平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-
[平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-7]
朝から、かなり疲労しました。
利香は散々アーちゃんに甘え、友達が迎えにきたら今度はその友人たちも交えてアーちゃんをネタに騒ぐものだから、本当に大変だったんだよ。
アーちゃんが愛想よく相手するもんだから、子供たちが調子付く調子付く。
でも、それもこれも僕の妹だからなんだと、それを知っているから、アーちゃんへの感謝が増すばかりだった。
昨日通った道を逆に辿り、賑やかな都心に出れば、街中に溢れるほどの人人人。
それでも街全体が大きいことから、窮屈さは感じない。
それよりも、縦にばかり伸びたビル郡を下から見上げた圧迫感のほうがすごかった。
「時間まで、かなりあるね」
「うん、そうだね」
「どっか行きたいとこある?」
「うーん、と、本屋に行きたいかな」
「本屋ね、了解」
アーちゃんが連れて行ってくれたのは、ビル全体が本屋という大規模な本屋さんだった。
分野ごとに階が分かれてるから、待ち合わせ時間と場所を決め、別れて探すことにした。
僕は小説だから上のほうの階へ、アーちゃんは下の階をブラブラするとのことだ。
「それじゃ、あとでね」
「はいはい」
大規模なだけあって、本の数は膨大だ。
目移りするほどの量のなか、じっくりと興味を引く本を探す。
図書室で借りることが多いけど、たまには購入することもある。
そういう本は、たいてい好きな作家のものと決まっていた。
「この人は、新刊出てないのかぁ……あ、こっちの続き出てる」
目に付いた本を手にとって、帯を読みあらすじを見、あとがきもチェックして中身をパラパラと捲る。
面白そうなものは手に持ったまま次の本を探し、そうしてかなりの時間を費やしてから、ようやく二冊の購入を決めた。
本の精算も各階ですることになってるから、そのままレジに向かいお金を支払う。
「ありがとうございました」
カバーをしてもらった本をバッグにいれ、階段を下に向かって降りて行くことにした。
エレベーターがあるけど、ついでに他の階も見たいしね。
フロアをチラチラと覗きながら降りて行けば、閑散としてるフロアに到着した。
参考書なんかが置いてある階だ。
特に興味もないことから、足早に次の階を目指すつもりだったけど、ふと目をひいた人影に足を止めた。
棚の前に腕組しながら立つ姿、それは紛れもなくアーちゃんだった。
フロア内に人はほとんどいないから、見つけたとしてもおかしくはない。
だけど、何も意識せず、あまつさえ通り過ぎようとしていたのに、それでもアーちゃんに目が留まったことが、なんとなく不思議だった。
アーちゃんは、僕がしていたように本を手に取り捲っては棚に戻し、また別の本を取っては中身を確認して、ということを繰り返していた。
やがて別の棚に向かい、また同じ作業。
どうってことないことをしてるのに、どうしてこんなにも目をひくんだろう?
身長のせい? 茶髪のせい? 手足が長いからかなぁ……。
暫く眺めていると、アーちゃんがレジに向かった。
なんとなくその後についていくと、急にアーちゃんが立ち止まる。
「さっきから、なにやってんの?」
「え、あれ、気付いてた?」
「そりゃ、気付くでしょ、ジロジロ見られてたら」
「あはは、ごめん」
「で、もう用は済んだの?」
「うん、欲しい本は買ったよ。アーちゃんはそれ買うの?」
「買うから持ってるんでしょ」
「だよねー」
えへへと、ごまかすように頭を掻く。
アーちゃんは赤い表紙の分厚い本をレジに出し、さっさと精算した。
これって、有名な赤本だよね。
「ねぇアーちゃん、それって、」
「次は?」
「え、次?」
「時間、まだあるでしょ。次はどこ行く?」
「あ、そか、うーん、そうだね……どうしよう?」
全然考えてなかった。
そもそも店とかあまり詳しくないし。
困ったなとアーちゃんを見詰めたら、アーちゃんはニヤリと笑って、
「適当にブラブラすっか」
と、提案してくれた。
◆
裕輔さんや藤村先輩と歩いたとき、視線の多さにさもありなんという感じだった。
だって、彼らは学園のアイドル様なんだもの。
容姿端麗、イケメン、とにかく類稀なるその姿で、人々の注目を浴びるのは当然だと受け止めていた。
だけど、今回はちょっと違う気がする。
思い返してみれば、アーちゃんと二人っきりで出かけるなんて、あまりないことではないだろうか。
たいていアキかアッキーが一緒にいるし、出かける場所も学園のある市内くらいだ。
別行動をとることはしょっちゅうで、時間にして些細なものだった。
現在、最大の都市部に数え上げられる街を、アーちゃんと並んで歩いていて、チラチラ送られる視線たちが気になって気になってしょうがない。
人の多さに対し、きっとそれほど多くはない。
だけど、ある。確実にいくつかはある。
わざわざ振り返って二度見する人までいる。というか、もっと遠慮してよね。場合によっては失礼にあたるよ。
もちろん彼らは、僕を見てるわけじゃない。
頭一つ分は下にいる僕を華麗に素通りしていく視線に、なんとなくイラだった。
先輩たちと一緒のときには、感じなかったものだ。
おかしい。おかしいよ。いったい彼らは何を見てるんだ。
なんて、そんなことはちゃんと分かってるよ。
いくら僕でも、そこまで鈍くないもの。
隣りに並ぶ人を、そっと見上げた。
少し前は、もっと下にあった形のいい小さな顔、すっきり伸びた首筋に纏わりつく後れ毛、いまやがっしりと男らしくなった肩、胸板、そのくせとても細く見える。
腰なんか、もろそんな感じだ。
こういうのなんて言ったっけ? えっと、着痩せ? そう着痩せするタイプだ。
僕とは正反対の意味だよね。
なんだろう?
胸の奥からフツフツと込み上げるこの感情は、いったいなんなんだろう?
裕輔さんだって素晴らしい体型をしている。
外見なんか言うに及ばずだし、全部が全部目を瞠るほどに綺麗だけど、こんな気持ちを抱いたことはなかった。
ただ、素敵だなって感じ入るだけ。
だというのに、アーちゃん相手には、そうはならない。
なんなんだろう、この差は。
さり気なく車道側を陣取って、僕の歩幅に合わせて歩き、うっかりとぶつかりそうになる僕を腕を掴んで誘導して……って、僕は子供か!
なにからなにまでソツがない。
僕が女性なら、コロッといってるよ。
「アッくん?」
急に足を止めた僕に、アーちゃんが心配そうに声をかけてくる。
「疲れた?」
優しい問いかけ。
たぶん彼の頭の中では、近辺のお店がリストアップされてることだろう。
「アイス、食べたい」
「アイス? アイスね、じゃあ、」
「ここで、食べたい」
道の真ん中。
だけど比較的広い場所には、妙なオブジェや植垣なんかがたくさんあって、そこらじゅうに座り込んでる人たちがいた。
だから僕の提案も、そうおかしなことではない。
ただ、アイスが売ってるかは分からないけど。
「了解、ちょっと待ってて」
「え?」
聞き返す前にアーちゃんは既に走っていて、上手く人を避けながら、あっという間に人ごみの中に消えて行った。
ど、どうしよう、どこに行ったんだろう……。
追いかけようかどうしようか悩んで、結局その場から動けずにいたら、アーちゃんが今度はこっちに向かって走ってくるのが見えた。
両手には、ソフトクリームを持っている。
わざわざ買いに行ってくれたんだ。
「チョコでいい?」
軽く息切れして、片手を差し出す。
少し震える手で、たっぷりのアイスの乗ったコーンを受け取った。
僕の単なる思い付きを、即座に叶えてくれたアーちゃんに、嬉しいという気持ちばかりが先走る。
「あ、あの、あ、ありがと…」
「600円ね」
「はぁ!?」
「はぁ!? じゃねーっつの。600円」
「な、なななな」
もちろん、払うつもりでいたよ。
だけどね、だけどさ、言い方ってものがあるよね。あと、タイミング!
うううう、やっぱりアーちゃんは、アーちゃんだよ!
片手にアイスを持ちながら、バッグから財布を取り出し、小銭を取り出そうとしたところでふと思い立つ。
「ねぇ、本当に600円もしたの?」
「……500円」
「もうっ、……500円だね」
100円玉の枚数を確認しながら、そこでまた思いついたことを口にした。
「本当に、500円?」
「……450」
「アーちゃんっ!」
「400……350」
「オークションじゃないんだよ!」
当たり前のツッコミに、アーちゃんが大笑いしながら、道の端に僕を移動させた。
腰掛けられそうな場所があったから、そのまま二人で座る。
「いいよ、俺のおごり」
「え、でも」
「いいって、いいって」
軽く言われたから、あまり遠慮するのもどうかと思い、その言葉に甘えさせてもらった。
「ねぇ、アーちゃんのはバニラ?」
甘く冷たいチョコアイスに舌鼓を打ちながら、隣りのアイスを気にするなんて、食いしん坊と言われても仕方ない。
でも、他の人が食べてるものって気にならない?
「チーズケーキ」
「へぇ、美味しそう」
どうぞ、とばかりに僕の口元に寄せられたアイスに、これまた遠慮なくかぶりついた。
「ちょっと、食いすぎっ」
「いいじゃないか、これくらい」
目一杯大きく開けた一口は、それでも限界がある。
たいして奪えなかったのが、心残りだ。
「あっ」
当然ながら反撃があるわけで、僕の腕を無理矢理引き寄せたアーちゃんが、そのままチョコをがぶりと奪っていきました。
「もうっ、僕よりも多いじゃないかっ」
「何事も倍返しは基本でしょ」
「そんな基本知らないよっ」
「何言ってんの。婚約破棄すりゃ結納金の倍返し、ごねたら三倍。常識よ」
「なんの話だよ」
「葛西と婚約したあとの注意事項を、少し」
「もうっ、バカじゃないの!」
朝から、かなり疲労しました。
利香は散々アーちゃんに甘え、友達が迎えにきたら今度はその友人たちも交えてアーちゃんをネタに騒ぐものだから、本当に大変だったんだよ。
アーちゃんが愛想よく相手するもんだから、子供たちが調子付く調子付く。
でも、それもこれも僕の妹だからなんだと、それを知っているから、アーちゃんへの感謝が増すばかりだった。
昨日通った道を逆に辿り、賑やかな都心に出れば、街中に溢れるほどの人人人。
それでも街全体が大きいことから、窮屈さは感じない。
それよりも、縦にばかり伸びたビル郡を下から見上げた圧迫感のほうがすごかった。
「時間まで、かなりあるね」
「うん、そうだね」
「どっか行きたいとこある?」
「うーん、と、本屋に行きたいかな」
「本屋ね、了解」
アーちゃんが連れて行ってくれたのは、ビル全体が本屋という大規模な本屋さんだった。
分野ごとに階が分かれてるから、待ち合わせ時間と場所を決め、別れて探すことにした。
僕は小説だから上のほうの階へ、アーちゃんは下の階をブラブラするとのことだ。
「それじゃ、あとでね」
「はいはい」
大規模なだけあって、本の数は膨大だ。
目移りするほどの量のなか、じっくりと興味を引く本を探す。
図書室で借りることが多いけど、たまには購入することもある。
そういう本は、たいてい好きな作家のものと決まっていた。
「この人は、新刊出てないのかぁ……あ、こっちの続き出てる」
目に付いた本を手にとって、帯を読みあらすじを見、あとがきもチェックして中身をパラパラと捲る。
面白そうなものは手に持ったまま次の本を探し、そうしてかなりの時間を費やしてから、ようやく二冊の購入を決めた。
本の精算も各階ですることになってるから、そのままレジに向かいお金を支払う。
「ありがとうございました」
カバーをしてもらった本をバッグにいれ、階段を下に向かって降りて行くことにした。
エレベーターがあるけど、ついでに他の階も見たいしね。
フロアをチラチラと覗きながら降りて行けば、閑散としてるフロアに到着した。
参考書なんかが置いてある階だ。
特に興味もないことから、足早に次の階を目指すつもりだったけど、ふと目をひいた人影に足を止めた。
棚の前に腕組しながら立つ姿、それは紛れもなくアーちゃんだった。
フロア内に人はほとんどいないから、見つけたとしてもおかしくはない。
だけど、何も意識せず、あまつさえ通り過ぎようとしていたのに、それでもアーちゃんに目が留まったことが、なんとなく不思議だった。
アーちゃんは、僕がしていたように本を手に取り捲っては棚に戻し、また別の本を取っては中身を確認して、ということを繰り返していた。
やがて別の棚に向かい、また同じ作業。
どうってことないことをしてるのに、どうしてこんなにも目をひくんだろう?
身長のせい? 茶髪のせい? 手足が長いからかなぁ……。
暫く眺めていると、アーちゃんがレジに向かった。
なんとなくその後についていくと、急にアーちゃんが立ち止まる。
「さっきから、なにやってんの?」
「え、あれ、気付いてた?」
「そりゃ、気付くでしょ、ジロジロ見られてたら」
「あはは、ごめん」
「で、もう用は済んだの?」
「うん、欲しい本は買ったよ。アーちゃんはそれ買うの?」
「買うから持ってるんでしょ」
「だよねー」
えへへと、ごまかすように頭を掻く。
アーちゃんは赤い表紙の分厚い本をレジに出し、さっさと精算した。
これって、有名な赤本だよね。
「ねぇアーちゃん、それって、」
「次は?」
「え、次?」
「時間、まだあるでしょ。次はどこ行く?」
「あ、そか、うーん、そうだね……どうしよう?」
全然考えてなかった。
そもそも店とかあまり詳しくないし。
困ったなとアーちゃんを見詰めたら、アーちゃんはニヤリと笑って、
「適当にブラブラすっか」
と、提案してくれた。
◆
裕輔さんや藤村先輩と歩いたとき、視線の多さにさもありなんという感じだった。
だって、彼らは学園のアイドル様なんだもの。
容姿端麗、イケメン、とにかく類稀なるその姿で、人々の注目を浴びるのは当然だと受け止めていた。
だけど、今回はちょっと違う気がする。
思い返してみれば、アーちゃんと二人っきりで出かけるなんて、あまりないことではないだろうか。
たいていアキかアッキーが一緒にいるし、出かける場所も学園のある市内くらいだ。
別行動をとることはしょっちゅうで、時間にして些細なものだった。
現在、最大の都市部に数え上げられる街を、アーちゃんと並んで歩いていて、チラチラ送られる視線たちが気になって気になってしょうがない。
人の多さに対し、きっとそれほど多くはない。
だけど、ある。確実にいくつかはある。
わざわざ振り返って二度見する人までいる。というか、もっと遠慮してよね。場合によっては失礼にあたるよ。
もちろん彼らは、僕を見てるわけじゃない。
頭一つ分は下にいる僕を華麗に素通りしていく視線に、なんとなくイラだった。
先輩たちと一緒のときには、感じなかったものだ。
おかしい。おかしいよ。いったい彼らは何を見てるんだ。
なんて、そんなことはちゃんと分かってるよ。
いくら僕でも、そこまで鈍くないもの。
隣りに並ぶ人を、そっと見上げた。
少し前は、もっと下にあった形のいい小さな顔、すっきり伸びた首筋に纏わりつく後れ毛、いまやがっしりと男らしくなった肩、胸板、そのくせとても細く見える。
腰なんか、もろそんな感じだ。
こういうのなんて言ったっけ? えっと、着痩せ? そう着痩せするタイプだ。
僕とは正反対の意味だよね。
なんだろう?
胸の奥からフツフツと込み上げるこの感情は、いったいなんなんだろう?
裕輔さんだって素晴らしい体型をしている。
外見なんか言うに及ばずだし、全部が全部目を瞠るほどに綺麗だけど、こんな気持ちを抱いたことはなかった。
ただ、素敵だなって感じ入るだけ。
だというのに、アーちゃん相手には、そうはならない。
なんなんだろう、この差は。
さり気なく車道側を陣取って、僕の歩幅に合わせて歩き、うっかりとぶつかりそうになる僕を腕を掴んで誘導して……って、僕は子供か!
なにからなにまでソツがない。
僕が女性なら、コロッといってるよ。
「アッくん?」
急に足を止めた僕に、アーちゃんが心配そうに声をかけてくる。
「疲れた?」
優しい問いかけ。
たぶん彼の頭の中では、近辺のお店がリストアップされてることだろう。
「アイス、食べたい」
「アイス? アイスね、じゃあ、」
「ここで、食べたい」
道の真ん中。
だけど比較的広い場所には、妙なオブジェや植垣なんかがたくさんあって、そこらじゅうに座り込んでる人たちがいた。
だから僕の提案も、そうおかしなことではない。
ただ、アイスが売ってるかは分からないけど。
「了解、ちょっと待ってて」
「え?」
聞き返す前にアーちゃんは既に走っていて、上手く人を避けながら、あっという間に人ごみの中に消えて行った。
ど、どうしよう、どこに行ったんだろう……。
追いかけようかどうしようか悩んで、結局その場から動けずにいたら、アーちゃんが今度はこっちに向かって走ってくるのが見えた。
両手には、ソフトクリームを持っている。
わざわざ買いに行ってくれたんだ。
「チョコでいい?」
軽く息切れして、片手を差し出す。
少し震える手で、たっぷりのアイスの乗ったコーンを受け取った。
僕の単なる思い付きを、即座に叶えてくれたアーちゃんに、嬉しいという気持ちばかりが先走る。
「あ、あの、あ、ありがと…」
「600円ね」
「はぁ!?」
「はぁ!? じゃねーっつの。600円」
「な、なななな」
もちろん、払うつもりでいたよ。
だけどね、だけどさ、言い方ってものがあるよね。あと、タイミング!
うううう、やっぱりアーちゃんは、アーちゃんだよ!
片手にアイスを持ちながら、バッグから財布を取り出し、小銭を取り出そうとしたところでふと思い立つ。
「ねぇ、本当に600円もしたの?」
「……500円」
「もうっ、……500円だね」
100円玉の枚数を確認しながら、そこでまた思いついたことを口にした。
「本当に、500円?」
「……450」
「アーちゃんっ!」
「400……350」
「オークションじゃないんだよ!」
当たり前のツッコミに、アーちゃんが大笑いしながら、道の端に僕を移動させた。
腰掛けられそうな場所があったから、そのまま二人で座る。
「いいよ、俺のおごり」
「え、でも」
「いいって、いいって」
軽く言われたから、あまり遠慮するのもどうかと思い、その言葉に甘えさせてもらった。
「ねぇ、アーちゃんのはバニラ?」
甘く冷たいチョコアイスに舌鼓を打ちながら、隣りのアイスを気にするなんて、食いしん坊と言われても仕方ない。
でも、他の人が食べてるものって気にならない?
「チーズケーキ」
「へぇ、美味しそう」
どうぞ、とばかりに僕の口元に寄せられたアイスに、これまた遠慮なくかぶりついた。
「ちょっと、食いすぎっ」
「いいじゃないか、これくらい」
目一杯大きく開けた一口は、それでも限界がある。
たいして奪えなかったのが、心残りだ。
「あっ」
当然ながら反撃があるわけで、僕の腕を無理矢理引き寄せたアーちゃんが、そのままチョコをがぶりと奪っていきました。
「もうっ、僕よりも多いじゃないかっ」
「何事も倍返しは基本でしょ」
「そんな基本知らないよっ」
「何言ってんの。婚約破棄すりゃ結納金の倍返し、ごねたら三倍。常識よ」
「なんの話だよ」
「葛西と婚約したあとの注意事項を、少し」
「もうっ、バカじゃないの!」