隊長たちの休日-2014秋の特別編-
[隊長たちの休日-2014秋の特別編-蛇足3]
瞳子さんを起こさないようにベッドから這い出て、勝手に風呂を拝借する。
背中がピリッとしたからおそるおそる鏡で見てみると、そこにはクッキリはっきり爪痕が残されていた。
「サイアク……」
お互い痕は残さない。それがセフレのマナーだってのは、瞳子さんの常套句だってのに。
彼女にしては珍しい嫌がらせ。
実は、相当不機嫌だったってことか。
風呂を出て冷蔵庫の中身を物色して、適当にサンドイッチとサラダを作り、そのままキッチンで立ったままかっ食らう。
その間に、栞にメールを送っておいた。
最近いつ瞳子さんと会ったか、と。
すぐに返事がきて、そこに書かれてる日付にげんなりした。
栞に会えない鬱憤を、瞳子さんは他所でばらまく。
明石も標的の一つだ。
仕送りをわざわざ止めさせ、兵糧攻めに追い込んで泣きが入ったところで瞳子さんが届けに行くってのは、嫌がらせの最たるもんだと思うもん。
ちょっとだけ、狼に同情したくなっちゃったな。
しかも性質の悪いことに、そんな自分を栞にだけは悟らせないのだ。
ストレス溜まってるとか、そのせいで男に地味な嫌がらせしてるとか、そんなことは絶対にね。
いつでもおおらかで包容力あるお姉さんを演じてる。
女同士の友情ってのは、さっぱり分からんわ。
【たまには会ってやれよ】
だから栞にも、この程度しか書けない。
またすぐに返事がきた。暇なのかな?
【時間ができたら、考えます】
深い深い溜息が。
これじゃ善処しますと同義じゃねーか。
俺も瞳子さんとは、暫く会わないようにしよっと。
サンドバッグの役は、血を分けた兄弟が担うべし、だ。
◆
昼から夕方まで執事になりきった。
相方フットマン仲立には、さり気なく触られたりしたが、変に避けて仕事に支障が出るのは嫌だし、向こうも弁えてたからおおむね良好に終えられた。
着替えるときは警戒したけど、勇気を出してシャツを脱いだら、なぜだか仲立は俺に話しかけてこなくなった。
あれれと思った後に、背中の痛みを思い出して得心がいく。
瞳子さんに感謝すべきかな。
二日間のバイト料が入った封筒を佐野さんから受け取り、厨房で飯を食わせてもらって、電車に乗って居眠りしてたら、ようやく見慣れた街に戻ってこれた。
バスを待つ間に携帯みたら、一件のメール。
差出人は分かってる。
毎回こうやって追い出された翌日に、必ず入るメールだから。
内容もだいたい把握してる、つか、いっつも同じ内容だった気すらしてくる。
今回も、まったく想像通りのもので、その変わりのなさに笑った。
寮に着いたら部屋に戻る前に売店に寄り、メールで指定されたアイスを二つだけ買う。
ハーゲン○ッツのバニラと……レアチーズ。
あいつの好みは、バニラとチョコ。
それらを最低二個、最大三個食べるのだ。
これは絶対に欠かせないと力説するくせに、こういうときには頼まないんだよな。
長い付き合いなのに、まったく理解できない相手を思い浮かべながら、ようやく帰ってきた我が家。
時間は、もう夜だった。
玄関で出迎えられ、東峰がよくぞ解放したなと感心した。
「おかえりなさい」
「はいはい、ただいまー」
さっそく両手を出してきたから、財布と封筒を乗せた。
気分は、給料全部を搾取される典型的なリーマン夫。
「ひい、ふう、みい……」
封筒から出した札を数える鬼嫁、もといアキラを置いて、アイスを冷凍庫に放り込んだあと寝室でお着替え。
正しい姿勢を強要される礼服は、かなり窮屈だった。
おかげさまで、普段使わない筋肉が、ギシギシ悲鳴を上げている。
肩を揉み解しながら首の運動もしつつリビングに戻れば、アキラが正座しながら自分の前を指差す。
そこに、座れってことだな。
指示通りにアキラの前に腰をおろし、胡坐をかく。
「これっ」
ぴしゃんと膝を叩かれた。
「きちんと座りなさい」
胡坐はきちんとした座法だと思うのですが。
それは言わずに、大人しく正座した。
そうして人を座らせておきながら、自分は走ってキッチンに行き、冷凍庫から俺が買ってきたアイスを持ってくる。
「二日間の労働、お疲れ様でした」
丁重に労ってくれるのはありがたいが、俺には言いたいことが山ほどあるんですよ。
今は我慢しますがね。
「はい、どうぞ」
スプーンとともに手渡されたのは、さっき買ったばかりのアイス、の内の一個。
もう一個、バニラのほうはアキラの手の中にあった。
すなわち、俺が受け取ったのは、レアチーズってわけだ。
これは、俺の好物。
「さ、いただきましょう」
自分で買ったアイスの蓋を開け、スプーンを刺し、掬った物を口に入れる。
アキラも同じくアイスを頬張った。
「はぁ、美味しいです。労働のあとは、また格別ですねぇ」
あなた、働いてないじゃないですか。
言いたいことはまだ飲み込んだまま、黙々と口と手を動かした。
「足、くずしてよろしいでしょうか?」
「んま、情けない」
正座でアイスを食うなど、邪道だ。
いいともダメとも言われなかったから、勝手に胡坐に変更した。
幸いにも、怒られはしなかった。
「さて、」
アイスを半分ほど食ったところで、アキラが没収した俺の財布を持ってくる。
「反省いたしましたか?」
「しました、めっちゃしました」
「では、これで許してさしあげます」
そう言って渡される俺の財布。
昨日出かけるときには、綺麗に空っぽにされ薄っぺらくなっていたが、今はそれなりの厚みがあった。
「無駄使いは、いけませんよ」
昨日今日稼いだ現金、残らずすべてが納まってるだろう財布を、ありがたく頂戴する。
結局手に入れた金は、全部が全部俺の物ってことだ。
そして、これにて借金もチャラ。
初めてのときから変わらない謎の行動。
アイスのこと財布のこと借金全部チャラってのも、全部理解不能の行動でしかない。
そんな甘い処遇に、いつもいつも首を傾げたくなる。
だがこいつのなかでは、キチンと筋が通ってるんだろう。
結局は、俺に甘いだけかもしれないが……。
とにもかくにも、これにてすべて完済だ。
となれば、俺も普段の調子に戻れる。
「なんで、ミフネッチにばらしたの」
「リベンジしたいとおっしゃったので」
「はぁ? 俺が何したっつのよ!?」
「詳細は知りません。リベンジしたいと、それだけでしたので。何か恨みを買ったのではありませんか」
「ミフネッチに復讐されるようなこと、してねーんですけど!」
「僕に言われても困りますよ。あなたのことですから、知らないうちに何か失礼なことをしでかしたのでしょう」
「心当たりがまったくない」
「恨みなど、そういうものですよ」
「納得いかねーなー」
かなり納得いかないぞー。
しかし下手に事を荒立てて、その恨みとやらが再燃しても困る。
今回のことで溜飲は下げただろうから、ここは黙っておくのが吉か。
そうしようと決め、忘れるためにと愛しい愛しい俺の財布に頬擦りする。
「あれ、やけに多くね?」
二日間の稼ぎは、当たり前だが把握している。
だが財布に入っていた札は、それよりも遥かに多いものだった。
「あなたの報酬ですよ」
「報酬? ミフネッチと鳥ちゃんとバイト……それ以外になんかあったっけ?」
帰りのバス代とアイス二個は自腹だった。
つまり、僅かに減ってはいても、遥かに増えることはないはずだ。
「いやですね、お忘れですか」
「は?」
「あなたは幼い頃、そうしてお小遣いを貰っていたではないですか」
「え、なに、どういうこと?」
幼い頃?
男子大好きなお袋に、情報売って小金稼いでましたけど……。
え、まさか、まさか!? まさかアキラも、それに倣ったってこと!?
でも、なんの情報を?
そもそも俺の報酬ってどういう意味だ?
「……おまっ、まさかっ」
「次回があれば、必ず行くとおっしゃっていましたが、さて、次回はあるのでしょうかね?」
「おま、バカじゃないの!?」
執事喫茶に来るお袋。
あってたまるかの現実に、目の前が真っ暗になった。
「あなたが無駄遣いしなければ問題ないことです」
「ムリですーーーーーー!!」
瞳子さんを起こさないようにベッドから這い出て、勝手に風呂を拝借する。
背中がピリッとしたからおそるおそる鏡で見てみると、そこにはクッキリはっきり爪痕が残されていた。
「サイアク……」
お互い痕は残さない。それがセフレのマナーだってのは、瞳子さんの常套句だってのに。
彼女にしては珍しい嫌がらせ。
実は、相当不機嫌だったってことか。
風呂を出て冷蔵庫の中身を物色して、適当にサンドイッチとサラダを作り、そのままキッチンで立ったままかっ食らう。
その間に、栞にメールを送っておいた。
最近いつ瞳子さんと会ったか、と。
すぐに返事がきて、そこに書かれてる日付にげんなりした。
栞に会えない鬱憤を、瞳子さんは他所でばらまく。
明石も標的の一つだ。
仕送りをわざわざ止めさせ、兵糧攻めに追い込んで泣きが入ったところで瞳子さんが届けに行くってのは、嫌がらせの最たるもんだと思うもん。
ちょっとだけ、狼に同情したくなっちゃったな。
しかも性質の悪いことに、そんな自分を栞にだけは悟らせないのだ。
ストレス溜まってるとか、そのせいで男に地味な嫌がらせしてるとか、そんなことは絶対にね。
いつでもおおらかで包容力あるお姉さんを演じてる。
女同士の友情ってのは、さっぱり分からんわ。
【たまには会ってやれよ】
だから栞にも、この程度しか書けない。
またすぐに返事がきた。暇なのかな?
【時間ができたら、考えます】
深い深い溜息が。
これじゃ善処しますと同義じゃねーか。
俺も瞳子さんとは、暫く会わないようにしよっと。
サンドバッグの役は、血を分けた兄弟が担うべし、だ。
◆
昼から夕方まで執事になりきった。
相方フットマン仲立には、さり気なく触られたりしたが、変に避けて仕事に支障が出るのは嫌だし、向こうも弁えてたからおおむね良好に終えられた。
着替えるときは警戒したけど、勇気を出してシャツを脱いだら、なぜだか仲立は俺に話しかけてこなくなった。
あれれと思った後に、背中の痛みを思い出して得心がいく。
瞳子さんに感謝すべきかな。
二日間のバイト料が入った封筒を佐野さんから受け取り、厨房で飯を食わせてもらって、電車に乗って居眠りしてたら、ようやく見慣れた街に戻ってこれた。
バスを待つ間に携帯みたら、一件のメール。
差出人は分かってる。
毎回こうやって追い出された翌日に、必ず入るメールだから。
内容もだいたい把握してる、つか、いっつも同じ内容だった気すらしてくる。
今回も、まったく想像通りのもので、その変わりのなさに笑った。
寮に着いたら部屋に戻る前に売店に寄り、メールで指定されたアイスを二つだけ買う。
ハーゲン○ッツのバニラと……レアチーズ。
あいつの好みは、バニラとチョコ。
それらを最低二個、最大三個食べるのだ。
これは絶対に欠かせないと力説するくせに、こういうときには頼まないんだよな。
長い付き合いなのに、まったく理解できない相手を思い浮かべながら、ようやく帰ってきた我が家。
時間は、もう夜だった。
玄関で出迎えられ、東峰がよくぞ解放したなと感心した。
「おかえりなさい」
「はいはい、ただいまー」
さっそく両手を出してきたから、財布と封筒を乗せた。
気分は、給料全部を搾取される典型的なリーマン夫。
「ひい、ふう、みい……」
封筒から出した札を数える鬼嫁、もといアキラを置いて、アイスを冷凍庫に放り込んだあと寝室でお着替え。
正しい姿勢を強要される礼服は、かなり窮屈だった。
おかげさまで、普段使わない筋肉が、ギシギシ悲鳴を上げている。
肩を揉み解しながら首の運動もしつつリビングに戻れば、アキラが正座しながら自分の前を指差す。
そこに、座れってことだな。
指示通りにアキラの前に腰をおろし、胡坐をかく。
「これっ」
ぴしゃんと膝を叩かれた。
「きちんと座りなさい」
胡坐はきちんとした座法だと思うのですが。
それは言わずに、大人しく正座した。
そうして人を座らせておきながら、自分は走ってキッチンに行き、冷凍庫から俺が買ってきたアイスを持ってくる。
「二日間の労働、お疲れ様でした」
丁重に労ってくれるのはありがたいが、俺には言いたいことが山ほどあるんですよ。
今は我慢しますがね。
「はい、どうぞ」
スプーンとともに手渡されたのは、さっき買ったばかりのアイス、の内の一個。
もう一個、バニラのほうはアキラの手の中にあった。
すなわち、俺が受け取ったのは、レアチーズってわけだ。
これは、俺の好物。
「さ、いただきましょう」
自分で買ったアイスの蓋を開け、スプーンを刺し、掬った物を口に入れる。
アキラも同じくアイスを頬張った。
「はぁ、美味しいです。労働のあとは、また格別ですねぇ」
あなた、働いてないじゃないですか。
言いたいことはまだ飲み込んだまま、黙々と口と手を動かした。
「足、くずしてよろしいでしょうか?」
「んま、情けない」
正座でアイスを食うなど、邪道だ。
いいともダメとも言われなかったから、勝手に胡坐に変更した。
幸いにも、怒られはしなかった。
「さて、」
アイスを半分ほど食ったところで、アキラが没収した俺の財布を持ってくる。
「反省いたしましたか?」
「しました、めっちゃしました」
「では、これで許してさしあげます」
そう言って渡される俺の財布。
昨日出かけるときには、綺麗に空っぽにされ薄っぺらくなっていたが、今はそれなりの厚みがあった。
「無駄使いは、いけませんよ」
昨日今日稼いだ現金、残らずすべてが納まってるだろう財布を、ありがたく頂戴する。
結局手に入れた金は、全部が全部俺の物ってことだ。
そして、これにて借金もチャラ。
初めてのときから変わらない謎の行動。
アイスのこと財布のこと借金全部チャラってのも、全部理解不能の行動でしかない。
そんな甘い処遇に、いつもいつも首を傾げたくなる。
だがこいつのなかでは、キチンと筋が通ってるんだろう。
結局は、俺に甘いだけかもしれないが……。
とにもかくにも、これにてすべて完済だ。
となれば、俺も普段の調子に戻れる。
「なんで、ミフネッチにばらしたの」
「リベンジしたいとおっしゃったので」
「はぁ? 俺が何したっつのよ!?」
「詳細は知りません。リベンジしたいと、それだけでしたので。何か恨みを買ったのではありませんか」
「ミフネッチに復讐されるようなこと、してねーんですけど!」
「僕に言われても困りますよ。あなたのことですから、知らないうちに何か失礼なことをしでかしたのでしょう」
「心当たりがまったくない」
「恨みなど、そういうものですよ」
「納得いかねーなー」
かなり納得いかないぞー。
しかし下手に事を荒立てて、その恨みとやらが再燃しても困る。
今回のことで溜飲は下げただろうから、ここは黙っておくのが吉か。
そうしようと決め、忘れるためにと愛しい愛しい俺の財布に頬擦りする。
「あれ、やけに多くね?」
二日間の稼ぎは、当たり前だが把握している。
だが財布に入っていた札は、それよりも遥かに多いものだった。
「あなたの報酬ですよ」
「報酬? ミフネッチと鳥ちゃんとバイト……それ以外になんかあったっけ?」
帰りのバス代とアイス二個は自腹だった。
つまり、僅かに減ってはいても、遥かに増えることはないはずだ。
「いやですね、お忘れですか」
「は?」
「あなたは幼い頃、そうしてお小遣いを貰っていたではないですか」
「え、なに、どういうこと?」
幼い頃?
男子大好きなお袋に、情報売って小金稼いでましたけど……。
え、まさか、まさか!? まさかアキラも、それに倣ったってこと!?
でも、なんの情報を?
そもそも俺の報酬ってどういう意味だ?
「……おまっ、まさかっ」
「次回があれば、必ず行くとおっしゃっていましたが、さて、次回はあるのでしょうかね?」
「おま、バカじゃないの!?」
執事喫茶に来るお袋。
あってたまるかの現実に、目の前が真っ暗になった。
「あなたが無駄遣いしなければ問題ないことです」
「ムリですーーーーーー!!」