪訝な表情を俺に向けたあとまた自然な動作で藤下から手を離した。

洸夜は何も気付かずに、藤下を眺めながらニヤニヤ。
どうせこいつのことだから、美形×地味眼鏡妄想に酔っているんだろう。

黙っていればとびきりの美少年、いや、美少女と言っても過言ではない洸夜は、とんでもないオタク気質の持ち主だ。
カテゴリーは、腐男子。
昔は腐ってなかったらしい。
腐った原因は、小学校の頃に引き取ってくれた養い親にある。

言っておくが、この養い親たちが腐っていたわけではない。
むしろとてつもなく健全で、真面目な気性の持ち主たちだ。
原因はその養い親のひとり、渡辺彬さんの仕事相手にあった。
小説家をしている彬さんの担当編集者という女性が根っからの腐女子だったことが、洸夜のある意味不幸だったわけだ。

とはいえ、環境も……やっぱ腐りやすくはなるよなぁ。
右を向いても左を向いても、男同士の幸せバカップルばかりを見て育ってきたんだもんな。
俺だってそうだし、晃人もかなり毒されてる。
他にも毒されてるやつはいるし、それを考えれば腐っても仕方ないのかもな、つーか、洸夜以外は腐ってねーけどな!

「ねぇねぇ、まーちゃんが新入生代表を断って、それが晃人に回ってきたってことは、晃人が次席だったってこと?」

急に洸夜が話を蒸し返してきた。

「いや、3番目だ。どうせ、お前が名指ししたんだろ」

「はぁ? 俺がそんなことするわけないっしょ。次席に回せって言っただけだし」

「へぇ、晃人より上がいたんだね。じゃ、その人も断ったんだよ」

「だろうね」

いい加減洸夜から飯を取り上げて、かなり量の減った焼肉定食の続きをいただく。
くそっ、後でなんか買わそう。

「あの、その」

うどんを食べる作業を再開していた藤下が、またもや箸を止めてなにやら言い難そうに口をもごもご動かした。

「ん、どしたん?」

「あの、えっと、僕」

「ん、なに?」

「次席、僕」

どうやら、入試の順位のことらしい。
次席ってことは、俺の次で、晃人の上ってことだよな。

「せっちゃん次席だったんだ。すごいね」

称賛しながらも、洸夜の頭の中では大慌てで設定変更がなされているに違いない。

「んじゃ、藤下も断ったのか。つーことは、お前が頑張るしかないな」

晃人の肩を叩いた瞬間、落ち着き無く瞳を動かす藤下がとんでもないことを告げた。

「ぼ、僕、なんの話も聞いてないけど」



藤下の話を聞いてみると、生徒会からの呼び出しなんて受けていないことが判明した。
入寮してから俺と会うまで一度も部屋を出てないし、誰とも会話なんてしてないんだとさ。

偉そうな男に言ったのは、次席に回せってことだけだ。
あの偉そうな男は次席に確認するでなく、あっさりと3番目に決めたってことか。

「なーんか、ムカつくな」

「でも、せっちゃんは挨拶なんてしたくないんでしょ」

とんでもなく可憐な笑顔を浮かべ同意を求める洸夜から、恥ずかしそうに視線を逸らし藤下が頷いた。
ほんと、普通にしてりゃ美少年なのにな。

「うん、そんなのしたくないよ」

「だったら、このまま晃人がすればいいよね。それで万事解決だね」

「たかだか挨拶くらい、黙ってするさ」

って、お前が騒いだ張本人だっつの。

「凄いね、東峰君3番目だったんだね」

「藤下のほうが凄いだろ。次席だったんだから」

「ん、あ、そうかな」

はにかむ笑みがやっぱり小動物っぽくて、どうにも目が離せなかった。
だけど藤下の視線は晃人にだけ向けられていて、それがかなり、かなり……ムカついた。

「つーか、なんでそんなのんびりなわけ? 藤下は無視されたってことだぞ」

「え、ぼ、僕?」

一種尊敬に似た眼差しで晃人を見てたくせに、俺に向けられた視線からはなんの熱も感じられないことに苛立つ。
俺、首席なんですけどね。

「普通、首席が断ったら、次席に話しがいくもんだろ。それを無視して3番目なんて、ありえねーだろっ」

「そんなの仕方ないじゃない。だって晃人は東峰なんだもの」

洸夜の言葉に、もとから注目を浴びていた俺たちは、更なる視線に見舞われた。

「それが、気に入らないって言ってんの」

晃人が選ばれた理由が、とうに分かっているから、余計に腹が立つ。

東峰ってのは、この国でもかなり上流に位置するお家柄だ。
この学園のやつらなんて、みーんな足元に平伏すだろうってくらいだから、それはもうとてつもない御家。
こいつの家に匹敵するのは、葛西くらいだろうな。
うち? うちが頭下げる御家、いや御方なんて、この世にたったひとりしかいねーから、最初っから勝負になんないのよ。
あ、これ、一応内緒な。

ともかく、家を選考基準にしたってのが丸分かりなのが、俺は気に食わないんだ。
挨拶をしたいしたくないの問題じゃないだろ。

「まーちゃんが怒るのは分かるけど、そういう風に考える人間が多いんだし、仕方ないよ」

洸夜は洸夜で葛西の看板を背負ってるようなものだ。
だから、こういう問題は今までに何回も直面している。

「あの、何を怒ってるの?」

「あのね、せっちゃん。まーちゃんはせっちゃんを蔑ろにして、東峰っていう家を選んだことを怒ってるんだよ」

ぼんやりしてトロくて、いつも俺たちの会話に付いて来れなくなる初穂。
そんな初穂との付き合いが長いだけあって、洸夜は苛立つこともなく丁寧に藤下に説明した。
若干子供を相手にしてるようだけど、これも初穂で身に付いた習慣だ。

「東峰? えっとよく分からないけど、東峰君が選ばれるのは当然だと思うよ」

藤下自身も、自分よりも東峰家が選ばれることが自然だと感じてんのか。

「だって、東峰君凄く男前だもの、舞台で映えるでしょう」

「……は?」

あまりにも予想外な言葉に、目が点になった。

確かに晃人は男前だ。
こいつの親父も相当なものだが、どちらかというと親父の兄貴、つまり伯父に酷似している。
この伯父さん、100人中100人が惚れるだろうってほどの、とてつもない美貌の持ち主だった。
まだまだ子供っぽいが、晃人も伯父並の美形に育つこと間違いなしだろう。

「え、だから、僕よりも、東峰君が挨拶したほうが格好良いよね。もし僕にきたって断るだけだし、だったら手間が省けて良かったかなって」

「だよねー、せっちゃんの言う通りだよ。手間が省けて良かったよね」

「うん」

なにやらお花畑な雰囲気を醸す洸夜と藤下に、何も言えなくなった。
腹立たしく感じるのが、馬鹿らしくなったんだよ。

晃人はというと、やけに微笑ましげに二人を眺めている。
どうせ、初穂のことを思い出してるんだろう。

初穂までとはいかないが、藤下も独特の観念をお持ちのようで、それはそれで実に面白い。

「藤下がいいなら、いいけどね」

冷え切ったうどんに嫌な顔ひとつせず、逆に美味そうに啜りながら藤下が笑顔で応える。

「全然嫌じゃないよ。むしろありがたいもの」

本当に、想定外なことばかりだ。
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