★キラキラ 蘖(ひこばえ)の章★
[東峰■御船]
佐藤が御船たちに忠告されてから二週間が経った。
最初の二日こそ、あいつの馬鹿さ加減に振り回されもしたが、その後は以前よりも親しげになったと言っていい。
開き直ると宣言しただけあり、目立つことはしないが、俺が部屋に誘っても断ることをしなかったんだからな。
実は、かなり不安な気持ちでメールしたんだが。
しかし、1人で来ると期待していたのに、まさか高橋を連れてくるとは予想しなかったことだぞ。
それだけ親しいということか……。
それにしてもあいつ、あの高橋某、中学生とは思えない威圧感をわずかながら放っていたような。
しかも、この俺に対し、なにかしら含みがあったような気も……まさか、あいつも佐藤を――なんじゃないだろうな!?
……落ち着け俺様、――とは、なんのことだ?
まただ、また理解不能な思考が溢れてきそうになった。
いつものように一旦それを抑え込み、大量に買い置きしている猫缶を手に、裏の空き地に向かう。
多少早足で向かえば、あっという間にいつもの場所が見えてくる。
おそらく、佐藤も来ていることだろう。
更に速度を速めれば、その場所に2体の影が見えてきた。
まさか、また高橋某じゃあるまいな!?
人物が特定できるほど近づけば、その予想が間違っていることに気が付く。
見えてきたのは、佐藤と……御船だ!
「ちゃんと、理解してくれなかったみたいだね!」
ややヒステリックに佐藤に迫る御船に、目を瞠った。
何が起こっているのかは、容易に想像がつく。
「先輩は…ひょっとして会長様の恋人ですか?」
御船を止めようと2人に近づいた俺の耳に届いたのは、またもや冷静に訳の分からんことをほざく佐藤の声だった。
「な、」
「もしそうでしたらお腹立ちも尤もかと。ですがご安心を、僕と会長様は単なる先輩と後輩で、」
パシンと軽い音がしたあと、佐藤が自分の頬に手を当てていた。
最悪だ。
「御船!」
「か、会長様っ」
大声で名を呼べば、慌てた様子の御船と、叩かれたことに驚いたのか、きょとんとした表情の佐藤がこちらを振り向いた。
「御船! てめぇ何してやがるっ!」
「こ、これはっ……」
「こ、これが平手打ちなのですね! 記憶にはありましたが、されたのは初めてです。結構痛いものですね」
見事なまでに能天気な佐藤のおかげで、俺の出鼻が挫かれたのは言うまでもない……。
「こんな体験ができたのも、御船先輩のお陰です。ありがとうございました」
的外れな佐藤の一礼。御船はどうしていいか分からずに、あたふたと困惑している。
俺も似たようなもんだがな。
「あ、食事が終わったようです。先輩、お話の途中ですが、先に缶の回収を済ませてきますね。少々お待ちください」
本当に、どこまでも馬鹿な奴だ。
結局、御船は逃げるようにして、この場を去った。
引きとめようとした佐藤に、少々呆れてしまったが。
こいつは、自分がされたことを理解してないんじゃねぇか?
「おい、見せてみろ」
顎に指をあて、軽く上に向ける。
頬が少し紅くなってはいるが、たいしたことはなさそうだ。
しかし、佐藤の絹のような頬に、赤みを残すなど我慢ならない。
「冷やしてやるから、部屋に来い」
「大丈夫です。もう全然痛くないですよ」
「いいから、来い」
「もうすぐ夕飯の時間なので、部屋に戻らないと、あの、自分でできますから」
グダグダ言う佐藤を寮まで引きずり、有無を言わさず俺の部屋に連れこんだ。
残念ながら、俺の部屋には湿布などの類はないから、タオルを冷やして頬に当ててやる。
ここまで来れば逆らっても仕方ないと観念したのか、佐藤は大人しくされるがままになっていた。
「本当に、もう平気なんですが」
まだ少しだけ残る赤みに、再度冷やしたタオルを宛がう。
「あの、御船先輩は、会長様の恋人ですか?」
今、なんと言った?
「あ、違うのでしょうか? では、FCに恋人がおられるとか」
「断じて恋人なんかじゃねぇぞ! だいたい俺にはそんなもんいねぇ!」
「ひゃっ! そ、そうですか、それは、失礼な、ことを」
いかん、思わず怒鳴ってしまった。
シュンと下を向いてしまった佐藤の顔を上に向かせる。
「すまない、怒鳴るつもりはなかったんだ」
「はぁ」
怒鳴られたのがショックだったのか、佐藤はビクついていた。
こいつは、変なところで冷静で肝も据わっているくせに、たまにとてつもなく臆病になる。
そっとタオルを外せば、赤みのほうは引いていて、元の白い肌に戻っていた。
冷たくなった頬を指で辿ると、擽ったいのか佐藤が首を竦める。
そうして気がつけば、俺の目前には小さな唇があった。
佐藤はきょとんと目を見開き、俺を見詰め……。
まるで口付けしそうなほどに近づいていたことに気づき、慌てて身を離した。
「会長様?」
「あ、いや、もう大丈夫だ。腫れも引いたようだし……」
「はい、もう痛みもないです。ありがとうございました」
俺は今、何をしようとしていたんだ?
「あ、そろそろ失礼いたしますね。あまり遅くなると、アーちゃんに怒られてしまいますので」
いつもとなんら変わらぬ微笑を浮かべた佐藤に、どこか救われたような気分になる。それと同時に、失望に似た感情も湧いてきてはいたが。
こいつは、さっきの俺の行動に、何も感じてはいないんだ。
いや、しかし、それも当然か。
まだたった12歳の子供に、そんなこと理解なんてできねぇよな……っつか俺! いったい何をしようとしてたんだ!?
佐藤が御船たちに忠告されてから二週間が経った。
最初の二日こそ、あいつの馬鹿さ加減に振り回されもしたが、その後は以前よりも親しげになったと言っていい。
開き直ると宣言しただけあり、目立つことはしないが、俺が部屋に誘っても断ることをしなかったんだからな。
実は、かなり不安な気持ちでメールしたんだが。
しかし、1人で来ると期待していたのに、まさか高橋を連れてくるとは予想しなかったことだぞ。
それだけ親しいということか……。
それにしてもあいつ、あの高橋某、中学生とは思えない威圧感をわずかながら放っていたような。
しかも、この俺に対し、なにかしら含みがあったような気も……まさか、あいつも佐藤を――なんじゃないだろうな!?
……落ち着け俺様、――とは、なんのことだ?
まただ、また理解不能な思考が溢れてきそうになった。
いつものように一旦それを抑え込み、大量に買い置きしている猫缶を手に、裏の空き地に向かう。
多少早足で向かえば、あっという間にいつもの場所が見えてくる。
おそらく、佐藤も来ていることだろう。
更に速度を速めれば、その場所に2体の影が見えてきた。
まさか、また高橋某じゃあるまいな!?
人物が特定できるほど近づけば、その予想が間違っていることに気が付く。
見えてきたのは、佐藤と……御船だ!
「ちゃんと、理解してくれなかったみたいだね!」
ややヒステリックに佐藤に迫る御船に、目を瞠った。
何が起こっているのかは、容易に想像がつく。
「先輩は…ひょっとして会長様の恋人ですか?」
御船を止めようと2人に近づいた俺の耳に届いたのは、またもや冷静に訳の分からんことをほざく佐藤の声だった。
「な、」
「もしそうでしたらお腹立ちも尤もかと。ですがご安心を、僕と会長様は単なる先輩と後輩で、」
パシンと軽い音がしたあと、佐藤が自分の頬に手を当てていた。
最悪だ。
「御船!」
「か、会長様っ」
大声で名を呼べば、慌てた様子の御船と、叩かれたことに驚いたのか、きょとんとした表情の佐藤がこちらを振り向いた。
「御船! てめぇ何してやがるっ!」
「こ、これはっ……」
「こ、これが平手打ちなのですね! 記憶にはありましたが、されたのは初めてです。結構痛いものですね」
見事なまでに能天気な佐藤のおかげで、俺の出鼻が挫かれたのは言うまでもない……。
「こんな体験ができたのも、御船先輩のお陰です。ありがとうございました」
的外れな佐藤の一礼。御船はどうしていいか分からずに、あたふたと困惑している。
俺も似たようなもんだがな。
「あ、食事が終わったようです。先輩、お話の途中ですが、先に缶の回収を済ませてきますね。少々お待ちください」
本当に、どこまでも馬鹿な奴だ。
結局、御船は逃げるようにして、この場を去った。
引きとめようとした佐藤に、少々呆れてしまったが。
こいつは、自分がされたことを理解してないんじゃねぇか?
「おい、見せてみろ」
顎に指をあて、軽く上に向ける。
頬が少し紅くなってはいるが、たいしたことはなさそうだ。
しかし、佐藤の絹のような頬に、赤みを残すなど我慢ならない。
「冷やしてやるから、部屋に来い」
「大丈夫です。もう全然痛くないですよ」
「いいから、来い」
「もうすぐ夕飯の時間なので、部屋に戻らないと、あの、自分でできますから」
グダグダ言う佐藤を寮まで引きずり、有無を言わさず俺の部屋に連れこんだ。
残念ながら、俺の部屋には湿布などの類はないから、タオルを冷やして頬に当ててやる。
ここまで来れば逆らっても仕方ないと観念したのか、佐藤は大人しくされるがままになっていた。
「本当に、もう平気なんですが」
まだ少しだけ残る赤みに、再度冷やしたタオルを宛がう。
「あの、御船先輩は、会長様の恋人ですか?」
今、なんと言った?
「あ、違うのでしょうか? では、FCに恋人がおられるとか」
「断じて恋人なんかじゃねぇぞ! だいたい俺にはそんなもんいねぇ!」
「ひゃっ! そ、そうですか、それは、失礼な、ことを」
いかん、思わず怒鳴ってしまった。
シュンと下を向いてしまった佐藤の顔を上に向かせる。
「すまない、怒鳴るつもりはなかったんだ」
「はぁ」
怒鳴られたのがショックだったのか、佐藤はビクついていた。
こいつは、変なところで冷静で肝も据わっているくせに、たまにとてつもなく臆病になる。
そっとタオルを外せば、赤みのほうは引いていて、元の白い肌に戻っていた。
冷たくなった頬を指で辿ると、擽ったいのか佐藤が首を竦める。
そうして気がつけば、俺の目前には小さな唇があった。
佐藤はきょとんと目を見開き、俺を見詰め……。
まるで口付けしそうなほどに近づいていたことに気づき、慌てて身を離した。
「会長様?」
「あ、いや、もう大丈夫だ。腫れも引いたようだし……」
「はい、もう痛みもないです。ありがとうございました」
俺は今、何をしようとしていたんだ?
「あ、そろそろ失礼いたしますね。あまり遅くなると、アーちゃんに怒られてしまいますので」
いつもとなんら変わらぬ微笑を浮かべた佐藤に、どこか救われたような気分になる。それと同時に、失望に似た感情も湧いてきてはいたが。
こいつは、さっきの俺の行動に、何も感じてはいないんだ。
いや、しかし、それも当然か。
まだたった12歳の子供に、そんなこと理解なんてできねぇよな……っつか俺! いったい何をしようとしてたんだ!?