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★キラキラ 蘖(ひこばえ)の章★

[御船■東峰様の]


佐藤君は、放課後一人でいたところを、僕たちに捕えられるようにして、空き教室に連れ込まれた。
すぐに神崎先輩たちが、罵声を浴びせる。
僕はといえば、黙って俯くだけだった。

「君さ、会長様の部屋に押しかけるなんて、厚かましすぎるんじゃないの」

「頭が良いからって、調子に乗りすぎだよ」

「まさか、会長様を誑かそうとか考えてないよね」

「地味顔のくせに、そんなこと考えてるの!?」

幹部たちの勝手な憶測を、さも事実のように受け止める神埼先輩。
どうしようもなく愚かな発想に、どんどん気が滅入っていく。

「こんな平凡で地味な子に、まさか会長様が誑かされたりしないでしょ」

「わかんないよ、体使って無理矢理既成事実作るかも」

「え、まさか君、そんなこと考えてるの!? 最低っ!」

幹部の戯言を、またもや神埼先輩は鵜呑みにし、佐藤君に軽蔑の眼差しを向ける。
多勢でたった一人を責める行為は、あまり好きじゃない。
それが理に適っていなければ、なおさらだ。
じゃあ、一昨日に僕が佐藤君にしたことはなんなのだと問われると、一概に彼らを責めることもできない。

「先輩方、仰りたいことはだいたい分かりました。少々整理をさせてください」

佐藤君への罵りが続くなか、当の本人が平然とした様子で言い出す。
その、怯えの色など一切ない耳触りのよい声に、なぜだか皆が押し黙った。
僕も、おもわず顔を上げていた。

「まず、先輩方は僕と会長様が親しくするのが気に入らない、そう仰っているのですね」

「そうだよ! 利用価値があるから会長様が優しくしてるだけなのに、ちょっと調子に乗りすぎだよ!」

「なるほど、で、僕が体を使って会長様を篭絡しようとしてる、そうも仰っておられましたね」

「そうだよ! 平凡地味顔のくせに、体使うとか最低だよ! この淫乱っ!」

物事を深く考えない神崎先輩が、事実でないことをさも事実のように口にする。
直情型では片付かない酷い言い様に、さすがに注意しようとしたとき、

「淫乱。情欲を欲しいままに振舞うことですね。僕も正常な男ですので、情欲がないとは言いません。とはいえ、いまだ未精通の体では、行為に至る勇気はなかなか持てませんがね」

「なっ、なっななな」

あっさりと、とんでもないことを告白した佐藤君に、僕はもちろん会員たちも動転しまくる。

「まぁ、体云々は別にしても、先ほどから皆様仰ってるように、僕は平凡で地味、つまりは冴えない容姿をしています。こんな僕に、あの美形会長様が誘惑されると、本気で考えているのでしょうか?」

「えっ、」

「皆さん実にお美しい方ばかりですが、そんな方々を差し置いて、どう見ても不細工の範疇であるこの僕が、会長様を誘惑できると本気で考えておいでですかと聞いているのです」

佐藤君が神崎先輩に詰め寄る。
下級生とは思えない凄みに、会員全体が気圧されてしまっていた。

「えっと、も、もしかして言いすぎた? えっと、…ご、ごめんね」

FC会長は、早々に陥落した。
幼稚で我儘な東峰雅人様FCの会長が、佐藤君に素直に頭を下げたのだ。
それに習い会員たちも、言い訳のような謝罪を口にしていく。
意外なんて言葉では片付けられない事態に、衝撃を受けているのは、たぶん僕だけじゃない。

「いいえ、分かっていただければそれで結構です。ところで僕から皆さんに質問したいのですが」

佐藤君がにっこりと微笑む。それに釣られて、皆の表情も緩まっていく。
一見穏やかな風景、すかさず佐藤君は神妙な面持ちで全員を見渡した。

「皆さんは、会長様のナニになりたいと望んでおられるのですか?」

唐突な質問に、皆がみな顔を見合わせた。

「僭越ながら、今のあなた方は単なるミーハーで傍迷惑なファンでしかない」

「なっ、」

大人しくなっていた会員が、一斉にどよめきたつ。
せっかく静まったのに、彼らの怒りに触れることを言うなんて、いったい何を考えてるんだ?

「テレビの向こうに存在する手の届かないアイドルに、ただ興奮し喚くだけ。アイドルと親しくする相手がいれば、その相手を貶めることで安心感を得る。そんな感情も、それを生業としている本物のアイドルに対してならば、ギリギリ許容の範囲内。ですが会長様は、決して手の届かない方ではございません。むしろ、ごく身近に存在している方なのです。あなた方が無闇矢鱈と攻撃をしかければ、彼にかかる迷惑は計り知れないものとなるでしょう。つまりあなた方は、崇拝する者に自分たちの尻拭いをさせることになるのですよ。そんなもの、傍迷惑としか言いようがない」

「なっ、僕たちをバカにしてるの!?」

「誰かを慕い集まることは、決して悪ではございません。ただ、どういった立場でいるかが大事なのです。もう一度お聞きします。あなた方は、会長様のナニになりたいのでしょうか?」

彼の言葉は、的確に僕たちを射抜いた。
決して嘲るわけでなく、ましてやFCという集団を侮ってるわけでもない真摯な態度に、神崎先輩ですらたじろいでしまったのだ。
ミーハーで浅はかな集団でしかないFCたちが、佐藤君に対して憤慨もみせず、思考の波に沈みこんでしまった事態にまたもや僕は愕然とした。
何も難しいことは言ってない。
ただ静かに語られただけのものに、それだけの重み、いや凄みがあったということだ。

当然それは、僕の内にも大きな波紋を作りあげた。
東峰様にとって、どういった存在になりたいのか、それは常々僕が思い悩んでいたことではないのか。
まだ明確な答えは見つからない。
だけど佐藤君の投じた一石が、確実に僕の心を揺さぶったのだ。

「先輩方は決して愚かではないと信じております。一度考えてみてください」

佐藤君は、どこまでも冷静だった。
そのまま一つ頭を下げて、

「では、友人を迎えに行きますので、これにて失礼させていただきます」

ゆっくりとした足取りで、教室を出て行く。
FCたちの誰一人として、その歩みを邪魔する者はいなかった。

神崎先輩が、解散と呟いた。
無言のまま、皆がそれに従う。
おそらく彼らの中にも、僕と同様の思いが湧きあがっているのだろう。

東峰様のナニになりたいのか……。

東峰様をただ眺めていたい。
それに満足できる人間は、多数いることだろう。
一歩進んで友人。
それを望む者もいるかもしれない。
そして、親友……恋人。
ただ体だけでもいいと考える者もいると思う。
特別な存在になれないならば、せめて…そう考えることは、決して悪いことではない。
黙ってそれに徹することができるならば。

だけど、僕は…? 僕はナニになりたいんだろう?
単に東峰様の傍にいたいだけ? それだけで満足?
分からない。
答えはもう出掛かっているのに、それがはっきりとした形にならない。

もう一度、佐藤君に会いたい。

寮に戻りかけていた足が、例のあの場所に向かって動き出していた。
きっと東峰様もおられるだろう。
僕の存在など無視されるかもしれない。それでもいい。

頭の中を整理しながら、あの裏山までの距離を、ゆっくりとできるだけの時間をかけ歩いた。
だけどそこには、誰も居ない。
もしかしたら、既に帰ってしまった後かもしれない。
時間をかけたことを後悔しながら、周辺を見渡してみる。

鬱蒼とした木々に目をやり、次に地面に視線を移したとき、それに気がついた。
黒い、小さな塊に……。
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