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アーちゃん■キャンパス日記-2015秋の特別編-

[アーちゃん■キャンパス日記-2015秋の特別編-5]


朝、目覚ましが鳴る前に叩き起こされた。
いつものことだが、今朝はアッキーだったものだから、普段以上に必死で瞼を抉じ開けた。
それでもグダグダする俺の襟首を掴んで、風呂場に叩き入れるとか、アッキーさんには優しさが足りないと思います……。

「奏といい貴様といい、なぜそこまで起きれないんだ!」

「うー、夜行性なんすよー……」

朝日浴びたらリセットとか、絶対俺には当てはまらない。
何をどうしても、辛いものは辛いんだ。
世の中が昼夜逆転すれば、問題解決なのにな。

無理矢理シャワーを浴びて、東峰宅で朝食を食べたら、そのままご出勤ならぬご通学。
いつもの日課だけど、本日は藤村が買った新車にて、ご通学の運びとなった。
T大最寄駅で降ろしてもらい、藤村はそのまま自分の学校に。

午前中は真面目に講義を受けながらも、井上の所在確認は怠らなかった。
大問題には発展しなかったものの、あいつのせいで余計なレッテルを貼られたことには、一言いってやらないと気が済まない。
そして迎える午前終了の合図。
井上は、さっそく女たちに囲まれている。

「井上くーん、ランチ一緒しよ」

「あ、高橋君。高橋君も行こうよ、え、あ、ちょっと、」

横から井上を掻っ攫い教室を出る俺を、いろんな声が引き留める。
もちろん足を止める気はなく、わざわざ追ってくるやつは、構内を移動しまくることで諦めさせた。

「はぁはぁ、えらく豪快な、誘い方だな。そんなに、俺と、二人きりに、なりたかった?」

早足だったのは認めるが、たったこれだけの移動で息を上げるとは、軟弱なやつ。
しかし、そんな状態でも軽口を叩くところは、見習いたいものだ。

「バカたれ。んなわけあるかっ」

「必死で彼女たちのこと、振り切ってたじゃん?」

「お前に、聞きたいことがあったんだよ」

「俺に?」

「昨日は何言ってくれたんだ?」

「昨日? あ、ああ、はいはい、あれね。盛大に慰めてもらえた?」

「お前なー!」

「怒るなよ。ああ言っとくほうが、お前のためだと思ったんだからさ」

「なんで、俺のためなのよ!?」

「なんとなく?」

「なんとなくで、デタラメ吹き込んだわけね」

「でも、結果は悪くなかったんじゃないの?」

「なんでそう思うの」

「なんとなく?」

「またそれかよ」

「じゃあ、勘。第六感。直感。なんでもいいけど、要は経験に基づいて無意識下で導かれた答えに従った」

どうだといわんばかりに胸を張られても、返事に困る。
怒る気力もなくなって、近くのベンチに腰を下ろしたら、井上も当たり前のように横に座った。

「あのコ、えっと、サイト、」

「佐藤なっ」

「そうそう、カトウ君」

そうそうじゃねーよ!
覚える気、さらさらねーな!

「あのコってさ、高橋のことすっげー大切に思ってんだな。振った女を呪い殺しても、おかしくない雰囲気だったよ」

「大袈裟」

「うん、かなり盛った」

ハハハと笑って言うことじゃないだろうに。
だがそういうところが、井上の魅力でもあるんだろうか。
魅力? いーや、ただの短所だ!

「でも女たちに怒ってたのは本当。いや、怒るというより……」

「いうより?」

「嘆く? ちょっと違うかな。なんか哀しそうに怒ってて、辛そうにも見えた」

「ふうん……」

「もてない高橋が気の毒すぎて、胸が痛んだんだろうな。それでも、あの反応はよっぽどだけど。
お前さ、どんな高校時代過ごしたわけ? 結構不遇だったの? あ、もしかしていじめられっことか。意外と大学デビュー?」

「そう思ってくれて構わないよ」

「冗談だよ、冗談。どう考えても、高橋はいじめる側で、初エッチは俺より早い。正解だろ?」

「お前のなんか、知らねーし」

「あれ、言ってなかったか? 高一の、」

「どうでもいいわっ」

すでに目的は、見失っていた。
これでは、何のために井上を連れ出したのか、分からない。

「ま、いっか。……飯食おっと」

なんもかんもどうでもよくなって、買っておいたパンをリュックから取り出した。
ついでに、パックのジュースも。

「俺にもくれよ」

「やなこった。腹減ったなら、食堂へどーぞ」

「お前が引っ張ってきたくせに。あ、***屋の焼きそばパン」

「あ、バカッ、取るな。それ買うのに、どんだけ苦労したと思ってるんだっ」

勝手に俺のリュックを漁るまでは許せるが、焼きそばパンだけは譲れない。
速攻で売り切れる希少品なんだからな。

「なぁ、高橋」

「なんだよ」

結局、焼きそばパンは死守したが、カレーパンは奪われた。
チーズパンもあったが、そちらは約半分持っていかれる嵌めになった。

「お前さ、もっとこう他人に興味持てないの?」

「なにそれ。俺にお友達がいないとでも?」

「人付き合いはうまいよな。誰とでもすぐ親しくなる」

「じゃあ、問題ないじゃん」

「そういうことじゃなくて。お前にとってのご友人ってのは、高橋昭になりきる道具でしょ。女を抱くのもその一環」

「意味がわかんねーよ。じゃあなにか、井上新も道具なわけ?」

「俺は……イレギュラー?」

「ますます分からん」

「俺みたいなタイプ苦手だろ」

「苦手じゃないよ」

「残念、まだそこまでいってないのか」

「井上は、俺に嫌われたいの?」

「それくらい、親しくなりたいって意味だよ」

「え、マゾ? 井上君たら、マゾだったの!?」

「違う! そうやって冗談めかしるけど、その実中身は動いてないってことを言ってんだよ」

「上辺だけ取り繕ってるとでも、言いたいのか」

「その通り。そんな高橋君の感情を揺さぶれたら、楽しいだろうね。それが苦手意識でも嫌悪感でも。
あ、当然好かれたいけどさ、でもそれって今の段階だと、ミッション・インポッシブルじゃん。だから、妥協から入ってみた」

「井上さー、精神科でも目指してるわけ?」

「いや、外科。これだけは変えられない。ここでも、妥協だ」

「ご実家のためか。いいね、病院持ちは」

「上に二人いるから、経営にはノータッチ。過労死寸前まで、こき使われる運命だよ」

「大学病院いけよ。派閥争いに勝って、俺のこと呼んで」

「バーカ。お前のほうが、そういうの得意だろ」

「無理。媚び売るの、苦手だもん」

「媚びが必要なのか?」

意味深なことばかり言う井上が、それ以上に意味ありげな視線を向けてくる。
こちらの動揺を誘っているようで、その実深い意味はなさそうな、イマイチ読み切れない瞳だ。
どちらにしろ、これがこいつの手なのだろう。

「じじいたちに売り込んで引き上げてもらう以外、どう出世しろと? ノーベルでも目指せってか?」

「そういう手もあるか」

「アホらし。俺は臨床医になりたいの。研究は他の人に任せるよ」

「人に無関心なやつが臨床医か、世も末だな」

「言ってろ」

「そういうやつが臨床に拘るのは、将来診たい相手がいるからかな? いますぐでなく、難病でもない相手が。
そのために、経験値を上げるつもりか? だったら、救命おすすめ」

「いずれ希望するよ」

「じゃあ、うちの病院に来ない? 地元ではそこそこでかいよ」

「知ってる。まあまあの田舎だけど、人口は多いな」

「詳しいじゃん」

「ここらじゃ有名だよ。女子は医師の妻の座を、男子は就職先にと狙ってる」

「だが高橋は、どちらにも属していない、と」

「妻は無理でしょ」

「それは俺も、願い下げだな。どう見ても、高橋は突っ込まれる側じゃない」

「ゲスすぎ」

井上のご実家は、三代以上続く開業医の家系だ。
個人規模としてはかなりでかくて、人口の多い地方都市にあって重宝されている。
つまり、それだけ人が詰め掛ける、イコール評判がよろしいってことだろう。
息子ともなれば、一般的な勤務医よりは高給取りに違いないと見越す女は多かった。

「バックボーンは生まれ持ったものだからね。有効に活用すると決めてるんだ」

「そういう考えは嫌いじゃないよ」

「うまく利用して、優秀な医者引き連れて凱旋しようと思ったけど」

親族には医師が多くて、井上の兄弟も例外なく医者だ。
大学病院との伝手を作るため、あらゆる有名大学に入れてるという噂だが、案外本当の話なのかもな。

「坂本が喜ぶよ」

「俺は、優秀なって言ったんだぞ。高橋みたいなやつを、連れて帰りたいんだよ」

「人に無関心だそうですが?」

「それと腕は関係ないだろ。でも、お前に関しては早々に諦めたよ」

「なんで?」

「できるだけいい条件で働きたいってのは心理だし、そのために有力者に媚びるのも心理だろ。
あ、この場合の有力者って俺な」

「そういうくだらない注釈はいいからっ」

「あ、はいはい。でも、自称有力者より力のある人間に、俺のご威光は通用しないよね」

「俺が力ある人間だって? もしかして、笑うとこ?」

「笑うな。そうなんじゃないのかなーって、俺の直感、第六感が告げてるんだよ」

「ふうん……」
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