泣血哀慟-後日談-
今回の件にしても、アキラの方に利用するという意識はなく、たまたまそこにいた友(アッくん)に、それとなく役を割り振ったにすぎない。
あいつにとっては、まさに"ついで"でしかなかったのだ。
アッくんが、まんまと俺を生かそうとも、俺の思惑通りに行動しようとも、果ては俺たち全員を見限っても、アキラは気にも留めなかっただろう。
「そういうつもりがあったのは否定しないよ。でもさ、俺はともかく、」
「アキラは違ったな」
「なんだよ、分かってんじゃん」
「あのノホホンと何年の付き合いだと思ってるんだ」
「俺と同じだけでしょ」
「バカ者。俺と貴様では立場が違う」
「あー、そうね。生まれたときから"白儿"様のお前と俺じゃ、格が違いますもんねー」
「拗ねるな」
「拗ねてねーしっ」
アキラとアッくんの関係は、友人以外のなにものでもなかった。
アッくんはあくまで友、補助的な要素に拘りはなかったということだ。
それは初穂にも言えることだった。
あの子供に僅かなり記憶を預けたのは、望む結末を得るためではなく、単なる気紛れの要素がでかそうだ。
それが良いか悪いかではない。
アキラとは、そういう奴なんだ。
いつだって気紛れに役を振るが、そこにはなんの裏もなく、結末への拘りもない。
だから心の底から愉しみやがる。
まったく意図しない出し物を見せられて、それもまた一興と愉しめる男なんだ。
ただし、アキラの思惑通りに進んだときの効果たるや、途轍もない威力を発揮するが。
こうして考えると、アキラとは、とかく複雑で嫌な奴だった。
根は単純なくせに、その根が果てなく伸びてるせいで実態が見定められない。
何人たりと把握できない構造はまさしくモノであり、あいつと比べればアッキーなんか非常に人間臭くできている。
俺など、遠く及ばないな。
「貴様も渡辺も、最後の最後までアキラに振り回されたな」
「おや、御自分は違うとでもー?」
「今回に限って言うなら、俺は部外者だ」
「何言ってんだ。初穂を傍に置いてる時点で、お前も十分振り回されてんだよ」
「そうかもな……」
「俺が黙ってても、継埜なら見ただけで分かるぜ。柊あたりも気付くだろう。それくらい、あいつの闇は深い」
「それはない。現に貴様も俺も、あのアキですら、見抜けなかったではないか」
「そう言われたら、そうだっけ」
「おそらく、アキラに入れ知恵されたのだろう。急に口調が変わったのは、そのせいだったのだ」
「アキラにしろ初穂にしろ、あれにどんな意味があるんかねー?」
「さあな。だが、抱えた闇を隠すには、打ってつけなのだろう」
すっかり騙されたのは、俺も同じだ。
アキラはともかく、初穂に関してはまったく見抜けなかったんだからな。
そもそも誰も彼もが、次の雪客なぞ想定していなかった。
よくよく考えれば、生まれていてもおかしくなかったのに、雪客が雪客として顕れる事態を予想していなかったのだ。
アキラをもっての終結が自然であり、現にアキラはすべてを終わらせ逝った。
だからこそ、次代の雪客なんて発想は、誰のなかにもなかったんだ。
では、初穂の出現で、何か変わるだろうか?
答えは、ノー。
重要なのは、過去からの因縁を絶つことで、記憶(歴史)を永遠に葬ること。
ならば、アキラが最後であることに変わりはない。
突き詰めれば、新たな雪客が顕れようとも、何も問題ないってことになる。
アキラは逝き、これにて俺たちは終焉を迎えた。
燻る残り火は、俺の手で完全に消し去られるだろう。
そうして降ろすのだ。
永く続いた暗闇に、重い幕を張り巡らせる。
俺が戻ったことで、同胞たちの行く末は俺に託された。
彼らは、黙って従うだろう。
何の疑問も抱かずに、粛々と受け入れるだろう。
そうして、俺の手により、真の幕引きがなされる。
それが、最後の雪客に添う守人が務め。
まさに誉れともいえる役割は、今の俺が唯一縋れるものではないのか。
でなければ、どうしてムザムザ生き長らえる必要がある。
わかってる。
俺は、守人じゃない。
だけども、俺こそが真の守人たる想いが隠せなかった。
アキラを愛する俺が。
守人では抱けぬ情愛で、主を想う俺が。
矛盾の最たるモノが。
矛盾こそ正しき姿と認めてしまったのだ。
なんてこった。
最後の最後で、俺と守人の目的が、再度合致してしまった……。
異質な雪客に添う異端の守人は、主と同様に異質だったというわけか。
では、最後の雪客に添うべく、最後の守人には成り得るのだろうか?
自問自答の果てに出た答えは、イエスであり、ノーだった。
おかしな事を考えている。
仮にも継埜たる俺が、雪客(初穂)との対立を招きかねない答えを出すなんて。
そう、おかしいんだ。俺はまだ、壊れているらしい。
おそらく、間違っているのは、俺の方だ。
ならば、間違いは正さなければなるまい。
だが、すんなりと改めるには、俺の性根は歪みすぎていた。
「なぁ、アッキー」
馬鹿なことを思いついた。
この期に及んでも、俺は他者の選択に委ねようとしている。
「賭けを、しないか?」
「いいだろう」
説明もなしに即断するアッキーに、こちらこそ面食らった。
相も変わらずの潔さだな。
何事も即断即決が信条で、優柔不断な俺とは正反対だ。
アッキーがグダグダ悩み結論を出さなかったのは、藤村のことくらいじゃないか。
「説明は、不要かい?」
返ってきたのは、冷たい眼差し。
さすがに、駄目だったらしい。
「初穂に、会わせたい奴がいる」
「誰だ?」
「さぁ……?」
「俺には教えられないというわけか」
「違う違う。俺も知らないんだよ。そもそも、存在してるかどうかも怪しい人物だし」
茶化してるわけじゃない。
真剣に、俺にもわからないことだった。
「明日から探すよ。その結果次第かな」
あの女が姿を消して、どれくらい経っただろう。
あまりにもどうでもよくて、すっかりと忘れている。
だが、無事に生まれていたなら、初穂とそう変わらない年代じゃないかな。
「誰のことを言っている?」
「さてね」
男なのか女なのか、どこに居るのか何をしているのか、そもそも生きているのかも、わからない。知りたくもない。
俺の前に現れさえしなければ、否、アキラに存在が知られなければ、それでよかったってのに……。
「とりあえず、見つかったら連れてくるから、そのつもりでいてよ」
「了解した。で、何がどうなれば、俺の勝ちになる?」
「何も起きなかったら、俺の勝ちー」
「何が起きる?」
被せるような問いかけとともに、アッキーの気配が変わった。
初穂に災厄を招きかねない事態と、俺からの余計な手出しを警戒するそれに。
「俺が信じられねーの?」
「貴様が、信頼に値する人間か?」
「確かに」
「初穂が初穂のままであれば、怖れはしない。だが、今となっては、貴様は脅威となりかねん」
「戦争勃発? 長らく共存してたけど、初の試みだな」
「ふざけるな」
「ふざけてねーし、争うつもりもございません」
てっきり怒りだすかと思いきや、アッキーは手にしたグラスに口を付け、中の酒を数口啜った。
そして一呼吸置いてから、静かに尋ねてくる。
「貴様の真意はどこにある? 初穂をどうしたい?」
「できれば、俺と無関係なところで、人生を全うしてほしいね」
アッキーの、いかにも信じてませんて面に居た堪れなくなりそうだ。
長年の親友だってのに、そこまで信用がないのかよ。
「マジだってば」
「貴様は、こういったことで詰まらぬ嘘はつかん。わかってはいるが、事この件に関しては、貴様ほど信用できないモノはない」
「親バカ、いや、バカ親か」
実の子でもないのに、そこまで初穂の身を案じる必要はないだろ。
なんて、実の子であればこそ、できれば死んでて欲しいと願う俺が言うことじゃないか。
「なんとでも言え」
「信用できなかったらどうなのよ? ここで始末しとくか? そのほうが、後々面倒がなくなるよ」
「それはそれで、貴様を喜ばすだけとなりそうだ」
「じゃあ、どうする? 断る?」
「もとより、承諾済みだが」
「っ、……」
あいつにとっては、まさに"ついで"でしかなかったのだ。
アッくんが、まんまと俺を生かそうとも、俺の思惑通りに行動しようとも、果ては俺たち全員を見限っても、アキラは気にも留めなかっただろう。
「そういうつもりがあったのは否定しないよ。でもさ、俺はともかく、」
「アキラは違ったな」
「なんだよ、分かってんじゃん」
「あのノホホンと何年の付き合いだと思ってるんだ」
「俺と同じだけでしょ」
「バカ者。俺と貴様では立場が違う」
「あー、そうね。生まれたときから"白儿"様のお前と俺じゃ、格が違いますもんねー」
「拗ねるな」
「拗ねてねーしっ」
アキラとアッくんの関係は、友人以外のなにものでもなかった。
アッくんはあくまで友、補助的な要素に拘りはなかったということだ。
それは初穂にも言えることだった。
あの子供に僅かなり記憶を預けたのは、望む結末を得るためではなく、単なる気紛れの要素がでかそうだ。
それが良いか悪いかではない。
アキラとは、そういう奴なんだ。
いつだって気紛れに役を振るが、そこにはなんの裏もなく、結末への拘りもない。
だから心の底から愉しみやがる。
まったく意図しない出し物を見せられて、それもまた一興と愉しめる男なんだ。
ただし、アキラの思惑通りに進んだときの効果たるや、途轍もない威力を発揮するが。
こうして考えると、アキラとは、とかく複雑で嫌な奴だった。
根は単純なくせに、その根が果てなく伸びてるせいで実態が見定められない。
何人たりと把握できない構造はまさしくモノであり、あいつと比べればアッキーなんか非常に人間臭くできている。
俺など、遠く及ばないな。
「貴様も渡辺も、最後の最後までアキラに振り回されたな」
「おや、御自分は違うとでもー?」
「今回に限って言うなら、俺は部外者だ」
「何言ってんだ。初穂を傍に置いてる時点で、お前も十分振り回されてんだよ」
「そうかもな……」
「俺が黙ってても、継埜なら見ただけで分かるぜ。柊あたりも気付くだろう。それくらい、あいつの闇は深い」
「それはない。現に貴様も俺も、あのアキですら、見抜けなかったではないか」
「そう言われたら、そうだっけ」
「おそらく、アキラに入れ知恵されたのだろう。急に口調が変わったのは、そのせいだったのだ」
「アキラにしろ初穂にしろ、あれにどんな意味があるんかねー?」
「さあな。だが、抱えた闇を隠すには、打ってつけなのだろう」
すっかり騙されたのは、俺も同じだ。
アキラはともかく、初穂に関してはまったく見抜けなかったんだからな。
そもそも誰も彼もが、次の雪客なぞ想定していなかった。
よくよく考えれば、生まれていてもおかしくなかったのに、雪客が雪客として顕れる事態を予想していなかったのだ。
アキラをもっての終結が自然であり、現にアキラはすべてを終わらせ逝った。
だからこそ、次代の雪客なんて発想は、誰のなかにもなかったんだ。
では、初穂の出現で、何か変わるだろうか?
答えは、ノー。
重要なのは、過去からの因縁を絶つことで、記憶(歴史)を永遠に葬ること。
ならば、アキラが最後であることに変わりはない。
突き詰めれば、新たな雪客が顕れようとも、何も問題ないってことになる。
アキラは逝き、これにて俺たちは終焉を迎えた。
燻る残り火は、俺の手で完全に消し去られるだろう。
そうして降ろすのだ。
永く続いた暗闇に、重い幕を張り巡らせる。
俺が戻ったことで、同胞たちの行く末は俺に託された。
彼らは、黙って従うだろう。
何の疑問も抱かずに、粛々と受け入れるだろう。
そうして、俺の手により、真の幕引きがなされる。
それが、最後の雪客に添う守人が務め。
まさに誉れともいえる役割は、今の俺が唯一縋れるものではないのか。
でなければ、どうしてムザムザ生き長らえる必要がある。
わかってる。
俺は、守人じゃない。
だけども、俺こそが真の守人たる想いが隠せなかった。
アキラを愛する俺が。
守人では抱けぬ情愛で、主を想う俺が。
矛盾の最たるモノが。
矛盾こそ正しき姿と認めてしまったのだ。
なんてこった。
最後の最後で、俺と守人の目的が、再度合致してしまった……。
異質な雪客に添う異端の守人は、主と同様に異質だったというわけか。
では、最後の雪客に添うべく、最後の守人には成り得るのだろうか?
自問自答の果てに出た答えは、イエスであり、ノーだった。
おかしな事を考えている。
仮にも継埜たる俺が、雪客(初穂)との対立を招きかねない答えを出すなんて。
そう、おかしいんだ。俺はまだ、壊れているらしい。
おそらく、間違っているのは、俺の方だ。
ならば、間違いは正さなければなるまい。
だが、すんなりと改めるには、俺の性根は歪みすぎていた。
「なぁ、アッキー」
馬鹿なことを思いついた。
この期に及んでも、俺は他者の選択に委ねようとしている。
「賭けを、しないか?」
「いいだろう」
説明もなしに即断するアッキーに、こちらこそ面食らった。
相も変わらずの潔さだな。
何事も即断即決が信条で、優柔不断な俺とは正反対だ。
アッキーがグダグダ悩み結論を出さなかったのは、藤村のことくらいじゃないか。
「説明は、不要かい?」
返ってきたのは、冷たい眼差し。
さすがに、駄目だったらしい。
「初穂に、会わせたい奴がいる」
「誰だ?」
「さぁ……?」
「俺には教えられないというわけか」
「違う違う。俺も知らないんだよ。そもそも、存在してるかどうかも怪しい人物だし」
茶化してるわけじゃない。
真剣に、俺にもわからないことだった。
「明日から探すよ。その結果次第かな」
あの女が姿を消して、どれくらい経っただろう。
あまりにもどうでもよくて、すっかりと忘れている。
だが、無事に生まれていたなら、初穂とそう変わらない年代じゃないかな。
「誰のことを言っている?」
「さてね」
男なのか女なのか、どこに居るのか何をしているのか、そもそも生きているのかも、わからない。知りたくもない。
俺の前に現れさえしなければ、否、アキラに存在が知られなければ、それでよかったってのに……。
「とりあえず、見つかったら連れてくるから、そのつもりでいてよ」
「了解した。で、何がどうなれば、俺の勝ちになる?」
「何も起きなかったら、俺の勝ちー」
「何が起きる?」
被せるような問いかけとともに、アッキーの気配が変わった。
初穂に災厄を招きかねない事態と、俺からの余計な手出しを警戒するそれに。
「俺が信じられねーの?」
「貴様が、信頼に値する人間か?」
「確かに」
「初穂が初穂のままであれば、怖れはしない。だが、今となっては、貴様は脅威となりかねん」
「戦争勃発? 長らく共存してたけど、初の試みだな」
「ふざけるな」
「ふざけてねーし、争うつもりもございません」
てっきり怒りだすかと思いきや、アッキーは手にしたグラスに口を付け、中の酒を数口啜った。
そして一呼吸置いてから、静かに尋ねてくる。
「貴様の真意はどこにある? 初穂をどうしたい?」
「できれば、俺と無関係なところで、人生を全うしてほしいね」
アッキーの、いかにも信じてませんて面に居た堪れなくなりそうだ。
長年の親友だってのに、そこまで信用がないのかよ。
「マジだってば」
「貴様は、こういったことで詰まらぬ嘘はつかん。わかってはいるが、事この件に関しては、貴様ほど信用できないモノはない」
「親バカ、いや、バカ親か」
実の子でもないのに、そこまで初穂の身を案じる必要はないだろ。
なんて、実の子であればこそ、できれば死んでて欲しいと願う俺が言うことじゃないか。
「なんとでも言え」
「信用できなかったらどうなのよ? ここで始末しとくか? そのほうが、後々面倒がなくなるよ」
「それはそれで、貴様を喜ばすだけとなりそうだ」
「じゃあ、どうする? 断る?」
「もとより、承諾済みだが」
「っ、……」