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平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-

[平凡君の日々彼此-2014夏の特別編-1]


学校は楽しいけど、連休があればやはり嬉しい。
今月は金曜と月曜が休日の週があり、なんと四連休という長い休日が待っていた。
だというのに……。
普通ならば喜ばしい連休も、今回ばかりは素直に喜べずにいる僕がいた。
理由は明白で、その間裕輔さんが寮を留守にするからだ。

「すまない、彬」

真っ先に謝罪されたけど、こればかりは仕方ないことなんです。
連休の間、裕輔さんはお父さんの名代で、海外からお見えになるお客様をもてなさないといけないんだ。
いわゆる、仕事。

「せっかく遠くからお見えになるんですから、快くお迎えしてあげてください」

まだ高校生の立場でとても大変だとは思うけど、裕輔さんのこれからを思えばこれくらいは当然のことなんだ。
そもそも、いつでも好きなときに会えるほどの自由がある今、たかが連休に会えないくらいで拗ねたり怒ったりなんてするわけにはいかないよね。
将来的にはもっと忙しくなるだろうし会う時間も限られるというのに、今から些細なことを気にしていては先が思いやられるってものだ。

だけど……だけど、ね……。



「これ、どうしよう…」

手元にある一枚の葉書を眺めながら、少しばかり途方に暮れた。
映画の試写会に応募したら、たまたま当たってしまったなんて、運のない僕にしては珍しいことがあったせいだ。

「あれ、葛西と行くんじゃねーの?」

「無理なんだって」

聞かれたから、その理由を簡単に告げる。
アーちゃんは、そりゃ気の毒に、とさして気の毒そうではない慰めをくれた。

「アキラは、連休は……」

言ってから、バカなことを聞いたと後悔しました。

「雅人と怠惰に過ごしますよ」

「だよね」

さも当然と返された言葉にがっくり。
映画のジャンルは、サスペンス系に限りなく近いミステリー物だった。
僕の好きなジャンルで、アキラもこの手のストーリーを気に入っている。
だから一緒に行ければと思っての発言だったんだけど、せっかくの休日に会長がアキラを放っておくはずないんだよね。

試写会の場所は、都心にある大きな映画館。
時間は、土曜の午後。
せっかくのペアご招待だというのに、僕一人で行くのはなんとなくもったいない。

アキはこの手の映画は絶対に見ない。
アッキーはそこそこ趣味があうんだけど、人の多いところにはまず行きたがらない。
だからもっとも賑わっている都心部まで出かけるなんて、滅多にないんだよね。

何気にアーちゃんを見たら、バッチシ目が合った。

「俺と行くー?」

こうして試写会のチケットは無駄にならずに済み、あとは連休突入を待つだけとなったとある日のこと、珍しいことに母から電話がかかってきた。
出だしはお互いの近況報告だったけど、話してるうちに段々と不穏な方向へと傾いていき、

『……というわけでね、お母さんも一緒に行くから、利香のことよろしくね』

という母からのお願いというか命令で締めくくられたのだった。
ノーと言えるほどの理由も権限もない身としては、ただ素直に従うのみ。

滅多とない母からの電話の内容は、実に分かりやすいものだった。
要は、お父さんとお母さんが昔お世話になった人の、なんとか祝賀会に夫婦揃って出向くってこと。
日にちは今度の連休で、金曜日に出発予定。
場所が場所だけに日帰りはできず、一泊するから小学六年生の妹も連れて行くつもりだったのに、それを妹が断固拒否したんだって。
翌日の土曜日に、友達と遊びに行く約束をしてるからとかなんとか。
だからといって小学生を一人で家に置いとくなど絶対にできず、だけども妹は絶対に嫌だと大騒ぎ。

『だったら、オニイに帰ってきてもらえばいいじゃないっ』

そんな妹からの提案に、飛びついたのは父だったそうな。
そうして僕にお鉢が回ってきたわけです。

どうせ連休だし、たまには妹の面倒も見なさいなんて言われたけど、僕に面倒見てもらうなんてあっちが嫌がりそうなものだ。
だけどここで断れば、妹か母が諦めないといけない。
僕にはたいした用事はないし、快くとまではいかないまでも了承した次第です。
どうせ両親は土曜の夕方には帰宅するし、妹は土曜の朝からでかけるから、実質金曜の夜さえ一緒にいればいいだけのことだしね。

アーちゃんとの約束を、現地集合にしてもらえばいいだけだもの。



金土日月は、四連休。
父と母は、金曜日に出発して土曜に帰宅予定。
アーちゃんと約束している映画は、土曜の午後。

連休初日の今日は実家で妹の相手をして、土曜はアーちゃんと待ち合わせて映画、というのが当初の予定だったはず……。

「駅からどれくらい?」

「バスで、15分くらいかな」

ガタンガタンと揺れる電車の中で、実家までの道のりを思い出しながら答える。
休日ということもあり、車内は多少混みあっていたから、僕とアーちゃんは扉付近に立っていた。

「おじさんたちは、もういないんだっけ?」

「うん、朝一番の飛行機だから、もういないはずだよ」

「残念、ご挨拶したかったのに」

「ご挨拶って…」

からかいを含んだ言い方に、ご挨拶とやらが実践されなくて良かったと思いました。

「妹さん、いくつだっけ?」

「利香? 小6だよ」

「そうそうリカちゃん。小6かー、かわいい?」

「かわいくないよ、普通」

「普通ねー、期待しとこっと」

「やだよ、期待なんかしないでよ。だいたい僕の妹なんだよ、かわいいはずないじゃないか」

「いやいや、アッくんの妹だからこその期待感でしょ」

「もうっ、単なる生意気な小学生だからねっ」

僕の小声での抗議を、アーちゃんは一笑して終わらせた。
そうこう言ってる間に電車は学園のある街を離れ、都市の中心部へと向かって行く。
だんだん乗車する人が増えてきて、僕とアーちゃんは自然と隅の方へと追いやられていった。

「やっぱ休日は多いねー」

「うん、そうだね」

実家に帰る旨を説明したとき、なぜだかアーちゃんも僕の家に一緒に行く予定になっていた。
お母さんに確認をとったら反対されることはなく、逆にご迷惑をかけないようにだとかの理不尽な注意をされてしまった。

そういうわけで、なぜだかアーちゃんと連れ立って、僕の実家を目指しているのが今の状況です。

ふうっと息を吐きながら壁を背に周囲を見渡せば、車内にはたくさんの人たちが溢れていた。
若い人や中年の人、派手な格好をした人もたくさんいて、今日は休日なんだと改めて思い知らされた気分になる。
大勢の乗客に息が詰まりそうななか、何気なく僕のすぐ目前、つまり真前に立つアーちゃんを見上げていた。

「なに?」

なにもないと慌てて頭を振ったら、アーちゃんは特に気にした風もなく外の景色に視線を移した。
やがて大きなカーブに差し掛かり、周囲の人々が一斉に揺れた。
その波は、当然のごとく僕にも押し寄せてくるはずで、

「っ、…」

一瞬だけ、アーちゃんが顔をしかめた。

「すみませんっ」

すぐ隣りにいた女性が、咄嗟に謝罪をしてくる。
僕のすぐ傍で交わされたアーちゃんと知らない女性のやり取りに、それが女性に足を踏まれたからだと、アーちゃんが軽く会釈をし返したときに気が付いた。
そして、もう一つ。
アーちゃんは、壁を背にしている僕を、人混みから守ってくれていたのだと知った。
右手で吊り革を握り、左手を僕の頭の横に置くことで、自然と壁になってくれてたんだ。
そうして人波から守られていたと気付いた途端に、恥ずかしくてたまらなくなった。

もちろん感謝はしてるよ。
正直言って、体格に自信のない身としては、人の多い車内ほど恐ろしいものはないもの。
ましてや人波に押されるなんて、とんでもないことだ。
だけど、だけど……こういうのって、彼氏が彼女にしてあげるものだよねっ!?
男が男にしてあげる必要性は、きっとないはずだよね!?
だからって、そんなことでアーちゃんを責めるのはお門違いだし、ここは素直に御礼を言うべきところ、だよね!

「あ、ありがと……」

妙な羞恥心が立ち込めるなか口にすれば、アーちゃんは見るからにきょとんとして、

「なにが?」

などと聞き返してくる。
どうしてサラッと流してくれないんだよ!

「え、だ、だから、庇ってくれたから…え、えっと……」

おもいっきり首を傾げ、本気で意味が分からないと訴えかけてくる相手に、ハッとした。
もしかしたら、たまたまこんな体勢になっただけなのかもしれない。
よくよく考えたら、この体勢ってたぶん楽だよね。
だけど先ほどのカーブで、僕に何の負荷もかからなかったのは事実だし、今だって僕だけは人に押されることもなくいるわけで……。

そして突然の閃き。

そっか、アーちゃんは意識せずにやってるんだ。
さり気なく庇うというのは、アーちゃんにとってはごく当たり前の行為で、もし相手が女性なら、気遣いのできる男性だと賞賛されること請け合いだ。

でも僕は『男』だ!
アーちゃんと同じ年で、同じ性別の、れっきとした男!!
アキラならともかく、僕がアーちゃんに庇ってもらう謂れなんてないはずなんだよ!

どうにも納得がいかなくて、だからといってアーちゃんに当たるのは、それこそ筋違いも甚だしい。
だからといって素直に受け止めるのもモヤモヤする出来事に、もうどうしていいか分からず、ただ心の中だけであーだこーだと言い訳を続けた。

「変顔」

「か、考えてるのっ」

「なにを?」

「なにをって…」

「あ、夕飯のメニュー? 妹ちゃんの手料理だったらなんでもいいよー」

「利香は料理なんてできないよ」

「あらら、残念」

僕を大混乱させてるくせに、平然とそんな話をするアーちゃんに、またもやモヤモヤした。
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