泣血哀慟-後日談-
アッキーにしてはやけに拘ると思ったら、からかわれていたのはこっちでしたってオチかよ。
俺にしては、モロにやり込められた形になった。
「いつもいつも、貴様の好きにさせてたまるか」
「毎度の如く、俺の好きにさせるくせに」
「そうだな。今回も、好きにするがいい」
「はいはい、ありがとーございますー」
子供っぽい言い方がはまったか、アッキーがククっと笑う。
対する俺は、面白くもなんともない。
いつでもこいつは、高見に居る。
アキラとはまた違う場所から、俺たちを見てるんだ。
まるで、危うい子供を見守るように。
冗談じゃない。
対等であればこその関係が、まさかの格下認定とか断固拒否だ。
「この賭けで俺が負けたら、お前の不安はすべて俺が引き受けてやる」
「どういう意味だ?」
「初穂に関わる全部、雑事も騒音も、すべて俺が引き受けるって言ってんの。もちろん、その中には俺も含まれる。
要は、誰も口出さない、安寧した未来を約束するってことだ」
総代がいないからこそ受け入れられる終末も、こうなってしまっては、どうなるかわからない。
騒ぎそうな連中の中で、もっとも厄介といえるのは、鷺視の血族どもだった。
もちろん他にもうじゃうじゃいるが、仮にも鷺視の血を継いだ奴らは、それだけで手に余るってもんだ。
だからって、なんでもかんでも殺しまくって万事解決なんて無理に決まってる。
だいたい、消すだけなら、白儿のほうが圧倒的に有利なんだからな。
だが、そういうわけにいかないのが、お家騒動。
そう、これはただのお家騒動にすぎない。
だからこそ、大義名分がなさすぎた。
これから起こり得るだろう、あらゆ面倒事をまるっと引き受けるという俺の提案に、アッキーが乗らないわけがないんだ。
「ほう、煩い連中を抑えてくれるか。悪くない」
ほらね。
「漣(さざなみ)はじめ、重鎮と称する家が多数あるが」
「俺が全て黙らせる」
「俺が勝てば?」
「そう、俺が負けたら。いずれ初穂が成長し決断するまで、すべて俺が背負ってやるよ」
アキラならば、誰も逆らえない。
逆らう意思など、彼の闇に易々飲み込まれるからだ。
だが、初穂はどうだ?
恐怖心だけなら、きっと初穂でも通用するだろう。
だが、決定的に足りないものがあった。
恐怖心の裏付けともいえる、記録とい名の記憶だ。
初穂の闇を補う術は、永久に絶たれている。
ならば、内包する闇を、最大限まで引き出すしかあるまい。
それには、あの子の成長を待つしかなく、その結果、どうなるかまで予測つかないが、今はそんなことどうでもいいんだ。
重要なのは、初穂がどうしたいのかが、今の時点では判断つかないってこと。
闇の権威を欲する可能性は捨てきれず、闇との完全なる決別を望む可能性も捨てきれない。
アッキーの望みは、初穂が選ぶそのときまでの、時間と平穏だ。
どうしたって、初穂の正体がばれる公算はでかい。
そのとき、周囲はどう動くだろう?
渡理は、土兒は?
牟韻の動向も読めない、白儿だって分からなくなる。
漣(さざなみ)を始めとした鷺視の分家、影響力の強い柊たち十人衆は、どうするだろう?
東西は、どう動く?
その中にあって、もっとも強大な発言力を有する、俺たち(継埜)は……?
だからこそ、アッキーは俺の申し出から逃げられず、そうして俺も、これにて退路を絶たれることとなる。
「貴様が勝てば、どうなる?」
「お前が負けたら、俺に献上しろ」
「なにを?」
「東峰の……首」
自分で口にしたそれが、えらく懐かしく感じた。
アキラの最期とともに封印した名前、いや、苗字か。
くそ忌々しい響きだが、この姓とは今後も付き合わなきゃならない。
「東峰か。さて、東峰とは家名であり、それを名乗る者は大勢いるが……」
わざとその名を口にしない俺への、わかりやすい皮肉だった。
それでも乗っかるしかない現状が、東峰へのさらなる忌々しさに繋がる。
「それくらい、わかるだろっ」
「東峰とくれば、現当主たる博人を指すが必然」
「おいっ」
「言えんか。いや、呼べないか。ならば俺は、博人の首を差し出すまでだ」
「ア、アキ、トッ、晃人だよ! わかってるくせに、そういうとこ、ホント意地悪だな!」
「俺の意地ではない。貴様の詰まらぬ意地が悪いのだ」
「……」
「先代の甥というだけで、その命が賭け代となる。哀れな子供だ」
「甥だからじゃねー。あれは、あいつ、そのものだ」
「血縁なれば、顔が似ることもある」
「いーや、違うな。なんもかんもが、あいつ、そのままなんだよ!」
「で、憂さ晴らしか。了見が狭い、」
「うるせえっ」
「が、気に入った」
「は?」
「かつての恋敵に瓜二つな幼子相手に、積年の恨みを晴らそうという矮小さが気に入った。その条件、飲もう」
「相変わらず、とち狂ってんな……」
「名などしょせん記号にすぎぬ。同じ字を与えられただけで、手出し不能になる貴様のほうが、とち狂っている」
「……」
「渡辺とは違い、俺は貴様が矮小かつ惨忍なことを熟知している。そして、好ましく思っている」
「初めて知った……」
「言ったことがないからな」
「俺は、残酷かい?」
「少なくとも俺やアキは、似てるというだけで、その相手を殺したくはならない。奏ならわからんが」
「藤村は、間違いなく賛同するさ」
「かもな。だからこそ、好ましいのだ」
「ノロケかよ」
「断じて、違うっ」
最後の最後に一矢報いてから、お互いのグラスをぶつけ合った。
すぐさま中身を飲み干して、空のグラス越しに相手を見やる。
「じゃ、これにて成立ってことで」
「誰を探し、どうなれば決するか、謎のままだぞ」
「わからない? 本当に?」
俺の試すような態度に、アッキーの眦が僅かに緩む。
妙に優しげに見えるのは、きっと気のせいじゃない。
「決断は、すべてアキラに押し付けてきた貴様のこと、どうせまた、同じ事をするのだろう」
「正解。俺のことよくわかってるねー。惚れてんじゃない?」
俺の軽口を、アッキーは口角を上げ躱す。
こういうところ、ホント大人だなって感心するよ。
「貴様のことは熟知してると言ったばかりだろ」
「はいはい、どうせ矮小かつ惨忍な男ですよー」
「そう、矮小かつ惨忍な貴様のことだ。どちらに転ぼうとも己が損にはなるまい?」
「そうでもないと思うけどー」
「なんにせよ、俺ができることは限られる。おとなしく座して待つとしよう」
空の器と、矛盾の果てに再び舞い戻った守人。
そう、空だ。
あいつ(初穂)は、次代ですらない虚ろな形。
あの器を満たすモノは、もういない。
だからせめて、俺からの贈り物をしようじゃないか。
そのための、賭け。
そのための、布石。
それで何も変わらなければ、俺の勝ち。
初穂の手には何も残さず、手に入れる機会も、与えない。
俺は自身の望むままに、"最後の守人"を演じきってみせる。
だが、ひとたび逆と出たそのときは、俺こそすべてを喪うだろう。
俺のことだから、どちらに転んでも損はないって?
最後の雪客の半身たる矜持が、唯一残されたアキラとの繋がりが、根こそぎ奪われるんだぞ――
それをわかっていながら、なぜこんな賭けを思いついたのか。
俺は待っているのかもしれない。
いや、知っているのかもしれない。
あの女が産み落としたであろう、肉塊が。
今もどこかでのうのうと生きてるだろう、モノが。
この俺に、何を齎そうとしているのかを。
今思えば、あの女はいったいナニモノだったんだ。
アキラと似てるのは形ばかり、中身はまったくの別者でいながら、あっさり俺を陥落せしめた、あの女。
欠片なりでも俺に情を傾けることをしなかったばかりか、俺からの情けをも一切拒絶した、あの女は……。
もしかして、というのはある。
計らずも、その器でない俺が守人を名乗ったそのときに、真実アキラの守人であった誰かは、どうなった。
俺にすべてを奪われた、継埜守人の残滓は。
仮にも守人が、素直に負けを認めるだろうか?
目覚めることのなかった器で、黙って燻り続けるだろうか?
俺がそうであったように、守人もまた、あっさりとすべてを明け渡すとは思えなかった。
ではいま、復讐を成さんとしてもおかしくあるまい。
そうだな、アッキー。
俺はやはり、どうしようもなく小物で、卑怯な男だ。
どちらに転んでも、結局俺の損にはなるまい……。
俺にしては、モロにやり込められた形になった。
「いつもいつも、貴様の好きにさせてたまるか」
「毎度の如く、俺の好きにさせるくせに」
「そうだな。今回も、好きにするがいい」
「はいはい、ありがとーございますー」
子供っぽい言い方がはまったか、アッキーがククっと笑う。
対する俺は、面白くもなんともない。
いつでもこいつは、高見に居る。
アキラとはまた違う場所から、俺たちを見てるんだ。
まるで、危うい子供を見守るように。
冗談じゃない。
対等であればこその関係が、まさかの格下認定とか断固拒否だ。
「この賭けで俺が負けたら、お前の不安はすべて俺が引き受けてやる」
「どういう意味だ?」
「初穂に関わる全部、雑事も騒音も、すべて俺が引き受けるって言ってんの。もちろん、その中には俺も含まれる。
要は、誰も口出さない、安寧した未来を約束するってことだ」
総代がいないからこそ受け入れられる終末も、こうなってしまっては、どうなるかわからない。
騒ぎそうな連中の中で、もっとも厄介といえるのは、鷺視の血族どもだった。
もちろん他にもうじゃうじゃいるが、仮にも鷺視の血を継いだ奴らは、それだけで手に余るってもんだ。
だからって、なんでもかんでも殺しまくって万事解決なんて無理に決まってる。
だいたい、消すだけなら、白儿のほうが圧倒的に有利なんだからな。
だが、そういうわけにいかないのが、お家騒動。
そう、これはただのお家騒動にすぎない。
だからこそ、大義名分がなさすぎた。
これから起こり得るだろう、あらゆ面倒事をまるっと引き受けるという俺の提案に、アッキーが乗らないわけがないんだ。
「ほう、煩い連中を抑えてくれるか。悪くない」
ほらね。
「漣(さざなみ)はじめ、重鎮と称する家が多数あるが」
「俺が全て黙らせる」
「俺が勝てば?」
「そう、俺が負けたら。いずれ初穂が成長し決断するまで、すべて俺が背負ってやるよ」
アキラならば、誰も逆らえない。
逆らう意思など、彼の闇に易々飲み込まれるからだ。
だが、初穂はどうだ?
恐怖心だけなら、きっと初穂でも通用するだろう。
だが、決定的に足りないものがあった。
恐怖心の裏付けともいえる、記録とい名の記憶だ。
初穂の闇を補う術は、永久に絶たれている。
ならば、内包する闇を、最大限まで引き出すしかあるまい。
それには、あの子の成長を待つしかなく、その結果、どうなるかまで予測つかないが、今はそんなことどうでもいいんだ。
重要なのは、初穂がどうしたいのかが、今の時点では判断つかないってこと。
闇の権威を欲する可能性は捨てきれず、闇との完全なる決別を望む可能性も捨てきれない。
アッキーの望みは、初穂が選ぶそのときまでの、時間と平穏だ。
どうしたって、初穂の正体がばれる公算はでかい。
そのとき、周囲はどう動くだろう?
渡理は、土兒は?
牟韻の動向も読めない、白儿だって分からなくなる。
漣(さざなみ)を始めとした鷺視の分家、影響力の強い柊たち十人衆は、どうするだろう?
東西は、どう動く?
その中にあって、もっとも強大な発言力を有する、俺たち(継埜)は……?
だからこそ、アッキーは俺の申し出から逃げられず、そうして俺も、これにて退路を絶たれることとなる。
「貴様が勝てば、どうなる?」
「お前が負けたら、俺に献上しろ」
「なにを?」
「東峰の……首」
自分で口にしたそれが、えらく懐かしく感じた。
アキラの最期とともに封印した名前、いや、苗字か。
くそ忌々しい響きだが、この姓とは今後も付き合わなきゃならない。
「東峰か。さて、東峰とは家名であり、それを名乗る者は大勢いるが……」
わざとその名を口にしない俺への、わかりやすい皮肉だった。
それでも乗っかるしかない現状が、東峰へのさらなる忌々しさに繋がる。
「それくらい、わかるだろっ」
「東峰とくれば、現当主たる博人を指すが必然」
「おいっ」
「言えんか。いや、呼べないか。ならば俺は、博人の首を差し出すまでだ」
「ア、アキ、トッ、晃人だよ! わかってるくせに、そういうとこ、ホント意地悪だな!」
「俺の意地ではない。貴様の詰まらぬ意地が悪いのだ」
「……」
「先代の甥というだけで、その命が賭け代となる。哀れな子供だ」
「甥だからじゃねー。あれは、あいつ、そのものだ」
「血縁なれば、顔が似ることもある」
「いーや、違うな。なんもかんもが、あいつ、そのままなんだよ!」
「で、憂さ晴らしか。了見が狭い、」
「うるせえっ」
「が、気に入った」
「は?」
「かつての恋敵に瓜二つな幼子相手に、積年の恨みを晴らそうという矮小さが気に入った。その条件、飲もう」
「相変わらず、とち狂ってんな……」
「名などしょせん記号にすぎぬ。同じ字を与えられただけで、手出し不能になる貴様のほうが、とち狂っている」
「……」
「渡辺とは違い、俺は貴様が矮小かつ惨忍なことを熟知している。そして、好ましく思っている」
「初めて知った……」
「言ったことがないからな」
「俺は、残酷かい?」
「少なくとも俺やアキは、似てるというだけで、その相手を殺したくはならない。奏ならわからんが」
「藤村は、間違いなく賛同するさ」
「かもな。だからこそ、好ましいのだ」
「ノロケかよ」
「断じて、違うっ」
最後の最後に一矢報いてから、お互いのグラスをぶつけ合った。
すぐさま中身を飲み干して、空のグラス越しに相手を見やる。
「じゃ、これにて成立ってことで」
「誰を探し、どうなれば決するか、謎のままだぞ」
「わからない? 本当に?」
俺の試すような態度に、アッキーの眦が僅かに緩む。
妙に優しげに見えるのは、きっと気のせいじゃない。
「決断は、すべてアキラに押し付けてきた貴様のこと、どうせまた、同じ事をするのだろう」
「正解。俺のことよくわかってるねー。惚れてんじゃない?」
俺の軽口を、アッキーは口角を上げ躱す。
こういうところ、ホント大人だなって感心するよ。
「貴様のことは熟知してると言ったばかりだろ」
「はいはい、どうせ矮小かつ惨忍な男ですよー」
「そう、矮小かつ惨忍な貴様のことだ。どちらに転ぼうとも己が損にはなるまい?」
「そうでもないと思うけどー」
「なんにせよ、俺ができることは限られる。おとなしく座して待つとしよう」
空の器と、矛盾の果てに再び舞い戻った守人。
そう、空だ。
あいつ(初穂)は、次代ですらない虚ろな形。
あの器を満たすモノは、もういない。
だからせめて、俺からの贈り物をしようじゃないか。
そのための、賭け。
そのための、布石。
それで何も変わらなければ、俺の勝ち。
初穂の手には何も残さず、手に入れる機会も、与えない。
俺は自身の望むままに、"最後の守人"を演じきってみせる。
だが、ひとたび逆と出たそのときは、俺こそすべてを喪うだろう。
俺のことだから、どちらに転んでも損はないって?
最後の雪客の半身たる矜持が、唯一残されたアキラとの繋がりが、根こそぎ奪われるんだぞ――
それをわかっていながら、なぜこんな賭けを思いついたのか。
俺は待っているのかもしれない。
いや、知っているのかもしれない。
あの女が産み落としたであろう、肉塊が。
今もどこかでのうのうと生きてるだろう、モノが。
この俺に、何を齎そうとしているのかを。
今思えば、あの女はいったいナニモノだったんだ。
アキラと似てるのは形ばかり、中身はまったくの別者でいながら、あっさり俺を陥落せしめた、あの女。
欠片なりでも俺に情を傾けることをしなかったばかりか、俺からの情けをも一切拒絶した、あの女は……。
もしかして、というのはある。
計らずも、その器でない俺が守人を名乗ったそのときに、真実アキラの守人であった誰かは、どうなった。
俺にすべてを奪われた、継埜守人の残滓は。
仮にも守人が、素直に負けを認めるだろうか?
目覚めることのなかった器で、黙って燻り続けるだろうか?
俺がそうであったように、守人もまた、あっさりとすべてを明け渡すとは思えなかった。
ではいま、復讐を成さんとしてもおかしくあるまい。
そうだな、アッキー。
俺はやはり、どうしようもなく小物で、卑怯な男だ。
どちらに転んでも、結局俺の損にはなるまい……。
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