★中等部★
[将史■破綻した将来設計]
うちはいわゆる母子家庭だった。
だった、だ。
つまり、過去形ってやつだな。
ともかく、小学6年生まで、俺は母と二人で狭いアパートで暮らしていた。
父親のことなんて特に聞いたこともない、どうせ離婚か未婚のどっちかだろうしね。
夕方まで仕事をしている母のために、夕飯を用意するのは俺の役目で、意外にそれは楽しかったし、なんだかんだで二人だけの生活は上手くいっていた。
それが突然壊れた。
なんのことはない、仕事帰りの母を信号無視の車が撥ね飛ばしただけのことだ。
保険金やら慰謝料やら、貯えもそこそこあったしで、すぐに生活が立ち行かなくなることはなかったが、困ったことに俺はそのとき未成年だったんだ。
普通なら親戚でも現れて、肩身の狭い思いをしながらもなんとかなるんだろうけども、残念ながらその手の人たちを見たことが無かった。
つまりは、母も天涯孤独だったわけだ。
葬式はアパートの大家さんや近所の人たちのお陰で、どうにかなった。
こういうとき、ご近所さんってのはありがたいね。
大家さんがうちにいても、なんて親切なことを申し出てくれたけど、さすがに赤の他人様ですし、それってどうよ俺、ってなわけで、結局養護施設ってとこに行く事にした。
今ある金は貯金しておいて、18歳くらいまで面倒みてもらってから大学にでも行こうなんて、完璧な将来設計。
しかし僅か1ヶ月程で、計画の変更を余儀なくされた。
「ふーん、なーんか俺と似てる気がするー」
親類と名乗る相手が、マジマジと俺を観察してから、そう一言。
まったく似てねーし、って言葉は飲み込んだ。
これから先お世話になる相手だ、好感度は下げないほうがいい。
「あ、俺はお前のお袋のお袋のハトコの子供だから、えっとそれってなんになるんだ?」
つまり、俺の祖母のハトコの息子ってことだよね。
ふーん、一応親戚はいたんだ。
つか、遠すぎ!
「ま、なんでもいっか。とりあえず俺が引き取るから、あとは好きにしてー」
俺も大概大らかな人柄だと自負しているが、この親戚もかなり大らか、つまりはいい加減ってのが理解できた。
しかし、基本は押さえとくか、一応な。
「これからお世話になります」
「あー、メンドイ敬語とかなしな。適当でいいし、つかどうでもいいし」
いや、これ基本中の基本だから。
だいたい小学生が大人に向かってタメ口とか、急には無理っしょ。
戸惑いつつも、手続きも済んだし行こかーと言う親戚と、でっかい車に乗り込んだ。
ちなみに運転手付きで、ちょいビビッた。
開けてもらった扉から、少々緊張しながら車に乗り込み、重厚感たっぷりのシートにもたれかかってふうっと一息。
すぐに隣りに座り込んだ親戚が、プッと失礼な笑いを漏らした。
先行きのことを考えると、多少の不安はある。
けれども、まずは今最も気になる部分を聞いておくことにしよう。
「あの……」
そういや、なんて呼べばいいんだ?
おじさん? ちょっと違うか、名前で呼ぶ? なんか失礼じゃね。
「聞きたいことあったら遠慮なく聞いてねー。あ、答えられないこともあるけどねー」
ケラケラと笑う姿は、本当に軽い男ってイメージだ。
「じゃ、えっと、あんた外人さん?」
「へ?」
「髪、それ銀髪ってやつ?」
きょとんと俺を見る男の髪は、見事に真っ白だった。
そこそこ容姿がよく、格好良いと表してもよさげな風貌は、どうみても日本人そのものだけど、その髪色だけが裏切っている。
最初は色を脱いてるんだと思った。
だけど根元まで綺麗に白い状態は、それが自然なものだと言っている。
だから、単純に外人かと思ったんだけどね。
「これはねー、白髪って言うの」
「あんた、結構じじいなわけ?」
「失礼ね、どうみても若いっしょ」
確かに、どう見ても30代だ。
「苦労性なんすね」
「はは、そういうことー、つか、あんたはやめて」
「じゃ、昭さんって呼びます」
「うんうん、それ採用」
◆
あの日のことは劇的すぎて忘れられない。
どんなことにも滅多に動じない俺が、車が到着した途端言葉を失ったんだからね。
だって、着いた場所が大豪邸だったんだぜ。
狭いアパートと喧しい施設しか知らなかった俺が、いきなりの豪邸生活とか、驚かずにはいられないでしょ。
しかも昭さんに子供はなく、嫁すらいないってことで、肩身の狭い思い云々はどこ行ったって気分だったよ。
お手伝いさんなんかもいて、それが一人じゃないところがまた……。
「それって、すごく幸運だったってことだよね」
「そっかなー」
「だって、気を使う相手はいなかったんでしょ。それで豪邸に住めるなんて、僕からしたら羨ましいよ」
「住んだのなんて数ヶ月だけどね」
「あ、そっか」
当時小学6年生だった俺は、春になれば適当な中学に通うんだろうなぁ、なんて思いながら豪邸から一番近い小学校に転入した。
で、それからすぐに冬がきて、なぜかお受験なるものを受けていた。
余裕で合格しちまってからがさあ大変。
俺の将来設計にはどんどん狂いが生じ、気が付いたら山奥のくせに超セレブという謎の全寮制男子校に入学していたのだ。
「こんな山奥に送られるなんて、やっぱり邪険にされてたってこと?」
「んにゃ、それはない」
つーか、豪邸にいた人たちは、誰一人俺を蔑ろにはしなかった。
放任ではあったけど、昭さん自身までもが、だ。
現に長期休暇で帰省したときは、ことのほか喜んでくれていた。
忙しいはずなのにきっちりと休暇を確保していたから、本当は俺をダシにしてただけかもしれないけどね。
しかし、歓迎されていたのは確かだし、いろんなとろこにも連れて行ってくれた。
って、よく考えたら、それは白儿さんとこのヘタレがしてくれてたんだっけ。
あれ、やっぱ昭さんには邪険にされてたってことか?
帰省したところで、一応実家であるはずの豪邸には3日くらいしかいなかったし、その後は白儿さんとこに新学期までいたもんな。
昭さんとこに勝るとも劣らない、いや、山の中ってことで敷地面積が異様に広いだけあって、あっちのが凄かったかもしんないお屋敷に、結局は預けられていたわけだし……ま、いっか。
つか、俺にとってはそっちの方がメリットがあったわけだし、まったく問題なしだ。
「そっか、大事にされてるんだ」
運が良かったね、と言いながらせっちゃんは参考書から目を離さない。
俺と話してるってのにずっとこの状態だ。
いつものことだから、慣れてる。
上流階級専用としか言い表せられない学園で、運が良かったらしい俺と、運が悪かったせっちゃんは同室になった。
そんな中学1年からの同居人とも、もうすぐお別れだ。
次の春がきたら高等部に進学し、せっちゃんは念願の特別棟の一人部屋。
俺はクラス替えの希望が通り、一般寮の二人部屋になる。
「せっちゃんもさー、も少し俺のこと大事にしていいんじゃねーの?」
「してるじゃん。ご飯美味しいって毎日褒めてるでしょ」
「いや、それは事実だから」
「継埜さんに必要なのは、謙遜と遠慮かもしれないね」
え、なにそれ、俺にはそれが足りないってこと?
つか、俺と話してんだから、参考書見るのやめい!!
うちはいわゆる母子家庭だった。
だった、だ。
つまり、過去形ってやつだな。
ともかく、小学6年生まで、俺は母と二人で狭いアパートで暮らしていた。
父親のことなんて特に聞いたこともない、どうせ離婚か未婚のどっちかだろうしね。
夕方まで仕事をしている母のために、夕飯を用意するのは俺の役目で、意外にそれは楽しかったし、なんだかんだで二人だけの生活は上手くいっていた。
それが突然壊れた。
なんのことはない、仕事帰りの母を信号無視の車が撥ね飛ばしただけのことだ。
保険金やら慰謝料やら、貯えもそこそこあったしで、すぐに生活が立ち行かなくなることはなかったが、困ったことに俺はそのとき未成年だったんだ。
普通なら親戚でも現れて、肩身の狭い思いをしながらもなんとかなるんだろうけども、残念ながらその手の人たちを見たことが無かった。
つまりは、母も天涯孤独だったわけだ。
葬式はアパートの大家さんや近所の人たちのお陰で、どうにかなった。
こういうとき、ご近所さんってのはありがたいね。
大家さんがうちにいても、なんて親切なことを申し出てくれたけど、さすがに赤の他人様ですし、それってどうよ俺、ってなわけで、結局養護施設ってとこに行く事にした。
今ある金は貯金しておいて、18歳くらいまで面倒みてもらってから大学にでも行こうなんて、完璧な将来設計。
しかし僅か1ヶ月程で、計画の変更を余儀なくされた。
「ふーん、なーんか俺と似てる気がするー」
親類と名乗る相手が、マジマジと俺を観察してから、そう一言。
まったく似てねーし、って言葉は飲み込んだ。
これから先お世話になる相手だ、好感度は下げないほうがいい。
「あ、俺はお前のお袋のお袋のハトコの子供だから、えっとそれってなんになるんだ?」
つまり、俺の祖母のハトコの息子ってことだよね。
ふーん、一応親戚はいたんだ。
つか、遠すぎ!
「ま、なんでもいっか。とりあえず俺が引き取るから、あとは好きにしてー」
俺も大概大らかな人柄だと自負しているが、この親戚もかなり大らか、つまりはいい加減ってのが理解できた。
しかし、基本は押さえとくか、一応な。
「これからお世話になります」
「あー、メンドイ敬語とかなしな。適当でいいし、つかどうでもいいし」
いや、これ基本中の基本だから。
だいたい小学生が大人に向かってタメ口とか、急には無理っしょ。
戸惑いつつも、手続きも済んだし行こかーと言う親戚と、でっかい車に乗り込んだ。
ちなみに運転手付きで、ちょいビビッた。
開けてもらった扉から、少々緊張しながら車に乗り込み、重厚感たっぷりのシートにもたれかかってふうっと一息。
すぐに隣りに座り込んだ親戚が、プッと失礼な笑いを漏らした。
先行きのことを考えると、多少の不安はある。
けれども、まずは今最も気になる部分を聞いておくことにしよう。
「あの……」
そういや、なんて呼べばいいんだ?
おじさん? ちょっと違うか、名前で呼ぶ? なんか失礼じゃね。
「聞きたいことあったら遠慮なく聞いてねー。あ、答えられないこともあるけどねー」
ケラケラと笑う姿は、本当に軽い男ってイメージだ。
「じゃ、えっと、あんた外人さん?」
「へ?」
「髪、それ銀髪ってやつ?」
きょとんと俺を見る男の髪は、見事に真っ白だった。
そこそこ容姿がよく、格好良いと表してもよさげな風貌は、どうみても日本人そのものだけど、その髪色だけが裏切っている。
最初は色を脱いてるんだと思った。
だけど根元まで綺麗に白い状態は、それが自然なものだと言っている。
だから、単純に外人かと思ったんだけどね。
「これはねー、白髪って言うの」
「あんた、結構じじいなわけ?」
「失礼ね、どうみても若いっしょ」
確かに、どう見ても30代だ。
「苦労性なんすね」
「はは、そういうことー、つか、あんたはやめて」
「じゃ、昭さんって呼びます」
「うんうん、それ採用」
◆
あの日のことは劇的すぎて忘れられない。
どんなことにも滅多に動じない俺が、車が到着した途端言葉を失ったんだからね。
だって、着いた場所が大豪邸だったんだぜ。
狭いアパートと喧しい施設しか知らなかった俺が、いきなりの豪邸生活とか、驚かずにはいられないでしょ。
しかも昭さんに子供はなく、嫁すらいないってことで、肩身の狭い思い云々はどこ行ったって気分だったよ。
お手伝いさんなんかもいて、それが一人じゃないところがまた……。
「それって、すごく幸運だったってことだよね」
「そっかなー」
「だって、気を使う相手はいなかったんでしょ。それで豪邸に住めるなんて、僕からしたら羨ましいよ」
「住んだのなんて数ヶ月だけどね」
「あ、そっか」
当時小学6年生だった俺は、春になれば適当な中学に通うんだろうなぁ、なんて思いながら豪邸から一番近い小学校に転入した。
で、それからすぐに冬がきて、なぜかお受験なるものを受けていた。
余裕で合格しちまってからがさあ大変。
俺の将来設計にはどんどん狂いが生じ、気が付いたら山奥のくせに超セレブという謎の全寮制男子校に入学していたのだ。
「こんな山奥に送られるなんて、やっぱり邪険にされてたってこと?」
「んにゃ、それはない」
つーか、豪邸にいた人たちは、誰一人俺を蔑ろにはしなかった。
放任ではあったけど、昭さん自身までもが、だ。
現に長期休暇で帰省したときは、ことのほか喜んでくれていた。
忙しいはずなのにきっちりと休暇を確保していたから、本当は俺をダシにしてただけかもしれないけどね。
しかし、歓迎されていたのは確かだし、いろんなとろこにも連れて行ってくれた。
って、よく考えたら、それは白儿さんとこのヘタレがしてくれてたんだっけ。
あれ、やっぱ昭さんには邪険にされてたってことか?
帰省したところで、一応実家であるはずの豪邸には3日くらいしかいなかったし、その後は白儿さんとこに新学期までいたもんな。
昭さんとこに勝るとも劣らない、いや、山の中ってことで敷地面積が異様に広いだけあって、あっちのが凄かったかもしんないお屋敷に、結局は預けられていたわけだし……ま、いっか。
つか、俺にとってはそっちの方がメリットがあったわけだし、まったく問題なしだ。
「そっか、大事にされてるんだ」
運が良かったね、と言いながらせっちゃんは参考書から目を離さない。
俺と話してるってのにずっとこの状態だ。
いつものことだから、慣れてる。
上流階級専用としか言い表せられない学園で、運が良かったらしい俺と、運が悪かったせっちゃんは同室になった。
そんな中学1年からの同居人とも、もうすぐお別れだ。
次の春がきたら高等部に進学し、せっちゃんは念願の特別棟の一人部屋。
俺はクラス替えの希望が通り、一般寮の二人部屋になる。
「せっちゃんもさー、も少し俺のこと大事にしていいんじゃねーの?」
「してるじゃん。ご飯美味しいって毎日褒めてるでしょ」
「いや、それは事実だから」
「継埜さんに必要なのは、謙遜と遠慮かもしれないね」
え、なにそれ、俺にはそれが足りないってこと?
つか、俺と話してんだから、参考書見るのやめい!!
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