平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-
[平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-6]
まだ起きてようとする利香を無理矢理自室に追いやったのは、高校生からすればまだまだ早い時間帯。
だけど意外なほど疲れていた僕は、早々に就寝することにした。
アーちゃんもそれに合わせてくれて、なんだか申し訳ない気がしたけど、今日はもう本当に無理だったんだ。
だから利香が寝たあとすぐ、二階にある僕の部屋に移動して、僕はベッドで、アーちゃんは布団を敷いて、早めの眠りについたのだった。
早朝、目覚ましが鳴る前に起きだして、ベッドの下で寝てるアーちゃんを起こさないように部屋を抜け出した。
利香を起こす前に、朝食を作ってしまおう。
味噌汁に玉子焼きと塩鮭というオーソドックスな朝の献立を頭の中に浮かべながら、階段を静かに降りて行く。
リビングのカーテンを全開にして、よく晴れてることを確認してから、冷蔵庫に手をかけた。
「あれ? もう起きたの?」
ふとリビングの入り口を見れば、利香が眠そうに目を擦りながら立っていた。
「うん、利香も、お手伝いする」
「いいよ、もうちょっと寝てなよ」
プルプルと頭を横に振り、利香がフラフラと洗面所を目指した。
いつもギリギリまで寝てるくせに、珍しいことがあるもんだ。
もしかしたら、今日は大雨かな。
顔を洗ってきた利香が、本当に手伝うつもりだと知り、朝から何度も驚愕しながら、それでも味噌汁を担当してもらうことにした。
「へー、本当に、ちょっとは手伝ってたんだ」
「もう、失礼よ」
豆腐を掌の上で切る姿は、兄としては感動巨編物以上に感動する光景だった。
見てて怖いものはあったけど、やってたというのが嘘じゃなかった証だものね。
「玉子は、巻けるの?」
「……」
この無言は、否定と捉えていいんだよね。
だったらと、利香の目の前でゆっくりと玉子焼きを作っていくことにした。
利香は興味津々に覗き込んでいて、やはり女の子なのだと実感する。
「ちょっとやらせて」
「いいよ」
利香の手を取って、丁寧に教える。
若干焦げてきたけど、まぁ、これくらいは許容範囲だろう。
そういえば、僕も最初はこういう風に教えてもらった。
母に、ではなく、祖母にだ。
利香が生まれるまで母は働いていて、家の中のことは祖母がやってくれていた。
僕の面倒も、なにもかも。
そうして自然と、一緒に料理するようになったんだっけ。
利香と二人で、一人でするよりも多大な時間をかけて、朝食の準備を終わらせた。
アーちゃんが起きてくる気配はなく、こういうときでもいつも通りのマイペースさに頭が下がる。
「利香が起こしてくるっ」
「ダメッ、あ、違う、無理っ」
「えー」
咄嗟にダメと出てしまったけど、これは自覚した独占欲から出た言葉ではない。
アーちゃんを起こす起こさないで妬いたりするなんて、はっきり言って気持ち悪い。
そういうのじゃなくて、利香では起こせないと考えたんだ。
居候してるときに経験したけど、アーちゃんの寝起きは結構悪い。
昨夜は早く寝たからマシだろうけども、利香に任せて安心とは言い切れないのだ。
ドンドンと大きな足音を立てて階段を上り、続いて大きな音をさせて部屋のドアを開ける。
「アーちゃんっ、朝だよ! 起きて!」
掛け布団を引っぺがそうとしたら、あろうことか引っ張り返された。
「ぐぐ」
そのまま寝返りを打ち、体全体で布団を巻き込むもんだから、とうとう僕が布団から手を離すことになる。
負けた……。
「アーちゃん!!」
だがしかし、ここで諦めてなるものかと、今度は敷き布団を掴んだ。
端っこを持ち上げれば、アーちゃんの体がコロンと転がる。
「起きてよ! 朝だよ! 映画に行く約束でしょ!!」
敷布団を揺らし耳の傍で怒鳴れば、アーちゃんの眉間がうっとうしげに寄せられた。
「うっせー」
「うっせーじゃないよ! 起きてよ、朝だよ!!」
「うん、起きる……ごふんご…」
「もうっ!」
こうなったら仕方がない。
アキラ直伝のあの技を使うしかないよね。
「アーちゃん、起きてってば!」
最終勧告も聞き入れてもらえなかったから、両手を広げ、軽くジャンプしながらアーちゃんの上にダイブ。
「ぐえっ」
イケメンとは到底思えぬ呻き声が、僕の体の下から漏れ出ていた。
◆
「高橋さん、おはようございます」
「はい……おはよう、ございます……」
なんとか階段を下りてきたアーちゃんに、待ち構えていた利香がすかさず挨拶。
うん、元気に挨拶できるのは、いいことだね。
それに対してアーちゃんのやる気のなさはなんなんだか。
「とっとと顔洗ってきなよ」
「はいはい…」
適当な返事と共に、ポーチ片手に洗面所に消えていく。
お泊りセットだというポーチには、ヒゲ剃りが入ってるらしい。
男なんだから普通だけど、キラキラ会ではアーちゃんのみが、それを必要としてる現状に、彼が大人の男性なのだと嫌でも意識することになる。
僕が使用する日は、果たしていつなんでしょうか。
利香と一緒に朝食を並べていると、ようやくいつもの調子に戻ったアーちゃんがやってきて、利香がまず「利香が作った」アピールをしまくっていた。
それを笑顔で聞き、尚且つ褒めちぎりながらの朝食に、もしかしたらアーちゃんも疲れてたのかと今さらながらに気になり、改めて申し訳なく思った。
利香は後片付けまでしっかりやり、食後のコーヒーまでいれるという気の使いよう。
そこに、僕の分もという発想がないのは、ご愛嬌だ。
「それ、綺麗ですね」
利香の言葉に、アーちゃんの手がピタリと止まる。
手の中には、シルバーのアクセサリ。
昨晩入浴前に外して、リビングのテーブルに置いていた物だった。
「これ?」
「はい」
「いる?」
「え?」
「メンズだけど、そうごつくもないから、欲しいならあげるよ」
「アーちゃん、ダメだよ」
「いいのいいの、どうせ貰いもんだし」
どうせって、貰い物なら、余計にダメじゃないのかな。
「って、でかいか…」
利香の首にかけられたアーちゃんのペンダントは、首周りの部分が革紐になっていた。
そのままなら胸元を飾ることになるモチーフは、小さな利香では臍辺りだ。
「えー、大丈夫ですぅ」
利香はどうしても欲しいのか、しきりに大丈夫と訴えている。
「レザーだから、後ろ括っちゃえばいいんじゃない?」
「はい、そうしますっ」
苦しげに腕を捩り首の後ろを探る利香に、アーちゃんが苦笑しいしい手を伸ばした。
後ろを向かせ髪をかきあげさせて、レザー部分をキュッと結ぶ。
「こんなもんか」
「わぁっ、ありがとうございます!」
「アーちゃん、本当にいいの?」
「いいのいいの」
「そっか、ありがとう」
キャッキャキャッキャと喜ぶ利香の姿に、複雑な感情が舞い降りる。
昨日知ったモノだから、そう焦りはしない。
利香の喜ぶ姿が嬉しいと思える一方で、そんな姿を見せるなという気持ちがある。
それが、男性からの贈り物という部分に引っかかってのことだと、もう分かっているから戸惑いは少なかった。
できればこれからも、ただ無邪気に喜ぶだけでいてほしい、なんて兄の我儘だよね。
「これ、なんて言うんですか?」
ペンダントトップを掌に乗せ、利香が尋ねる。
手の中には、銀色の縦長のパーツ。
僕には、羽に見えた。
「フェザー、羽のこと」
「へぇ、フェザーって言うんだぁ」
目をキラキラさせて、手の中の一枚の羽を見詰める利香は、僕の目にも確かに女に見えた。
やっぱり、こういうのが好きなんだね……。
ついでとばかりに、アーちゃんはブレスレットとリングまでもを利香に与えた。
さすがにサイズが違いすぎるからと遠慮する利香に、「彼氏にあげな」なんて言うもんだから、僕の怒りを買うことになった。
それに利香が、「まだいません」なんて言うから、余計に。
まだってなんだよ、まだって!
まだ起きてようとする利香を無理矢理自室に追いやったのは、高校生からすればまだまだ早い時間帯。
だけど意外なほど疲れていた僕は、早々に就寝することにした。
アーちゃんもそれに合わせてくれて、なんだか申し訳ない気がしたけど、今日はもう本当に無理だったんだ。
だから利香が寝たあとすぐ、二階にある僕の部屋に移動して、僕はベッドで、アーちゃんは布団を敷いて、早めの眠りについたのだった。
早朝、目覚ましが鳴る前に起きだして、ベッドの下で寝てるアーちゃんを起こさないように部屋を抜け出した。
利香を起こす前に、朝食を作ってしまおう。
味噌汁に玉子焼きと塩鮭というオーソドックスな朝の献立を頭の中に浮かべながら、階段を静かに降りて行く。
リビングのカーテンを全開にして、よく晴れてることを確認してから、冷蔵庫に手をかけた。
「あれ? もう起きたの?」
ふとリビングの入り口を見れば、利香が眠そうに目を擦りながら立っていた。
「うん、利香も、お手伝いする」
「いいよ、もうちょっと寝てなよ」
プルプルと頭を横に振り、利香がフラフラと洗面所を目指した。
いつもギリギリまで寝てるくせに、珍しいことがあるもんだ。
もしかしたら、今日は大雨かな。
顔を洗ってきた利香が、本当に手伝うつもりだと知り、朝から何度も驚愕しながら、それでも味噌汁を担当してもらうことにした。
「へー、本当に、ちょっとは手伝ってたんだ」
「もう、失礼よ」
豆腐を掌の上で切る姿は、兄としては感動巨編物以上に感動する光景だった。
見てて怖いものはあったけど、やってたというのが嘘じゃなかった証だものね。
「玉子は、巻けるの?」
「……」
この無言は、否定と捉えていいんだよね。
だったらと、利香の目の前でゆっくりと玉子焼きを作っていくことにした。
利香は興味津々に覗き込んでいて、やはり女の子なのだと実感する。
「ちょっとやらせて」
「いいよ」
利香の手を取って、丁寧に教える。
若干焦げてきたけど、まぁ、これくらいは許容範囲だろう。
そういえば、僕も最初はこういう風に教えてもらった。
母に、ではなく、祖母にだ。
利香が生まれるまで母は働いていて、家の中のことは祖母がやってくれていた。
僕の面倒も、なにもかも。
そうして自然と、一緒に料理するようになったんだっけ。
利香と二人で、一人でするよりも多大な時間をかけて、朝食の準備を終わらせた。
アーちゃんが起きてくる気配はなく、こういうときでもいつも通りのマイペースさに頭が下がる。
「利香が起こしてくるっ」
「ダメッ、あ、違う、無理っ」
「えー」
咄嗟にダメと出てしまったけど、これは自覚した独占欲から出た言葉ではない。
アーちゃんを起こす起こさないで妬いたりするなんて、はっきり言って気持ち悪い。
そういうのじゃなくて、利香では起こせないと考えたんだ。
居候してるときに経験したけど、アーちゃんの寝起きは結構悪い。
昨夜は早く寝たからマシだろうけども、利香に任せて安心とは言い切れないのだ。
ドンドンと大きな足音を立てて階段を上り、続いて大きな音をさせて部屋のドアを開ける。
「アーちゃんっ、朝だよ! 起きて!」
掛け布団を引っぺがそうとしたら、あろうことか引っ張り返された。
「ぐぐ」
そのまま寝返りを打ち、体全体で布団を巻き込むもんだから、とうとう僕が布団から手を離すことになる。
負けた……。
「アーちゃん!!」
だがしかし、ここで諦めてなるものかと、今度は敷き布団を掴んだ。
端っこを持ち上げれば、アーちゃんの体がコロンと転がる。
「起きてよ! 朝だよ! 映画に行く約束でしょ!!」
敷布団を揺らし耳の傍で怒鳴れば、アーちゃんの眉間がうっとうしげに寄せられた。
「うっせー」
「うっせーじゃないよ! 起きてよ、朝だよ!!」
「うん、起きる……ごふんご…」
「もうっ!」
こうなったら仕方がない。
アキラ直伝のあの技を使うしかないよね。
「アーちゃん、起きてってば!」
最終勧告も聞き入れてもらえなかったから、両手を広げ、軽くジャンプしながらアーちゃんの上にダイブ。
「ぐえっ」
イケメンとは到底思えぬ呻き声が、僕の体の下から漏れ出ていた。
◆
「高橋さん、おはようございます」
「はい……おはよう、ございます……」
なんとか階段を下りてきたアーちゃんに、待ち構えていた利香がすかさず挨拶。
うん、元気に挨拶できるのは、いいことだね。
それに対してアーちゃんのやる気のなさはなんなんだか。
「とっとと顔洗ってきなよ」
「はいはい…」
適当な返事と共に、ポーチ片手に洗面所に消えていく。
お泊りセットだというポーチには、ヒゲ剃りが入ってるらしい。
男なんだから普通だけど、キラキラ会ではアーちゃんのみが、それを必要としてる現状に、彼が大人の男性なのだと嫌でも意識することになる。
僕が使用する日は、果たしていつなんでしょうか。
利香と一緒に朝食を並べていると、ようやくいつもの調子に戻ったアーちゃんがやってきて、利香がまず「利香が作った」アピールをしまくっていた。
それを笑顔で聞き、尚且つ褒めちぎりながらの朝食に、もしかしたらアーちゃんも疲れてたのかと今さらながらに気になり、改めて申し訳なく思った。
利香は後片付けまでしっかりやり、食後のコーヒーまでいれるという気の使いよう。
そこに、僕の分もという発想がないのは、ご愛嬌だ。
「それ、綺麗ですね」
利香の言葉に、アーちゃんの手がピタリと止まる。
手の中には、シルバーのアクセサリ。
昨晩入浴前に外して、リビングのテーブルに置いていた物だった。
「これ?」
「はい」
「いる?」
「え?」
「メンズだけど、そうごつくもないから、欲しいならあげるよ」
「アーちゃん、ダメだよ」
「いいのいいの、どうせ貰いもんだし」
どうせって、貰い物なら、余計にダメじゃないのかな。
「って、でかいか…」
利香の首にかけられたアーちゃんのペンダントは、首周りの部分が革紐になっていた。
そのままなら胸元を飾ることになるモチーフは、小さな利香では臍辺りだ。
「えー、大丈夫ですぅ」
利香はどうしても欲しいのか、しきりに大丈夫と訴えている。
「レザーだから、後ろ括っちゃえばいいんじゃない?」
「はい、そうしますっ」
苦しげに腕を捩り首の後ろを探る利香に、アーちゃんが苦笑しいしい手を伸ばした。
後ろを向かせ髪をかきあげさせて、レザー部分をキュッと結ぶ。
「こんなもんか」
「わぁっ、ありがとうございます!」
「アーちゃん、本当にいいの?」
「いいのいいの」
「そっか、ありがとう」
キャッキャキャッキャと喜ぶ利香の姿に、複雑な感情が舞い降りる。
昨日知ったモノだから、そう焦りはしない。
利香の喜ぶ姿が嬉しいと思える一方で、そんな姿を見せるなという気持ちがある。
それが、男性からの贈り物という部分に引っかかってのことだと、もう分かっているから戸惑いは少なかった。
できればこれからも、ただ無邪気に喜ぶだけでいてほしい、なんて兄の我儘だよね。
「これ、なんて言うんですか?」
ペンダントトップを掌に乗せ、利香が尋ねる。
手の中には、銀色の縦長のパーツ。
僕には、羽に見えた。
「フェザー、羽のこと」
「へぇ、フェザーって言うんだぁ」
目をキラキラさせて、手の中の一枚の羽を見詰める利香は、僕の目にも確かに女に見えた。
やっぱり、こういうのが好きなんだね……。
ついでとばかりに、アーちゃんはブレスレットとリングまでもを利香に与えた。
さすがにサイズが違いすぎるからと遠慮する利香に、「彼氏にあげな」なんて言うもんだから、僕の怒りを買うことになった。
それに利香が、「まだいません」なんて言うから、余計に。
まだってなんだよ、まだって!