アーちゃん■キャンパス日記-2015秋の特別編-
[アーちゃん■キャンパス日記-2015秋の特別編-6]
曖昧に返事して、腕時計を確認する。
入学祝いの名目で、アキラから贈られたオメガの時計だ。
大学生になってからは、腕時計をはめるよう習慣づけていた。
今ではもう、この重さに馴染んでいる。
できるだけ学生らしく、かつ実用的な物を選んだとドヤ顔で言われたが、大学生ならもっとカジュアルな時計でいいんじゃないだろうか。
そういう問題じゃないのかな?
「そろそろ午後が始まるな。で、くだらない妄想の総評は?」
残りのジュースを飲もうとしたら、あっという間に井上に持ち去られた。
抗議する前にストローに吸い付かれ、哀れジュースは井上の胃袋へと。
「総評としては、高橋君は正体不明の不感症で、井上新は高橋君と仲良くなりたい凡人さん」
「仲良いじゃん。ランチを一緒するくらいは」
「ホント不感症だな。薄っぺらい関係に特化しすぎて、相手にも感情があること忘れてんじゃないの」
「俺はいつでも、相手を尊重してますよ。お前こそ、人のこと言えんのかよっ」
「俺は、相手を選んでるだけ。直感だけどね。こいつは無理と感じたら、絶対に寄せ付けないし、その逆も然りだ。お前とは根本からして違うよ」
「坂本は?」
「あいつだけは、ホント謎だ。ああいうタイプ、過去の俺なら絶対に相手にしなかった」
「相当、相性がいいんじゃないの」
「バカなんだけど憎めないんだよな。でも怖がられちゃって、それがまた面白いんだけど」
「そっちと友情育んでよ」
「坂本と? うん、将来的にはもっと親しくなるはずだよ。勘だけど。とりあえず今は、高橋に全力投球だ。
今みたいな上辺の関係じゃなくて、もっと深いナニかになれるよう、深い? ……あれ、なんかエロくね?」
「そんなふうに思うのは、お前だけ」
「あの地味なコほどとは言わないけど、高橋の意識に僅かでも残れる人間になりたいね」
「お断りだ」
「言うと思った。念のため言っとくけど、利益云々とは無関係だからな。俺は、純粋に仲良くしたいの。
あ、高橋の人柄に惚れたーとか言ったほうが、嬉しい?」
「嬉しくない」
「ホント、不感症だな。高橋が嬉しい悲しいって思うのは、どういうときなんだろうね?」
「さあね」
「佐藤君」
「余計なマネしたら、殺すぞ」
咄嗟に出た声は、普段よりもワントーンは低かった。
井上は見るからに震え上がっていたが、失敗したとは思わない。
感情などまったく篭らない言い草は、逆に俺の感情を筒抜けにしているのに。
「や、やっぱり、あのコか……」
「馴れ馴れしい言い方はやめろ」
「佐藤君に何もしないよ」
「だろうな。お前はそういうタイプじゃない」
「分かってもらえて良かったよ。命拾いしたって、本気でそう思う」
「俺に興味持つのは結構だけど、できれば後悔しない人生を送ってほしいね。井上のこと、嫌いじゃないからさ」
「あれ、俺って、結構愛されてる?」
「井上の望むレベルがどこかは知らないけど、俺はお前が嫌いじゃない。坂本のこともね」
「あれと一緒かよ。これほどの屈辱は、生まれて初めてだ」
「そこで我慢してちょーだい」
「一生懸けても、佐藤君の足元にも及ばないのかなぁ……」
井上が本気で滅入ってるように見えて、それがなんか笑えた。
さっきは本気で震えてたくせにな。
なんで俺なんかと親しくしたいのか謎だが、俺が気に入る人間というのは、どこかしら打たれ強くできているのかね。
「俺も井上と同じなんだよ」
「え、何が?」
「直感を信じてるの。最初にいいなと感じたら、もう変更不可。こう見えて、一途なのよ」
「確かに同じだな。俺も直感で、高橋と友人になりたいって感じたからな。当然変更はできない」
「あっそ。よし、これにて終了。講義あるし、もう消えていいよ」
「俺も取ってるんだよっ」
井上も同じコマを取ってたから、イヤでも同じ教室に向かうしかなかった。
途中坂本を見つけた井上が、背後から襲いかかるようにして坂本を拉致。
俺たちと比べればかなり小柄な坂本に、井上を撃退できるはずもなく、ワーワー叫びながら首根っこを掴まれていた。
「その服ダッサって、何回言わす気だ」
「こ、こここれ、サイズ間違ったからって、井上がくれた物じゃないかー」
「シャツはいいんだよ。それ以外が終わってる」
どっから見ても、坂本君の服装はオタクファッションのカテゴリーに類するもの。
井上は毎回ケチを付けるけど、彼には似合ってるんじゃないのかな。棒。
「先行くから。お二人は仲良く同伴出勤してちょうだい」
井上と坂本のじゃれあいを尻目に、とっと教室に移動する。
その間も、二人は廊下の端でグダグダやっていた。
「同じ地味でも、着る物でこうも変わるのか……」
「え、だ、誰の話?」
「サイトウ君の話……あれ? カトウ君だっけ?」
「どっちだよ?」
「向こうは清潔感溢れる自然派って感じだけど、なんでお前はこうもオタク系なんだ?」
「ほ、ほっとけよ!」
「昨日の合コンどうだった?」
「あ、お、お前のせいで、俺はっ、」
「おっと、遅刻する。じゃあな」
「ま、待てよっ、なんで俺にばっか、そう冷たいんだよっ」
ほんの一瞬垣間見せた素顔は、井上の態度を変える要因にはならなかった。
いや、むしろ助長した感がある。
どうしてそこまでと不思議に思うが、真意を問いただすほどの関心が俺にはないし、井上にしても隠してはいなさそうだ。
つまるところ、ただ仲良くしたい。それが奴の本音だろう。
薄っぺらい付き合いを、強行してるつもりはなかった。
普通に楽しくやってると、本気で信じていたんだ。
だけどあの頃の、無邪気に笑っていた時間と比べれば、そこには大きな隔たりがあるのかもしれない。
あのときの、あの場所。
廊下で擦れ違うだけの人たち。
名前も顔すらも覚えていないような奴ら。
そこで出会った一人一人が、大切な仲間たちが、いかに特別であったかを、さすがの俺でも思い知らされたってことかな……。
曖昧に返事して、腕時計を確認する。
入学祝いの名目で、アキラから贈られたオメガの時計だ。
大学生になってからは、腕時計をはめるよう習慣づけていた。
今ではもう、この重さに馴染んでいる。
できるだけ学生らしく、かつ実用的な物を選んだとドヤ顔で言われたが、大学生ならもっとカジュアルな時計でいいんじゃないだろうか。
そういう問題じゃないのかな?
「そろそろ午後が始まるな。で、くだらない妄想の総評は?」
残りのジュースを飲もうとしたら、あっという間に井上に持ち去られた。
抗議する前にストローに吸い付かれ、哀れジュースは井上の胃袋へと。
「総評としては、高橋君は正体不明の不感症で、井上新は高橋君と仲良くなりたい凡人さん」
「仲良いじゃん。ランチを一緒するくらいは」
「ホント不感症だな。薄っぺらい関係に特化しすぎて、相手にも感情があること忘れてんじゃないの」
「俺はいつでも、相手を尊重してますよ。お前こそ、人のこと言えんのかよっ」
「俺は、相手を選んでるだけ。直感だけどね。こいつは無理と感じたら、絶対に寄せ付けないし、その逆も然りだ。お前とは根本からして違うよ」
「坂本は?」
「あいつだけは、ホント謎だ。ああいうタイプ、過去の俺なら絶対に相手にしなかった」
「相当、相性がいいんじゃないの」
「バカなんだけど憎めないんだよな。でも怖がられちゃって、それがまた面白いんだけど」
「そっちと友情育んでよ」
「坂本と? うん、将来的にはもっと親しくなるはずだよ。勘だけど。とりあえず今は、高橋に全力投球だ。
今みたいな上辺の関係じゃなくて、もっと深いナニかになれるよう、深い? ……あれ、なんかエロくね?」
「そんなふうに思うのは、お前だけ」
「あの地味なコほどとは言わないけど、高橋の意識に僅かでも残れる人間になりたいね」
「お断りだ」
「言うと思った。念のため言っとくけど、利益云々とは無関係だからな。俺は、純粋に仲良くしたいの。
あ、高橋の人柄に惚れたーとか言ったほうが、嬉しい?」
「嬉しくない」
「ホント、不感症だな。高橋が嬉しい悲しいって思うのは、どういうときなんだろうね?」
「さあね」
「佐藤君」
「余計なマネしたら、殺すぞ」
咄嗟に出た声は、普段よりもワントーンは低かった。
井上は見るからに震え上がっていたが、失敗したとは思わない。
感情などまったく篭らない言い草は、逆に俺の感情を筒抜けにしているのに。
「や、やっぱり、あのコか……」
「馴れ馴れしい言い方はやめろ」
「佐藤君に何もしないよ」
「だろうな。お前はそういうタイプじゃない」
「分かってもらえて良かったよ。命拾いしたって、本気でそう思う」
「俺に興味持つのは結構だけど、できれば後悔しない人生を送ってほしいね。井上のこと、嫌いじゃないからさ」
「あれ、俺って、結構愛されてる?」
「井上の望むレベルがどこかは知らないけど、俺はお前が嫌いじゃない。坂本のこともね」
「あれと一緒かよ。これほどの屈辱は、生まれて初めてだ」
「そこで我慢してちょーだい」
「一生懸けても、佐藤君の足元にも及ばないのかなぁ……」
井上が本気で滅入ってるように見えて、それがなんか笑えた。
さっきは本気で震えてたくせにな。
なんで俺なんかと親しくしたいのか謎だが、俺が気に入る人間というのは、どこかしら打たれ強くできているのかね。
「俺も井上と同じなんだよ」
「え、何が?」
「直感を信じてるの。最初にいいなと感じたら、もう変更不可。こう見えて、一途なのよ」
「確かに同じだな。俺も直感で、高橋と友人になりたいって感じたからな。当然変更はできない」
「あっそ。よし、これにて終了。講義あるし、もう消えていいよ」
「俺も取ってるんだよっ」
井上も同じコマを取ってたから、イヤでも同じ教室に向かうしかなかった。
途中坂本を見つけた井上が、背後から襲いかかるようにして坂本を拉致。
俺たちと比べればかなり小柄な坂本に、井上を撃退できるはずもなく、ワーワー叫びながら首根っこを掴まれていた。
「その服ダッサって、何回言わす気だ」
「こ、こここれ、サイズ間違ったからって、井上がくれた物じゃないかー」
「シャツはいいんだよ。それ以外が終わってる」
どっから見ても、坂本君の服装はオタクファッションのカテゴリーに類するもの。
井上は毎回ケチを付けるけど、彼には似合ってるんじゃないのかな。棒。
「先行くから。お二人は仲良く同伴出勤してちょうだい」
井上と坂本のじゃれあいを尻目に、とっと教室に移動する。
その間も、二人は廊下の端でグダグダやっていた。
「同じ地味でも、着る物でこうも変わるのか……」
「え、だ、誰の話?」
「サイトウ君の話……あれ? カトウ君だっけ?」
「どっちだよ?」
「向こうは清潔感溢れる自然派って感じだけど、なんでお前はこうもオタク系なんだ?」
「ほ、ほっとけよ!」
「昨日の合コンどうだった?」
「あ、お、お前のせいで、俺はっ、」
「おっと、遅刻する。じゃあな」
「ま、待てよっ、なんで俺にばっか、そう冷たいんだよっ」
ほんの一瞬垣間見せた素顔は、井上の態度を変える要因にはならなかった。
いや、むしろ助長した感がある。
どうしてそこまでと不思議に思うが、真意を問いただすほどの関心が俺にはないし、井上にしても隠してはいなさそうだ。
つまるところ、ただ仲良くしたい。それが奴の本音だろう。
薄っぺらい付き合いを、強行してるつもりはなかった。
普通に楽しくやってると、本気で信じていたんだ。
だけどあの頃の、無邪気に笑っていた時間と比べれば、そこには大きな隔たりがあるのかもしれない。
あのときの、あの場所。
廊下で擦れ違うだけの人たち。
名前も顔すらも覚えていないような奴ら。
そこで出会った一人一人が、大切な仲間たちが、いかに特別であったかを、さすがの俺でも思い知らされたってことかな……。
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