★その他★
[東峰■落し物]
2月といえば、一番冷える時期だ。
しかも、こんな寒い日にいきなり出かけたいなどと、本当に気が知れねぇな。
「そろそろ車に戻るぞ」
「むぅ、もう少しだけいいではないですか」
大量の服を着込ませたせいで、コートを羽織った姿はもこもこの着ぐるみ状態になっている。
出会った頃の不恰好さを彷彿とさせるが、さすがにそこまでは酷くはないな。
「じゃあ、あそこの木までだ。そこまで歩いたら、戻るぞ」
「むむ、分かりました」
久しぶりの外の空気に、なかなか戻る気にならないのは仕方がないかもしれない。
しかし舞い始めた雪に、そうのんびりとはしていられなくなった。
本降りからは程遠く、すぐに止みそうではあるが、だからと言って雪の降る外にいつまでもいるわけにはいかない。
もともと出不精で引き篭もりがちなこいつが、いきなりドライブに行きたいと言い出したのは遅い昼食後のこと。
行き先は特に決めず、車の往来の少ない地道を選んで走り、辿り着いたのは藤の木が並ぶ通りだった。
春であれば藤の花が咲き誇っているだろうが、生憎今の季節だとただの立木だ。
見ているだけで寒くなる風景に、歩きたいと言い出したときには、かなり驚愕させられた。
基本的に我儘で反対されることに慣れていない相手は、すぐさま停車するものと決め込んで、そうそうにシートベルトを外してしまった。
慌てて、だが丁寧に道沿いに車を停め、積んでいたコートをきっちりと着せ、暑いと訴える相手にイヤーマフとマフラーをつけることで、外に出ることを許可したのは、ほんの数分前のことだ。
歩調の遅い相手に合わせ、のんびりと目的の木まで到達し、さて、車に戻るかと振り返ったところで、相手がイヤーマフを外した。
「おい、こらっ」
「しっ、お静かに」
いくら小降りとはいえ、一応雪が降っている。
そんな中で防寒着を外せば、俺が怒り出すことなど容易に想像できるだろうに。
「なにか、聴こえませんか?」
「なにがだ?」
外したマフを手に掲げ、両耳をそばだてるように目を閉じた相手に、俺も耳を澄ましてみた。
「あっちです。寝息のような音がします」
特になんの音も聞こえないが、服を掴み引っ張る相手に大人しく付いて行くことにした。
「もしかして子猫がいるのかもしれませんよ」
無邪気に笑い、少々奥まった藤の木に向かって歩みを進める。
大分薄暗くなってはきたが、相手の指差した木の下になにかしらあるのが遠くからでも分かった。
もしかしたら、捨て猫の類かもしれない。
そうなれば、ほぼ確実に拾って帰ることになるだろうな。
暫くの間、世話は御船に頼むか。
しかし俺の心配は、無駄だったようだ。
「雅人……」
「ああ」
ゆっくりと小雪の舞う中、木の下にあったのは丸く纏まった古びた毛布。
俺の耳もしっかりと拾い取った。
すうすうと、たまに息苦しそうにくうと泣く、その声を。
「とても、嫌な予感がします」
「ああ、俺もしてる」
同時にしゃがみこみ、手を伸ばそうとした相手の腕を押し留める。
一瞬咎めるように俺を見て、それから食い入るように毛布を見詰めた。
その相手の目の前で、そっと毛布を開いていけば、見事予感が的中していたことを示された。
「まだ、臍の緒がついてますね」
産湯に浸かったかすら疑わしい赤子が、生まれたままの姿を晒し寝息をたてている。
俺はすぐにコートを脱ぎ、そこに赤子を包んだ。
「先に戻ってろ」
「はい」
コートごと赤子を託せば、今度は素直に頷いた。
残った俺は、念のためにと、辺りの写真を撮っていく。
何枚かを携帯に収めてから、ボロボロの毛布を手にし車を目指した。
助手席では、赤子の眠るコートの上から自分のマフラーをも巻きつけている相手がいた。
「警察、ですよね」
「ま、そうなるな」
だが俺たちが直接警察と関わるのは、問題だ。
面倒事には一切関わらずの取り決め通り、ここは誰かに代わってもらうことになるだろう。
御船に連絡をすれば、すぐに誰かしら用意することになった。
相手は自分の親友に連絡している。
こちらでは、すぐに医者を手配することになった。
「ついでに、産着も買っておいてください」
あまり手をかけるのはどうかと思いはしたが、状況からして赤子の親など見つかるまい。
だったら証拠保全だなんだと気にするよりも、人道的立場にたつほうがいいだろう。
こんな状態でも、赤子は泣くこともなく静かに眠っている。
「おい、やばいんじゃないのか?」
「体温も脈拍も問題ないですし、呼吸も安定しています」
「それは、ぐっすり寝てるってことか」
「ですね。ふふ、かなりの大物です」
「だな」
とりあえず安心し、できるだけゆっくりと車を発進させた。
本来自宅に戻るはずが、変更してあいつの待つ病院に向かう。
明日の予定だったのに、このまま入院となりそうなのが、残念だ。
「どうか幸多き未来を。……二度と我らと関わらぬよう、切に願います」
2月といえば、一番冷える時期だ。
しかも、こんな寒い日にいきなり出かけたいなどと、本当に気が知れねぇな。
「そろそろ車に戻るぞ」
「むぅ、もう少しだけいいではないですか」
大量の服を着込ませたせいで、コートを羽織った姿はもこもこの着ぐるみ状態になっている。
出会った頃の不恰好さを彷彿とさせるが、さすがにそこまでは酷くはないな。
「じゃあ、あそこの木までだ。そこまで歩いたら、戻るぞ」
「むむ、分かりました」
久しぶりの外の空気に、なかなか戻る気にならないのは仕方がないかもしれない。
しかし舞い始めた雪に、そうのんびりとはしていられなくなった。
本降りからは程遠く、すぐに止みそうではあるが、だからと言って雪の降る外にいつまでもいるわけにはいかない。
もともと出不精で引き篭もりがちなこいつが、いきなりドライブに行きたいと言い出したのは遅い昼食後のこと。
行き先は特に決めず、車の往来の少ない地道を選んで走り、辿り着いたのは藤の木が並ぶ通りだった。
春であれば藤の花が咲き誇っているだろうが、生憎今の季節だとただの立木だ。
見ているだけで寒くなる風景に、歩きたいと言い出したときには、かなり驚愕させられた。
基本的に我儘で反対されることに慣れていない相手は、すぐさま停車するものと決め込んで、そうそうにシートベルトを外してしまった。
慌てて、だが丁寧に道沿いに車を停め、積んでいたコートをきっちりと着せ、暑いと訴える相手にイヤーマフとマフラーをつけることで、外に出ることを許可したのは、ほんの数分前のことだ。
歩調の遅い相手に合わせ、のんびりと目的の木まで到達し、さて、車に戻るかと振り返ったところで、相手がイヤーマフを外した。
「おい、こらっ」
「しっ、お静かに」
いくら小降りとはいえ、一応雪が降っている。
そんな中で防寒着を外せば、俺が怒り出すことなど容易に想像できるだろうに。
「なにか、聴こえませんか?」
「なにがだ?」
外したマフを手に掲げ、両耳をそばだてるように目を閉じた相手に、俺も耳を澄ましてみた。
「あっちです。寝息のような音がします」
特になんの音も聞こえないが、服を掴み引っ張る相手に大人しく付いて行くことにした。
「もしかして子猫がいるのかもしれませんよ」
無邪気に笑い、少々奥まった藤の木に向かって歩みを進める。
大分薄暗くなってはきたが、相手の指差した木の下になにかしらあるのが遠くからでも分かった。
もしかしたら、捨て猫の類かもしれない。
そうなれば、ほぼ確実に拾って帰ることになるだろうな。
暫くの間、世話は御船に頼むか。
しかし俺の心配は、無駄だったようだ。
「雅人……」
「ああ」
ゆっくりと小雪の舞う中、木の下にあったのは丸く纏まった古びた毛布。
俺の耳もしっかりと拾い取った。
すうすうと、たまに息苦しそうにくうと泣く、その声を。
「とても、嫌な予感がします」
「ああ、俺もしてる」
同時にしゃがみこみ、手を伸ばそうとした相手の腕を押し留める。
一瞬咎めるように俺を見て、それから食い入るように毛布を見詰めた。
その相手の目の前で、そっと毛布を開いていけば、見事予感が的中していたことを示された。
「まだ、臍の緒がついてますね」
産湯に浸かったかすら疑わしい赤子が、生まれたままの姿を晒し寝息をたてている。
俺はすぐにコートを脱ぎ、そこに赤子を包んだ。
「先に戻ってろ」
「はい」
コートごと赤子を託せば、今度は素直に頷いた。
残った俺は、念のためにと、辺りの写真を撮っていく。
何枚かを携帯に収めてから、ボロボロの毛布を手にし車を目指した。
助手席では、赤子の眠るコートの上から自分のマフラーをも巻きつけている相手がいた。
「警察、ですよね」
「ま、そうなるな」
だが俺たちが直接警察と関わるのは、問題だ。
面倒事には一切関わらずの取り決め通り、ここは誰かに代わってもらうことになるだろう。
御船に連絡をすれば、すぐに誰かしら用意することになった。
相手は自分の親友に連絡している。
こちらでは、すぐに医者を手配することになった。
「ついでに、産着も買っておいてください」
あまり手をかけるのはどうかと思いはしたが、状況からして赤子の親など見つかるまい。
だったら証拠保全だなんだと気にするよりも、人道的立場にたつほうがいいだろう。
こんな状態でも、赤子は泣くこともなく静かに眠っている。
「おい、やばいんじゃないのか?」
「体温も脈拍も問題ないですし、呼吸も安定しています」
「それは、ぐっすり寝てるってことか」
「ですね。ふふ、かなりの大物です」
「だな」
とりあえず安心し、できるだけゆっくりと車を発進させた。
本来自宅に戻るはずが、変更してあいつの待つ病院に向かう。
明日の予定だったのに、このまま入院となりそうなのが、残念だ。
「どうか幸多き未来を。……二度と我らと関わらぬよう、切に願います」