★キラキラ 蘖(ひこばえ)の章★
[アーちゃん■ねとげ]
本日何度目かの全力疾走に、さすがの俺も息切れが。
それでも必死で走って走って、さっきの1年に教えてもらった現場に向かう途中で、
「ア、アキラッ!!」
のんびりとした足取りで、こちらに向かって来るのは、アキラさんではないですか!
「アーちゃん、廊下を走ってはいけませんよ」
「はぁ、はぁ、そ、そんなこと、どうでもいいんだよ! な、殴られてないか!?」
「はぁ? 何を寝惚けてらっしゃるのですか?」
必死こいて息を整える中、返ってきたのは拍子抜けするくらい間抜けな返事だった。
「え、あれ? FCに連れてかれたんでしょ?」
「あぁ…」
「あぁ、って…」
妙に落ち着いてるアキラを前にして、慌ててる自分がバカらしくなってくる。
見たところ怪我もなさそうで、それには安心したけどね。
「心配させて申し訳ありません。ですが、風紀委員長まで連れて来る必要はなかったのでは?」
「へ? いいんちょ?」
何を言ってやがるんだと、アキラの視線を追って背後を振り返れば、あの風紀委員長が早足でこちらに向かってきていた。
さすがは風紀委員長、焦っていても走らないのね。
「FCに絡まれていたのは、君か?」
委員長は、まずは俺を見止め、続いてアキラに声をかけた。
「絡まれてはおりません。少しお話しをしていただけです」
「話?」
「はい」
職務柄なのか少々威圧めいて見えるが、アキラのことを心配している姿は、真面目な先輩そのものだ。
まさかこの人が、あのMMOを? はは、まさかねー。
どうみても、趣味は剣道です! て顔してるよな。
「無事ならいいんだが、一応風紀室に来てもらっても構わないか?」
「はい、分かりました」
委員長がチラリとこちらを見ました。
あ、俺も来いってことね。
そんなこんなで風紀室に出戻って、勧められるままに椅子に座ったら、目の前に差し出されたのはコーヒー。
驚いたことに、インスタントでもなければ、缶でもなかった。
簡易式ではあれど、ドリップしたコーヒーを出すあたり、なかなか気が利くじゃん。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「どもでーす」
「1-Sの佐藤晃に、高橋昭だな」
葛西風紀委員長が、俺たちの氏名を書類に記入していく。
ここに来るまでの道すがら、一応の状況説明はしといたけど、
「委員長、届けなど出しませんよ」
なのよね。
こいつは、何もされてはいないから、被害届は出さないって言い張ったのだ。
「そうは言うが、FCに警告されたんだろう? なら、被害届を出しておいたほうが安全だ。いざというとき護衛を付けることもできるし」
「はぁ!? 護衛って、なにそれ!?」
ひぇー、なんちゅう大げさな。
いや、しかし、護衛があったほうが安全は安全なわけだ。
今日のように俺がいないときもあるしな……つか、護衛が必要って、どんな学校だよ!
「護衛など必要ないです。そもそも警告などはされておりません。お話しをしていただけです」
「FCとお話しなんて、君、何気にすごいね」
口出ししてきたのは、さっきコーヒーを持ってきた委員で、燦然と輝くバッチから、副委員長だと知れた。
「多勢で取り囲まれていたんだろ? それでまともな話し合いをしてたとは考え難い。もしかして脅されているのか? だったら、」
「違います、脅されてなどおりません。本当にお話しをしていただけなのです。だから被害届など、提出する気はございません」
客観的にみたら、風紀委員長の言ってることが真実っぽいよな。
FCに警告されて、風紀に届ければ報復すると脅され、ビビッて届けることができない。うん、自然だ。
しかしだ、果たしてこのアキラさんが、そんなことにビビリますかね?
「ねぇねぇ、本人いいって言ってんだから、それでいいじゃん」
「しかしだな、」
「まぁまぁ、委員長。どうやら怖くて言えないって雰囲気でもなさそうですし、何も起こらなかったんだから、今回は彼の言うとおりでいいんじゃないっすか」
「副田! お前は仕事を増やしたくないだけだろっ」
「とんでもないっ、俺、仕事大好きっす」
「もういいじゃん。今日はギル戦あっから、早く帰りたいのよねー」
「ぎるせん?」
副田と呼ばれていた副委員長が、首を傾げる。
そういう反応する人は、多いね。
興味がなければ縁のない世界なわけだし、分からなくて当然だ。
「Sクラスのくせに、こんな平日にネトゲか、けしからん奴だな」
だというのに、風紀委員長のこの反応はなに?
「おや、委員長はネトゲをご存知ですか」
本人無意識での発言だったらしく、アキラに指摘されハッとした表情を浮かべたのち、驚くほど顔色を変えた。
「あ、いや、あ、その、なんだ…違うぞ! 断じて違うぞ! 俺はそんな物知らんぞっ!」
「今言ったじゃん…」
「委員長、ねとげってなんです?」
「ゲームが趣味と知られるくらい、問題ないのでは?」
「ゲーム…委員長、テレビゲームが好きなんですか?」
「違う、違う、違うぞ! 俺はMMOなぞやってはいない!」
おもいっきり自爆しちゃったよ。
生真面目を絵に描いたような男前委員長の趣味がMMOでは、確かに格好はつかない。
つかないけども! そこまで隠さなくてもいいんじゃないの。
ん? てことはだ、あのPCはこいつので間違いないわけ?
結局、届けを出すことはせず、コーヒーをご馳走になって終わった。
「人は見かけに寄らんね」
「ふふ、人それぞれ趣味がありますよ。ところで、本気で師匠を名乗るおつもりで?」
「ん? そりゃ先輩にお願いされたら、断るわけにいかないでしょ」
「先輩、ですか。既に呼び捨てにしておりましたが…」
「そりゃ弟子だもん。葛西先輩じゃおかしいでしょ」
「それですと、副委員長を"副ちゃん"呼ばわりする理由には、なりませんよね」
「細かいことは気にすんなって」
「はぁ…」
実はとんでもなくMMOにはまっていた葛西裕輔風紀委員長は、俺がやつのPCを買い中身を見たという事実に愕然としていた。
あまりPCには詳しくないようで、初期化云々を知らなかったんだって。
捨てるときは最低限初期化。
本当はハードをぶっ壊すくらいしてもいいんだと注意してやり、俺も同じゲームにはまってると教えてやったら、一気に話題は某MMOへ。
なんでも、いまだ中レベで、なかなかレベルが上がらないとか。
つか、正式サービス始まってそれほど経ってないんだから、そんなもんだろ。
俺が手伝ってやろうかと親切心を出したら、ぜひぜひなんて言ってきたから、マジうけたっての。
ついでに、俺のメインキャラとサブキャラが完ストしてるって教えてやったら、今度は尊敬の眼差しで見られたし、いやいや、ホント人は見かけに寄らないね。
副ちゃん――風紀副委員長――が、弟子にしてもらったらどうですか、なんて冗談を言ったときは、さすがに嫌そうな顔してたけど、すかさず俺が、いらないレア物譲ってやんよ~と言ったら、お願いしますときたもんだ。
本っっっ当に好きなんだなぁなんて、少し呆れちゃいました!
「ギル戦前に狩りもしたいし、今日の飯は早くすまそうね」
「了解です」
風紀室を出たあとは、アキラの日課となった猫の餌やりに裏山に向かう。
もちろん付いていきますよ。
ごたごたしてたから少し遅くなっちまったが、校庭をやや早足で歩き、いつもの道を進んでいく。
途中、前方にでかい背中を発見した。
ま、でかいつっても、俺たちよりでかいってだけで、あの書記のように本当にバカでかいわけじゃないけどね。
「佐藤」
俺たちの気配に気付き、こちらを振り向いたでかい背中の持ち主は、もちろんバ会長です。
にっこりと微笑むお姿は、本日も大変美しゅうございますね。
おやおや、少しの鼻の下が伸びてませんか? 気のせいですか、そうですか。
「会長様も今からですか?」
「ああ、やっと仕事が片付いたんでな。今日はすれ違うと思ってたんだが、遅かったんだな」
いつもは放課後になればすぐに裏山に行くけど、色々あったせいでかなり遅い時間になったからな。
会長が気にするのも当然だ。
「所用のため、この時間になってしまいました。ですが会長様と会えたのは、幸運でしたね」
幸運なんて言われて、バ会長はにやけきってます。
社交辞令という言葉を知らないようですね。
しかし、自分のFCがアキラを呼び出したなんて知ったら、このバ会長はどんな顔するんだろうな?
アキラに口止めされてっから、絶対言わないけどね。
会長の横に並び楽しそうに会話しながら歩くアキラの横を、俺は無言で歩いた。
なんかムカムカしてきて、今にも怒鳴りだしたくてしょうがない。
でもさ、ここで突然怒鳴ったら、俺って確実にヘンな人だよね。
ってことで、ガマンガマン。
なんとか自分を抑え込んで、無事に猫の待つ例の場所に到着。
早々に猫の食事を終わらせて、さっさと寮に戻るのが無難ですな。
「おや、先客がおられるようですよ」
ポッカリと空いたその場所は、いつもなら人気なんてまったくないはず。
だが今日は違ったみたいで、アキラの言うとおり、そこには既に誰かが待っていた。
FCだと推測して、警戒しながら近づいていく。
会長も同じように警戒しているのが感じ取れて、それで余計にムカついた。
アキラさんだけは、相も変わらずノホホンムードですけどね。
本日何度目かの全力疾走に、さすがの俺も息切れが。
それでも必死で走って走って、さっきの1年に教えてもらった現場に向かう途中で、
「ア、アキラッ!!」
のんびりとした足取りで、こちらに向かって来るのは、アキラさんではないですか!
「アーちゃん、廊下を走ってはいけませんよ」
「はぁ、はぁ、そ、そんなこと、どうでもいいんだよ! な、殴られてないか!?」
「はぁ? 何を寝惚けてらっしゃるのですか?」
必死こいて息を整える中、返ってきたのは拍子抜けするくらい間抜けな返事だった。
「え、あれ? FCに連れてかれたんでしょ?」
「あぁ…」
「あぁ、って…」
妙に落ち着いてるアキラを前にして、慌ててる自分がバカらしくなってくる。
見たところ怪我もなさそうで、それには安心したけどね。
「心配させて申し訳ありません。ですが、風紀委員長まで連れて来る必要はなかったのでは?」
「へ? いいんちょ?」
何を言ってやがるんだと、アキラの視線を追って背後を振り返れば、あの風紀委員長が早足でこちらに向かってきていた。
さすがは風紀委員長、焦っていても走らないのね。
「FCに絡まれていたのは、君か?」
委員長は、まずは俺を見止め、続いてアキラに声をかけた。
「絡まれてはおりません。少しお話しをしていただけです」
「話?」
「はい」
職務柄なのか少々威圧めいて見えるが、アキラのことを心配している姿は、真面目な先輩そのものだ。
まさかこの人が、あのMMOを? はは、まさかねー。
どうみても、趣味は剣道です! て顔してるよな。
「無事ならいいんだが、一応風紀室に来てもらっても構わないか?」
「はい、分かりました」
委員長がチラリとこちらを見ました。
あ、俺も来いってことね。
そんなこんなで風紀室に出戻って、勧められるままに椅子に座ったら、目の前に差し出されたのはコーヒー。
驚いたことに、インスタントでもなければ、缶でもなかった。
簡易式ではあれど、ドリップしたコーヒーを出すあたり、なかなか気が利くじゃん。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「どもでーす」
「1-Sの佐藤晃に、高橋昭だな」
葛西風紀委員長が、俺たちの氏名を書類に記入していく。
ここに来るまでの道すがら、一応の状況説明はしといたけど、
「委員長、届けなど出しませんよ」
なのよね。
こいつは、何もされてはいないから、被害届は出さないって言い張ったのだ。
「そうは言うが、FCに警告されたんだろう? なら、被害届を出しておいたほうが安全だ。いざというとき護衛を付けることもできるし」
「はぁ!? 護衛って、なにそれ!?」
ひぇー、なんちゅう大げさな。
いや、しかし、護衛があったほうが安全は安全なわけだ。
今日のように俺がいないときもあるしな……つか、護衛が必要って、どんな学校だよ!
「護衛など必要ないです。そもそも警告などはされておりません。お話しをしていただけです」
「FCとお話しなんて、君、何気にすごいね」
口出ししてきたのは、さっきコーヒーを持ってきた委員で、燦然と輝くバッチから、副委員長だと知れた。
「多勢で取り囲まれていたんだろ? それでまともな話し合いをしてたとは考え難い。もしかして脅されているのか? だったら、」
「違います、脅されてなどおりません。本当にお話しをしていただけなのです。だから被害届など、提出する気はございません」
客観的にみたら、風紀委員長の言ってることが真実っぽいよな。
FCに警告されて、風紀に届ければ報復すると脅され、ビビッて届けることができない。うん、自然だ。
しかしだ、果たしてこのアキラさんが、そんなことにビビリますかね?
「ねぇねぇ、本人いいって言ってんだから、それでいいじゃん」
「しかしだな、」
「まぁまぁ、委員長。どうやら怖くて言えないって雰囲気でもなさそうですし、何も起こらなかったんだから、今回は彼の言うとおりでいいんじゃないっすか」
「副田! お前は仕事を増やしたくないだけだろっ」
「とんでもないっ、俺、仕事大好きっす」
「もういいじゃん。今日はギル戦あっから、早く帰りたいのよねー」
「ぎるせん?」
副田と呼ばれていた副委員長が、首を傾げる。
そういう反応する人は、多いね。
興味がなければ縁のない世界なわけだし、分からなくて当然だ。
「Sクラスのくせに、こんな平日にネトゲか、けしからん奴だな」
だというのに、風紀委員長のこの反応はなに?
「おや、委員長はネトゲをご存知ですか」
本人無意識での発言だったらしく、アキラに指摘されハッとした表情を浮かべたのち、驚くほど顔色を変えた。
「あ、いや、あ、その、なんだ…違うぞ! 断じて違うぞ! 俺はそんな物知らんぞっ!」
「今言ったじゃん…」
「委員長、ねとげってなんです?」
「ゲームが趣味と知られるくらい、問題ないのでは?」
「ゲーム…委員長、テレビゲームが好きなんですか?」
「違う、違う、違うぞ! 俺はMMOなぞやってはいない!」
おもいっきり自爆しちゃったよ。
生真面目を絵に描いたような男前委員長の趣味がMMOでは、確かに格好はつかない。
つかないけども! そこまで隠さなくてもいいんじゃないの。
ん? てことはだ、あのPCはこいつので間違いないわけ?
結局、届けを出すことはせず、コーヒーをご馳走になって終わった。
「人は見かけに寄らんね」
「ふふ、人それぞれ趣味がありますよ。ところで、本気で師匠を名乗るおつもりで?」
「ん? そりゃ先輩にお願いされたら、断るわけにいかないでしょ」
「先輩、ですか。既に呼び捨てにしておりましたが…」
「そりゃ弟子だもん。葛西先輩じゃおかしいでしょ」
「それですと、副委員長を"副ちゃん"呼ばわりする理由には、なりませんよね」
「細かいことは気にすんなって」
「はぁ…」
実はとんでもなくMMOにはまっていた葛西裕輔風紀委員長は、俺がやつのPCを買い中身を見たという事実に愕然としていた。
あまりPCには詳しくないようで、初期化云々を知らなかったんだって。
捨てるときは最低限初期化。
本当はハードをぶっ壊すくらいしてもいいんだと注意してやり、俺も同じゲームにはまってると教えてやったら、一気に話題は某MMOへ。
なんでも、いまだ中レベで、なかなかレベルが上がらないとか。
つか、正式サービス始まってそれほど経ってないんだから、そんなもんだろ。
俺が手伝ってやろうかと親切心を出したら、ぜひぜひなんて言ってきたから、マジうけたっての。
ついでに、俺のメインキャラとサブキャラが完ストしてるって教えてやったら、今度は尊敬の眼差しで見られたし、いやいや、ホント人は見かけに寄らないね。
副ちゃん――風紀副委員長――が、弟子にしてもらったらどうですか、なんて冗談を言ったときは、さすがに嫌そうな顔してたけど、すかさず俺が、いらないレア物譲ってやんよ~と言ったら、お願いしますときたもんだ。
本っっっ当に好きなんだなぁなんて、少し呆れちゃいました!
「ギル戦前に狩りもしたいし、今日の飯は早くすまそうね」
「了解です」
風紀室を出たあとは、アキラの日課となった猫の餌やりに裏山に向かう。
もちろん付いていきますよ。
ごたごたしてたから少し遅くなっちまったが、校庭をやや早足で歩き、いつもの道を進んでいく。
途中、前方にでかい背中を発見した。
ま、でかいつっても、俺たちよりでかいってだけで、あの書記のように本当にバカでかいわけじゃないけどね。
「佐藤」
俺たちの気配に気付き、こちらを振り向いたでかい背中の持ち主は、もちろんバ会長です。
にっこりと微笑むお姿は、本日も大変美しゅうございますね。
おやおや、少しの鼻の下が伸びてませんか? 気のせいですか、そうですか。
「会長様も今からですか?」
「ああ、やっと仕事が片付いたんでな。今日はすれ違うと思ってたんだが、遅かったんだな」
いつもは放課後になればすぐに裏山に行くけど、色々あったせいでかなり遅い時間になったからな。
会長が気にするのも当然だ。
「所用のため、この時間になってしまいました。ですが会長様と会えたのは、幸運でしたね」
幸運なんて言われて、バ会長はにやけきってます。
社交辞令という言葉を知らないようですね。
しかし、自分のFCがアキラを呼び出したなんて知ったら、このバ会長はどんな顔するんだろうな?
アキラに口止めされてっから、絶対言わないけどね。
会長の横に並び楽しそうに会話しながら歩くアキラの横を、俺は無言で歩いた。
なんかムカムカしてきて、今にも怒鳴りだしたくてしょうがない。
でもさ、ここで突然怒鳴ったら、俺って確実にヘンな人だよね。
ってことで、ガマンガマン。
なんとか自分を抑え込んで、無事に猫の待つ例の場所に到着。
早々に猫の食事を終わらせて、さっさと寮に戻るのが無難ですな。
「おや、先客がおられるようですよ」
ポッカリと空いたその場所は、いつもなら人気なんてまったくないはず。
だが今日は違ったみたいで、アキラの言うとおり、そこには既に誰かが待っていた。
FCだと推測して、警戒しながら近づいていく。
会長も同じように警戒しているのが感じ取れて、それで余計にムカついた。
アキラさんだけは、相も変わらずノホホンムードですけどね。