平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-
[平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-5]
お父さんとお母さんがいない家での、三人での夕食。
僕の家は和食が主流で、それに慣れきっている利香は、今時の子にありがちな野菜嫌い根菜嫌いとは縁がない。
お箸の使い方も綺麗で、すべりやすい小芋を危なげなく箸で摘み食べている。
こういうところは同年代の子と比べても随分しっかりしてると感じるのは、兄の欲目だろうか。
「利香ちゃんは、料理は全然?」
利香にとっての、おそらくは禁句ワードをアーちゃんがあっさりと口にした。
「最近は、少し……が、がんばって、ます…」
お母さんは、そんなこと言ってなかったけど。
「高橋さんは、お料理できる女の子のほうがいいですか?」
どうしてアーちゃん限定なんだよ。
兄にも聞いてよ。
「どうだろ? できないよりかは、できたほうがいいんじゃない? 何事も」
アーちゃんのくせに、あまりにも正論すぎる。
そうですよねーなんて返す利香の頬は、少しだけ引き攣っていた。
「胃袋捕まれたら逃げられないっていうけど、俺もその通りだと思うしねー」
「そう、そうですよねっ」
アーちゃんが何気なく言った言葉に、利香の瞳が一瞬ギラリと光ったように見えた。
まさか獣じゃあるまいし、錯覚に決まってるよね……。
「料理だけじゃなくて、勉強でもなんでも、できるものが多ければ多いほど将来の幅が広がるしねー」
「うんうん、わかりますわかります」
何を根拠にか、やけに自信満々で相槌を打つ利香に、我が妹ながらげんなりだ。
食後の後片付けを利香は率先してやり、それもまた僕を驚かせることになった。
「身内と他人の違いでしょ」
「うん、それはそうなんだけど…」
利香が入浴中のいま、ようやくアーちゃんと二人になり、利香が帰ってきてから続くモヤモヤを吐き出した。
「アキだって、俺たちとそれ以外じゃ、態度が全然違うじゃん」
「うん、分かってるんだけど」
それは、なんとも分かりやすいたとえだった。
知り合ってまもなくの頃に見せていた顔と、今現在僕に向ける態度は全然違っていて、今では平気で蹴ったりもしてくるんだもの。
それはアキのなかで、僕が完全に身内になってしまったからなんだ。
だから全身で我儘を言ってきたり、理不尽な対応をする利香を嫌だなんて思ったりはしないし、家族だから当たり前に受け止めるんだけど。
「アッくんはさ、初めて見た妹のオンナの顔に、戸惑ってんだよ」
「はぁ? 利香が女? 何言ってるの!?」
そういえば、昼間もそんな話してたな。
「利香ちゃんは、明らかに俺を男として意識してるでしょ。んで、言い方悪いけど、媚びてるわけだ」
「まだ、小学生だよ」
「だからー、年は関係ねーって。
お兄ちゃん的には、ずっと子供でいてほしいだろうけども、女のほうがこういう本能は強いもんだからね」
「利香はまだまだ子供だよ。だいたい男って、アーちゃんは僕の友達で……」
何言ってるんだろ、僕。
これじゃ、アーちゃんの言葉を否定できてないよ。
「Uh-huh. I see、I see」
アーちゃんが、一人納得したように頷いた。
というか、なんで英語なんだよ。
「な、なに?」
「いやいや、なんもない」
「なんもなくないでしょ」
「ホント、マジ、なんもないから。
利香ちゃんは、お兄ちゃんのことがちゃんと好きだから、安心しな」
わけの分からないことを言いながら、僕の頭をポンポンと叩く。
「そ、そんなこと、気にしてないよっ。だいたい、利香に好かれたって、」
「それと、」
僕の言葉を遮り、アーちゃんが言葉を重ねてくる。
「アッくんの妹だから可愛がってるだけで、俺はアッくん優先だから。
これも言い方悪いけど、アッくんの妹じゃなきゃ、優しくする義理はないね」
「アーちゃん……」
自分のなかに、醜い独占欲があることに今気が付いた。
僕は、僕の友人を、利香に取られる恐怖と戦っていたのだ。
なんて詰まらない小さな嫉妬。
利香は大切な妹で、きっと誰よりも可愛い存在。
なのに、そんな愛すべき妹相手に、アーちゃんを取られまいとしていたなんて、本当に情けない。
でも何よりも情けなく感じるのは、アーちゃんが僕を優先するとはっきり言葉にしてくれたことを喜ぶ自分を、否定できないことだった。
そして、否定できない自分を、間違っているとは言い切れないこと。
僕は、いつからこんな人間になってしまったのだろう……。
◆
利香がお風呂を出たから、次はアーちゃんがお風呂に向かった。
ついさっき気が付いた嫉妬から、利香に対して少々後ろめたい気持ちのある僕は、入浴後の利香のためにと果物を切って出してあげた。
ついでに、飲み物も。
「ねぇ、オニイ」
「なに?」
「オニイの学校って、男子校だよね」
「うん、そうだよ」
「高橋さんみたいな人が、上級生に襲われたりするの?」
「……は?」
利香は、いま、なんと言ったのだろうか?
「男子校って、顔がいい人は襲われちゃうんでしょ?
みっちゃんが言ってたよ」
「な、なななな、何言ってるんだよ!!」
「キャッ」
さすがにこれは、怒鳴らずにはいられない。
「だ、だって、男子校ってホモばっかりなんでしょ」
「そ、そんなことあるはずないだろ!」
「えー、そうなのー?」
「そうだよ! だいたい、アーちゃんが襲われるって、そんなこと絶対にありえないから!」
「だってー、カッコイイからー」
「カッコ……誰が?」
「え、高橋さんが」
「はぁ? アーちゃんが、カッコイイ? 何言ってるんだよっ」
「えー、カッコイイよ、オニイこそ何言ってるの?」
利香は、いかにも僕がおかしいといわんばかりだ。
「アーちゃんって、カッコイイの?」
「うん、イケメン。みっちゃんの彼氏より全然カッコイイよ」
「誰だよ、それ」
「えー、みっちゃん覚えてないの?」
「知らないよ」
「小学校のとき、同じクラスだったんでしょ」
「小学校? ……あ、あー、美代ちゃんのこと?」
「うん、そう」
それは、幼馴染の名前だった。
小学校を卒業してからは、ほとんど会うことはないけど、すぐ近所に住んでて家族ぐるみの付き合いだ。
美代ちゃんの妹と利香も、幼馴染で仲が良い。
って、美代ちゃん、利香に何を吹き込んでるんだよ!
「美代ちゃん、彼氏いるんだ」
「うん、すっごいイケメンの彼氏。○○君そっくり」
「誰だよ?」
「えー、ダサッ」
「うるさい」
たぶん、アイドルかなんかの名前なんだろう。
つまり、それほどカッコイイ彼氏ってことだよね。
で、アーちゃんは、その人よりカッコイイだって?
「アーちゃんは、カッコよくなんかないよ、たぶん」
「えー」
「だって、学校だと目立たないほうだもん」
「ふーん、そうなんだ」
「普通だよ、普通。本人もそう言ってたし」
「でもオニイよりかは、カッコイイよ」
「うるさいっ」
お父さんとお母さんがいない家での、三人での夕食。
僕の家は和食が主流で、それに慣れきっている利香は、今時の子にありがちな野菜嫌い根菜嫌いとは縁がない。
お箸の使い方も綺麗で、すべりやすい小芋を危なげなく箸で摘み食べている。
こういうところは同年代の子と比べても随分しっかりしてると感じるのは、兄の欲目だろうか。
「利香ちゃんは、料理は全然?」
利香にとっての、おそらくは禁句ワードをアーちゃんがあっさりと口にした。
「最近は、少し……が、がんばって、ます…」
お母さんは、そんなこと言ってなかったけど。
「高橋さんは、お料理できる女の子のほうがいいですか?」
どうしてアーちゃん限定なんだよ。
兄にも聞いてよ。
「どうだろ? できないよりかは、できたほうがいいんじゃない? 何事も」
アーちゃんのくせに、あまりにも正論すぎる。
そうですよねーなんて返す利香の頬は、少しだけ引き攣っていた。
「胃袋捕まれたら逃げられないっていうけど、俺もその通りだと思うしねー」
「そう、そうですよねっ」
アーちゃんが何気なく言った言葉に、利香の瞳が一瞬ギラリと光ったように見えた。
まさか獣じゃあるまいし、錯覚に決まってるよね……。
「料理だけじゃなくて、勉強でもなんでも、できるものが多ければ多いほど将来の幅が広がるしねー」
「うんうん、わかりますわかります」
何を根拠にか、やけに自信満々で相槌を打つ利香に、我が妹ながらげんなりだ。
食後の後片付けを利香は率先してやり、それもまた僕を驚かせることになった。
「身内と他人の違いでしょ」
「うん、それはそうなんだけど…」
利香が入浴中のいま、ようやくアーちゃんと二人になり、利香が帰ってきてから続くモヤモヤを吐き出した。
「アキだって、俺たちとそれ以外じゃ、態度が全然違うじゃん」
「うん、分かってるんだけど」
それは、なんとも分かりやすいたとえだった。
知り合ってまもなくの頃に見せていた顔と、今現在僕に向ける態度は全然違っていて、今では平気で蹴ったりもしてくるんだもの。
それはアキのなかで、僕が完全に身内になってしまったからなんだ。
だから全身で我儘を言ってきたり、理不尽な対応をする利香を嫌だなんて思ったりはしないし、家族だから当たり前に受け止めるんだけど。
「アッくんはさ、初めて見た妹のオンナの顔に、戸惑ってんだよ」
「はぁ? 利香が女? 何言ってるの!?」
そういえば、昼間もそんな話してたな。
「利香ちゃんは、明らかに俺を男として意識してるでしょ。んで、言い方悪いけど、媚びてるわけだ」
「まだ、小学生だよ」
「だからー、年は関係ねーって。
お兄ちゃん的には、ずっと子供でいてほしいだろうけども、女のほうがこういう本能は強いもんだからね」
「利香はまだまだ子供だよ。だいたい男って、アーちゃんは僕の友達で……」
何言ってるんだろ、僕。
これじゃ、アーちゃんの言葉を否定できてないよ。
「Uh-huh. I see、I see」
アーちゃんが、一人納得したように頷いた。
というか、なんで英語なんだよ。
「な、なに?」
「いやいや、なんもない」
「なんもなくないでしょ」
「ホント、マジ、なんもないから。
利香ちゃんは、お兄ちゃんのことがちゃんと好きだから、安心しな」
わけの分からないことを言いながら、僕の頭をポンポンと叩く。
「そ、そんなこと、気にしてないよっ。だいたい、利香に好かれたって、」
「それと、」
僕の言葉を遮り、アーちゃんが言葉を重ねてくる。
「アッくんの妹だから可愛がってるだけで、俺はアッくん優先だから。
これも言い方悪いけど、アッくんの妹じゃなきゃ、優しくする義理はないね」
「アーちゃん……」
自分のなかに、醜い独占欲があることに今気が付いた。
僕は、僕の友人を、利香に取られる恐怖と戦っていたのだ。
なんて詰まらない小さな嫉妬。
利香は大切な妹で、きっと誰よりも可愛い存在。
なのに、そんな愛すべき妹相手に、アーちゃんを取られまいとしていたなんて、本当に情けない。
でも何よりも情けなく感じるのは、アーちゃんが僕を優先するとはっきり言葉にしてくれたことを喜ぶ自分を、否定できないことだった。
そして、否定できない自分を、間違っているとは言い切れないこと。
僕は、いつからこんな人間になってしまったのだろう……。
◆
利香がお風呂を出たから、次はアーちゃんがお風呂に向かった。
ついさっき気が付いた嫉妬から、利香に対して少々後ろめたい気持ちのある僕は、入浴後の利香のためにと果物を切って出してあげた。
ついでに、飲み物も。
「ねぇ、オニイ」
「なに?」
「オニイの学校って、男子校だよね」
「うん、そうだよ」
「高橋さんみたいな人が、上級生に襲われたりするの?」
「……は?」
利香は、いま、なんと言ったのだろうか?
「男子校って、顔がいい人は襲われちゃうんでしょ?
みっちゃんが言ってたよ」
「な、なななな、何言ってるんだよ!!」
「キャッ」
さすがにこれは、怒鳴らずにはいられない。
「だ、だって、男子校ってホモばっかりなんでしょ」
「そ、そんなことあるはずないだろ!」
「えー、そうなのー?」
「そうだよ! だいたい、アーちゃんが襲われるって、そんなこと絶対にありえないから!」
「だってー、カッコイイからー」
「カッコ……誰が?」
「え、高橋さんが」
「はぁ? アーちゃんが、カッコイイ? 何言ってるんだよっ」
「えー、カッコイイよ、オニイこそ何言ってるの?」
利香は、いかにも僕がおかしいといわんばかりだ。
「アーちゃんって、カッコイイの?」
「うん、イケメン。みっちゃんの彼氏より全然カッコイイよ」
「誰だよ、それ」
「えー、みっちゃん覚えてないの?」
「知らないよ」
「小学校のとき、同じクラスだったんでしょ」
「小学校? ……あ、あー、美代ちゃんのこと?」
「うん、そう」
それは、幼馴染の名前だった。
小学校を卒業してからは、ほとんど会うことはないけど、すぐ近所に住んでて家族ぐるみの付き合いだ。
美代ちゃんの妹と利香も、幼馴染で仲が良い。
って、美代ちゃん、利香に何を吹き込んでるんだよ!
「美代ちゃん、彼氏いるんだ」
「うん、すっごいイケメンの彼氏。○○君そっくり」
「誰だよ?」
「えー、ダサッ」
「うるさい」
たぶん、アイドルかなんかの名前なんだろう。
つまり、それほどカッコイイ彼氏ってことだよね。
で、アーちゃんは、その人よりカッコイイだって?
「アーちゃんは、カッコよくなんかないよ、たぶん」
「えー」
「だって、学校だと目立たないほうだもん」
「ふーん、そうなんだ」
「普通だよ、普通。本人もそう言ってたし」
「でもオニイよりかは、カッコイイよ」
「うるさいっ」