泣血哀慟
踏み出した足をすぐに止めて、廟に近づことなくその場に膝をつく。
冷たい石の表面を、ソッと撫でてみた。
この下は空洞で、玄室になってるそうだ。
そこに、歴代雪客とその伴侶、そして……守人が眠っている。
入室できるモノはごく僅かだと、アッキーが語っていた。
僕は、生涯立ち入ることは叶わないだろう。
それでいい。
そこに行けなくても、いいよ。
こうして会いにこれるから、それでいいんだ。
「キミは、アーちゃんをどうしたかったの?」
連れて行くことはできなかったの?
置いて逝くことに不安はなかった?
キミは、アーちゃんの気持ちを、知っていたんだろうか……?
応えなんかあるはずもなく、冬の気温に身を震わせて終わる。
もう日は完全に落ちていて、周囲は真っ暗になっていた。
慌てず騒がす懐中電灯をともし、雪客たちに踵を返す。
帰ったら夕飯を食べよう。
それからゆっくりと眠って、そうして明日になったら……僕は、どうすればいいんだろう?
足元を照らしながら石段を降りてる途中、僕とは逆に昇ってくる人物がいるのに気がついた。
もしかしたらアッキーかもと灯りを向けると、
「は、初穂ちゃん!?」
驚いたことに、そこには初穂ちゃんがいた。
しかも周囲に他の人はおらず、唯一付き添っていたのは、僕を案内したのとは別のオオカミだった。
いくら危険はないからって、初穂ちゃん一人で来るなんて。
「こんな時間に出歩くなんて、危ないじゃないか」
アッキーは何をやってるんだと憤慨する僕に、初穂ちゃんはきょとんとしていた。
「初穂は、なれなれー、よ」
慣れてるって、確かに初穂ちゃんはこの山に慣れてるだろうけど。
「だからって、夜に一人で出歩いたら駄目だよ」
「だいじぶ。わんわん、いますよ」
「あ、あのね、」
「おばけ、きましゅよ」
「おばけ?」
いきなりお化けの話?
「おばけ、よ」
もしかして僕を怯えさせようって魂胆なのかな?
まさかと思いつつ、初穂ちゃんが指差す方向を照らした。
さすがにお化けを信じてるわけじゃないけど、階段下で蠢く物体が見えて、ヒッと声にならない声が出る。
無意識に初穂ちゃんを抱え上げ、逃げるようにして上を目指した。
「お、おじたま」
「ぼ、ぼぼ僕から離れちゃ、だ、駄目だよ」
上に来たはいいけど、よく考えたらここには身を隠す場所がなかった。
「ど、どうしよう、どこかに、」
目に付いたのは、霊廟。
だがしかし、いくら非常事態とはいえ、彼らの褥を土足で荒らすような真似はしたくない。
「おじたま、おじたま、おもちつくのよ」
「お、落ち着いてるよ、だいじょうぶ、」
「おじたま、わんわん、います、わんわん、いますよ」
「し、知ってる、だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「おじたま、おもちついて」
「だいじょうぶ、僕は冷静だよ、れいせ……」
こんなとき、もっとも頼りになるはずのオオカミが、やけに静かなのが気になった。
吠えもしなければ、警戒もしていない。
逆に、うろたえまくる僕を見上げ、キュンキュンと小さく鼻を鳴らしている。
まるで、落ち着けと言わんばかりに。
「おじたま、おばけ」
「お化けって……」
危険があれば、まずはオオカミが行動を起こすはず。
いや、それ以前に、アッキーが一人での外出を許すはずがなかった。
そうして冷静になってみると、恐怖心はたちまち薄らいでいく。
それでも心持ち用心しながら、下から来たものの正体を見極めるべく再度懐中電灯を向けた。
冷たい石の表面を、ソッと撫でてみた。
この下は空洞で、玄室になってるそうだ。
そこに、歴代雪客とその伴侶、そして……守人が眠っている。
入室できるモノはごく僅かだと、アッキーが語っていた。
僕は、生涯立ち入ることは叶わないだろう。
それでいい。
そこに行けなくても、いいよ。
こうして会いにこれるから、それでいいんだ。
「キミは、アーちゃんをどうしたかったの?」
連れて行くことはできなかったの?
置いて逝くことに不安はなかった?
キミは、アーちゃんの気持ちを、知っていたんだろうか……?
応えなんかあるはずもなく、冬の気温に身を震わせて終わる。
もう日は完全に落ちていて、周囲は真っ暗になっていた。
慌てず騒がす懐中電灯をともし、雪客たちに踵を返す。
帰ったら夕飯を食べよう。
それからゆっくりと眠って、そうして明日になったら……僕は、どうすればいいんだろう?
足元を照らしながら石段を降りてる途中、僕とは逆に昇ってくる人物がいるのに気がついた。
もしかしたらアッキーかもと灯りを向けると、
「は、初穂ちゃん!?」
驚いたことに、そこには初穂ちゃんがいた。
しかも周囲に他の人はおらず、唯一付き添っていたのは、僕を案内したのとは別のオオカミだった。
いくら危険はないからって、初穂ちゃん一人で来るなんて。
「こんな時間に出歩くなんて、危ないじゃないか」
アッキーは何をやってるんだと憤慨する僕に、初穂ちゃんはきょとんとしていた。
「初穂は、なれなれー、よ」
慣れてるって、確かに初穂ちゃんはこの山に慣れてるだろうけど。
「だからって、夜に一人で出歩いたら駄目だよ」
「だいじぶ。わんわん、いますよ」
「あ、あのね、」
「おばけ、きましゅよ」
「おばけ?」
いきなりお化けの話?
「おばけ、よ」
もしかして僕を怯えさせようって魂胆なのかな?
まさかと思いつつ、初穂ちゃんが指差す方向を照らした。
さすがにお化けを信じてるわけじゃないけど、階段下で蠢く物体が見えて、ヒッと声にならない声が出る。
無意識に初穂ちゃんを抱え上げ、逃げるようにして上を目指した。
「お、おじたま」
「ぼ、ぼぼ僕から離れちゃ、だ、駄目だよ」
上に来たはいいけど、よく考えたらここには身を隠す場所がなかった。
「ど、どうしよう、どこかに、」
目に付いたのは、霊廟。
だがしかし、いくら非常事態とはいえ、彼らの褥を土足で荒らすような真似はしたくない。
「おじたま、おじたま、おもちつくのよ」
「お、落ち着いてるよ、だいじょうぶ、」
「おじたま、わんわん、います、わんわん、いますよ」
「し、知ってる、だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「おじたま、おもちついて」
「だいじょうぶ、僕は冷静だよ、れいせ……」
こんなとき、もっとも頼りになるはずのオオカミが、やけに静かなのが気になった。
吠えもしなければ、警戒もしていない。
逆に、うろたえまくる僕を見上げ、キュンキュンと小さく鼻を鳴らしている。
まるで、落ち着けと言わんばかりに。
「おじたま、おばけ」
「お化けって……」
危険があれば、まずはオオカミが行動を起こすはず。
いや、それ以前に、アッキーが一人での外出を許すはずがなかった。
そうして冷静になってみると、恐怖心はたちまち薄らいでいく。
それでも心持ち用心しながら、下から来たものの正体を見極めるべく再度懐中電灯を向けた。