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隊長たちの休日-2014秋の特別編-

[隊長たちの休日-2014秋の特別編-蛇足2]


俺の終業時刻は、午後9時半。
おかげさまで、無事終了の運びとなりました。
はい、もうクッタクタです。

この店のいい点は、賄いがあるってとこ。
着替えたら厨房に行って、食わせてもらえるのだ。

「おつかれさまでした」

「おつかれーっす」

今日一日相方だった男が、ロッカールームにやってきました。
どうやら上がりの時間が、同じようです。

他に人気はなし、二人っきり無言で着替える。
明日も着なきゃいけない燕尾服を丁寧にハンガーにかけ、タイを外してウェストコートも脱いで、どんどんロッカーにイン。
はぁ、かなり楽になった。
スラックスのベルトを緩め、袖口のボタンを外して重い絹のシャツを脱いだ。
下には無地の白Tシャツ。ダサいけど、布地を傷めないためには仕方ない。
やっとそこまで辿り着き、Tシャツの裾に手をかけ一気に脱いだ背中に感じる、妙な視線。

「なに……?」

スラックスにかけていた手を引っ込める。
まだフットマン装束のままの仲立が、ジッとこちらを窺っていた。
しかもニコニコと、ちょっとばかし妖しいものが混じった顔で。

「ねぇ、高橋君って、大学生?」

「……違うけど」

「じゃあ、専門?」

「だったら、なに?」

「僕もね、専門学校に通ってるんだ。医療系のね」

「ふうん」

会話が続かないのは、まぁいい。
俺に続ける意志がないんだから。
今ここで気にすべきは、スラックスをどう脱ぐか、じゃなかろうか。

めっちゃ見られてるじゃん!
これさ、もうさ、視線で犯されてんじゃないの!

無表情を心がけながら、内心めっちゃ焦っていた。
ホモの巣窟(学校)で避け続けてきたシチュを、まさかこんなところで経験するわけにはいかない。
つか、俺の人生には必要なし!

ここは勇気を振り絞って、一気に脱ぐか。
いや、待て待て、ズボンってのは左右あるわけで、必然的にミギヒダリの作業になるわけだ。
じゃあ一気に降ろして両足一緒に……バランス崩して倒れたらどうすんだ。
まさに飛んで火にいる、になるまいか!

じゃあ、確実に右、左と抜いてくか?
おいおい、それだとパンツ時間が長くなるんじゃねーか。
あああああ、しかも、しかもだ、穿く作業もあるじゃないの!
くっ、どうしてスカート男子にジョブチェンジしなかった!
あれさえあれば、女子の着替えのごとく隠して着替えができたというのに!

「ねぇ」

仲立が一歩近づく。

「ひっ……」

聞こえないレベルで引き攣った悲鳴を上げながら、後ろに下がった。
ロッカーにぶつかって、背中が若干痛い。

「何か、スポーツとかしてる?」

「してませんっ」

「ふうん、それにしては、すごくいい体してるよねぇ」

ジッと見詰めてくる二つの目玉が、俺の胸と腹を何往復もしつつ、さり気なく股間にも流れる。
それに、僅かばかり安堵していた。
奴の視線が、尻を捕らえていなかったからだ。
股間も勘弁して欲しいが、尻よりかは遥かにマシだ!

ガチホモの難点は、いくら外見が受けっぽくても、中身攻めの可能性があることだった。
少女みたいな男が、ガチムチ筋肉男を掘ることだって多々ある。
事実は小説よりも奇なりなんだよ!

だが仲立は、どうやら受け志望らしい。
これだけでも救われるってもんじゃね。

「えっと、お着替えにならないのでしょうか?」

なんで、敬語やねん!!
自分で言ってて情けないわ!

「うん、着替えるよ」

そう言って、また一歩近寄ってくる。
ガンっと背後で嫌な音がした。
俺がロッカーに体当たりしてるせいなんだけどね。

「ねぇ、この後、飲みに行かない?」

「あ、えーと、あの……彼女が待ってるんで」

誰だよ!!
もうね、自分でもアホかと。

「そっか、彼女がいるんだ……」

頼むからショボンとしないでくれ。
キモイんだ!!
だがしかし、これで諦めがついたのか、仲立は自分のロッカーの前で着替え始めた。
ようやくか!

俺はその隙に一気にスラックスを脱ぎさり、ズボンを穿いた。
かなりのスピードで、もしかしたら自己記録を更新したかと思えるほど。
過去に記録をとったことはねーけど。
続けてシャツを着て、アクセ類はバッグに放り込む。
つけてる時間がもったいない。

「お疲、」

「明日も一緒なんだね。嬉しいなぁ」

「あ?」

お疲れさまでしたーと一声かけて出ようとしたのに、明るい声で謎の毒を吐かれ一旦停止。
着替えもそこそこに、仲立がシフト表に見入っていた。
俺は、まったく意味の通じない言葉に、目が点。

「ほら、明日も一緒だよ」

「はあ?」

大慌てで俺もシフト表にかじりついた。

「げっ」

という言葉は、かろうじて飲み込む。
さすがにそれは、いかんだろう。
そもそも仲立がそっち系か確認がとれてねーし、俺に……なんてのは俺の被害妄想かもしれねーし、なにより今は同僚なだけに。

だがしかしだ、明日は昼から夕方までのシフトだが、またもやこのフットマンが相方というのは本当だった。
ついてない。
俺は幸運の女神にとことん見放された男なのだと、つくづく感じ入ってる最中、下のほうから聞こえてきたクスクス声。
そうっと下を見ると、頭一つ分下には茶色い頭が。
計らずも、俺は仲立相手に壁ドンしてしまったわけだ。
仲立が背中を向けてるだけマシか、いや、確実に事故ってる。
振り向こうとする気配が伝わったから、大急ぎで体をもぎはなし、その勢いのままドアまで突っ走った。

「おつかれっ、またあしたっ」

返事なんかさせる猶予は与えずにドアを閉め、そのまま出口まで、あ、賄いはどうする!?

「わっ、そんなに急いでどうしたんだい?」

ちょうどそのとき、一旦引き上げてきた佐野さんとぶつかりかけた。

「あっと、いや、帰りたいんすけど、飯……」

「ああ、そうそう、どうせオーナーのところに寄るんだろ。ついでに持って行ってよ」

「なにを?」

手招きする佐野さんに着いて厨房に入ると、ドギーバッグが準備されていた。

「こっちは高橋君の分ね。そっちはオーナー用」

「ああ、なるほど」

これは、ラッキーとしか言えまい。

「それじゃ、頼むね。お疲れ様、明日もよろしく」

「はーい、お疲れさんしたー」



ようやく長い一日が終了、っとと、まだまだ気は抜けなかった。
ドギーバッグを両手に、俺は徒歩で瞳子さんのマンションに向かった。
ホント、便利なところに住んでるよね。

このまま寮に戻ったとしても、とっくにバスは終わってる。
タクシーという手もあるが、それじゃミフネッチからの報酬が無意味になる。
どうせ明日もバイトがあるし、交通費がもったいないではないか。
というわけで、本日の宿泊場所は瞳子さんの部屋、つまり、今日という日の終わりは、まだまだ見えてこないっつーわけだ。

いつもの手順で部屋に入れてもらった。
玄関開けたときから小さな嫌味の応酬で、ただでさえ疲れてるところに、さらに追い討ちをかけられる。
試しに、

「風呂、飯、寝る」

だけを言ってみたら、速攻ビンタが飛んできた。
結構、痛いんだっつの。

風呂を出たら、ようやく夕食だ。
もちろん俺が準備する。
瞳子さんの分もちゃんと皿に盛り付けて、ついでに冷蔵庫からもいろいろ持ち出した。
そして俺はビール、瞳子さんはワインで乾杯。
つっても、瞳子さんは、俺が来る前からのんびりやってらしたけどね。

「お金を稼ぐってのは、大変なことなのよー」

「あなたが言うと、説得力に欠けるのよね」

いつもなら10倍くらいで返されるが、今日は機嫌がいいのか反論はなかった。
逆に、不気味だ。

「なんか、あった?」

「なんのこと?」

「機嫌いいから、なんかあったのかなーって」

「別に何もないわよー、今のところは」

「どういうこと?」

当然の疑問も、フフフーという笑いの前では答えなど期待できそうにないかな。

「結構、可愛かったでしょ」

「は? 何が?」

「フットマンよ。あのコねー、礼儀正しくてとーっても素直なコなのよー」

このヤローの仕業でしたか。

「シフト組んだのは、あんたか」

「やだ、たまたまよー、たまたま」

「ホモはお断りだ」

「ホモのくせに」

「またそれかよ、俺はいたってノーマル。あんたこそレズのくせして、何言ってんだか」

「そういう俗っぽい言葉は使わないでっ」

「百合とでも言えってか。どっちもどっちじゃん」

「そういうことじゃないの。私のすうこーな想いを、安っぽく表現するなって言ってるのよっ」

脛を蹴ってくる細い足をとっ捕まえて、ソファの上に投げる。
いったいどれほど飲んでたのか、瞳子さんはそれなりに酔いが回っているらしい。
どうりで、暴力に訴える回数が少ないはずだ。

「キャ、零れるでしょー」

「うっせ、酔っ払い。さっさと寝ろよ」

「そうね、寝ましょう。運べ」

「くっ、」

アッくんを抱き上げてるところを見たせいか、あの日はずっと姫抱きを要求された。
今日もですかと辟易したが、逆らうだけ時間の無駄か。
なんでここの寝室は、階段上がったところにあるのかなー。
マンションに、二階は不要なんだよ!

「よっこいしょっ!」

「はぁ? そこまで重くないでしょー」

「いや、十分重いから。腰折れそう」

思いっきり耳を引っ張られた。
くそっ、一階にある客間に放り込んでやろうか。

なんだかんだで腕の中で暴れる体を寝室に運び入れる。
酔っ払いには、落とされるという危機感はないらしい。

「はぁ、どっこいせっ」

腕の中の荷物をベッドに落とせば、今日のお仕事は完、

「おいこら、ヤリチン」

「んだよ、ビッチ。言っとくけど、こちとら疲労困憊ですからね、誰かさんのせいで」

「だからできないってか」

「ホモのせいで、萎えたわ」

「まだ襲われてもいないくせにー」

「襲われてたまるかっ」

「ホモなのに?」

「あのなっ、だったら俺は、なんであんたを抱いてんの?」

「そんなの決まってるじゃない」

「なに? 言ってみな」

「好きなコが抱けないからよ」

「……」

「私とおんなじね。でもね、違うの。私はイイ男とのセックスが大好きで、これは絶対に譲れない。
同姓の体なんて、触れたくもないわ。でもね、あんたは違うでしょ。好きなコと同じ身体を知りたくないだけなのよ。
快楽を知っちゃうのが、恐いの。臆病者だから」

「他に、言い残したいことは?」

くつくつ笑う相手の、見せ付けるように反らされた首筋に自然と手が伸びた。
耳の下から喉元と、指先で触れていけば、すぐに熱い吐息が零れ出る。

俺なんかに急所握られて、いいの?
こんな細い首、片手でポキリだよ。

「そうね、……そんなことに拘るなんて、ほんとバカ。誰を抱いても一緒なら、気にせず飛び込んじゃえばいいのよ。
いつものようにやりまくれ、ヤリチンッ」

「だから男も抱いてみろってか。無理だね、チ○コ見たら萎える」

「あはは、それはあるかもねー」

「そもそも前提からしておかしいよね。好きなコ好きなコって、そんなもんどこに居るのよ?」

「そうね、今回もいないことにしときましょうか」

絡まってきた両腕に任せて、身を寄せた。
ワインの香りで、咽そうだ。
本当に、どれほど飲んだのか。

「する?」

無邪気に尋ねられて、返事に窮した。
疲れてるのは、ホント。
だけどこのままでは眠ってくれない相手に、

「酷くしていいなら」

と、了承の構えを見せる。

「いいわよ。いじめすぎたから、今日は言わずにいてあげる」

それは、俺を萎えさせるのが目的なのかと疑いたくなる、毎度のごとく唱えられる文言のことだろう。
セックスの最中、この女はいつも俺に命じる。従ったことはないが。

「栞にしたのと同じようにしろ、なんて、絶対に言わないわ」

「言ってるしっ」

キャハハと子供のように無邪気に笑う女に、逆にこっちが押し倒された。
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