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隊長たちの休日-2014秋の特別編-

[隊長たちの休日-2014秋の特別編-4]


対戦型格闘ゲーム、いわゆる格ゲー。
それが御船を熱くさせているのだと、高橋君がそこそこ丁寧に教えてくれた。
御船に勝ち続けている相手は、向かい合わせに設置されている同ゲームをしている人物というわけだ。

「慣れてる人が乱入してくるなんて、卑怯だよっ」

「いや、そういうゲームだから」

「でも、御船は初めてなんだよ」

「素人潰して楽しむ輩も多いからねー」

「なにそれ、むかつく」

「いやいや、そういうゲームだから」

腹は立つけども、そういうものだと言われたら、確かに何も返せない。
ムキになって続ける御船が気の毒ではあるけども、ここは黙って見守るしかないわけか。
高橋君はとうにその心境に至ったようで、御船の横の人を覗きこみ、飽きたらまたすぐ隣りの人と、結局一周して最初の場所に戻って来た。
つまり、御船から少し離れたところにいる僕の所に。
御船はといえば、手持ちの100円玉はとっくに無くなり、すでに二度、両替をしていた。

「御船があそこまで熱くなるなんて、ちょっと意外だなぁ」

「負けず嫌いだからね」

「そうなんだ……もしかしたら、ギャンブルに嵌るタイプなのかな?」

言いながら、ゾッとした。
御船の進むべき道の先には、東峰様がおられるのだ。
だというのに瑣末な事象に捕らわれて、道を踏み外す結果となったら……。

「とっくに嵌ってるじゃん。東峰との人生なんて、ギャンブルそのものでしょ」

「と、東峰様?」

「鳥ちゃんもそうでしょ。藤村となんて、博打も博打、大博打の人生だ」

「あ…でも」

いわんとしてることは分かったけど、そういうことではなくて……。

「今のミフネッチはね、高校生を演じるのに必死なんだよ」

「……ああしてゲームにムキになる自分を、演じてるってこと?」

「小さなことでムキになれるなんて、今だけでしょ」

「そっか、そうかもしれないね。御船は、自分の立場を自覚してるんだね」

「そういうこと」

高橋君に言われただけで、太鼓判を押されたような気持ちになった。
御船のことは、御船自身が一番分かっているってことか。
僕一人があたふたしてたなんて、ホント笑い種だ。

「でも、あれはちょっと行き過ぎじゃない?」

「金額がでかいほど冷静になるやつだけど、小銭ってのがマズかったね」

どうせ5000円も使えば止めるよ、などと気楽に言われたけど、そこまで使わせるのは非常にもったいなく感じる。
御船のことだから、とりあえず一勝できたら満足するよね……。

「ねぇ、君って確か、ゲーマーってやつじゃなかったっけ?」

「俺の専門はネトゲ。格ゲーは専門外」

「そっか……」

目論見は外れたか。

「いくら出す?」

「……は?」

「だから、いくら出す?」

「専門外って言ったばかりじゃない」

「とりあえず試してみようかな、と」

「あのゲーム、やったことあるの?」

「ない、つか、格ゲー自体ない」

「まったくお話にならないね」

「成功報酬でいいぜ」

「1000円」

「ま、いっか。交渉成立ということで」

そう言って、高橋君は御船の元に向かい、暫く画面を眺めた後【YOU LOSE】の文字を合図に、御船の体を椅子から押しのけた。

「交代」

「高橋、なにするんだよ!」

「残数4枚か……」

高橋君はハァと息をつき、積まれていた4枚の小銭のうち1枚を持ち出して、ゲーム機へと投入した。
ポンポン押される手元のボタン。
それに合わせて、モニター内の映像が目まぐるしく変わってゆく。
既にこの時点で、僕の目は付いていけなくなっていた。
やがて【FIGHT】の掛け声がかかり……。

ムリムリ、さっぱり分からないよ!
目も追いつかないし!
まぁ、とにかくだ、高橋君はあっさりと負けました。
やっぱりなと意気消沈したところで、投入される新たな100円玉。
こらこら、君まで熱くなっちゃったのかい?
そして画面に流れる【YOU LOSE】の文字。
くうぅぅ、くやしいなぁ。

御船と僕が歯噛みしてるなか、高橋君だけはやけにすっきりした表情を見せていた。
負けたのが悔しいとか思わないのかな?

さすがに無理だと諦めかけたとき、高橋君がまたまた100円玉を投入した。
しかも今回は、残り1枚となった100円玉を自分のポケットに仕舞うという謎の行動までとったのだ。
おい、ちょっと! どういうこと!?
そうして固唾を飲んで見守る僕らの目に飛び込んできたその文字は、

【YOU WIN】



「1000円」

何食わぬ顔で掌を差し出す男。
僕は納得いかないまま、財布を取り出した。

「したことないって、嘘だったんでしょ」

「ないよ、マジで」

「じゃあ、どうして勝てたのさ」

「見てたから」

「はぁ?」

「他の奴らがやってるのを、後ろから見てたの」

「そ、それだけで、できるものなの?」

「手元と画面見てたらなんとなく分かるでしょ。あとは、実戦?」

なんだこのコ、なんだこのコ。
いくらゲーム全般疎い僕でも、慣れてる人間と初めての人間が対戦して300円で勝つなんて、無理ってことくらい分かるよ!
やっぱり騙されてたんじゃないのかな……。

「1000円」

「分かってるよっ」

まぁ、たった1000円で御船を止められたんだし、結果よければですべてよしだよね。

熱の冷めた御船は、高橋君のお茶を奪って飲み干してから、僕をプリクラに誘った。
一応、高橋君にも声をかけていたが、

「高橋も一緒に撮る?」

「お断りします」

「あっそ」

あっさりした拒絶に未練もなにもなく、御船と僕はカーテンの奥へと進んだ。
実はプリクラ初体験だから、かなりワクワクしている。
そして、肩を組んだり、変顔したり、前に出ようとする御船を押しのけたり押し戻されたり。
いろんなショットを堪能して、できあがった数枚のシート。

「目、こわーい」

なんて、顔の半分くらいを占拠した目玉に、二人で爆笑。
目を大きくする機能なんて、面白いこと考えるよね。
一頻り笑って大満足してからゲームセンターを出ようとしたとき、不意に御船の足が止まった。
クレーンゲームの真ん前で……。



「まだやるのー?」

「もう少し、もう少しで取れそうなんだよ」

1000円札の両替は、これで何回目でしたっけ。
可愛いのか可愛くないのか微妙なラインにあるぬいぐるみに、全精力を傾ける御船が、痛い。
狙っているのは、何かのキャラらしき猫、いや、たぬきかな?
犬に見えないこともない謎の動物は、御船の繰るアームから見事に逃げおおせていた。
まったくかすりもしないことも多々あるが、アームにかかっても落っこちてしまうなんて、これは御船の腕だけの問題じゃない気がするんだけどな。

端で見てる高橋君は実に退屈そうだった。僕だって相当に退屈している。
これは、ぬいぐるみ様に確保されていただくほかないんじゃないだろうか。

「ねぇ」

御船に視線を留めたまま、傍に立つ人を呼んでみた。
すぐに気が付いた高橋君が、こちらに意識を向けてくれる。

「あれ、取れるものなの?」

「何回かやれば」

「何回で取れそう?」

「ミフネッチには、永久に無理なんじゃない」

御船のボーダーラインは5000円近辺という情報は、本日の成果の一つといえる。
つまり、5000円近くつぎ込めば、御船のぬいぐるみへの執着は断ち切られる可能性が高い。
だがしかし、もったいないではないか!

「君なら、どれくらいで取れそう?」

「俺? んー、三回ってところか」

クレーンゲームの遊戯料は、一回200円、3回500円だった。

「じゃあ、ゲーム代は僕が出すから」

「いくら出す?」

「はぁ?」

「成功報酬でいいぜ」

この流れには、見覚えが。
って、当たり前か、ついさっき格闘ゲームのときにしたばかりだものね。

「1000円」

「まいどー」

「ただしっ、三回で取れなかったら、以降のゲーム代は報酬から引かせてもらうからね」

「セコ」

「くっ……」

両替に向かう御船を僕が取り押さえ、高橋君がクレーンの前に陣取り500円硬貨を投入。
ガラスにへばり付くようにしてぬいぐるみの位置を確認しつつ、上下左右のボタンを順に押していく。
アームはぬいぐるみを掴めずに、上に戻ってダクトに移動。
一瞬、あーあ、と思ったけど、ぬいぐるみがあからさまに体勢を変え、ダクト傍まで移動してることに気が付いた。
もしかして、転がしてる?
掴んで持ち上げて移動してダクトへ、という方法しか知らなかっただけに、これには驚いた。
結局、三回転がされたぬいぐるみは、最後には自らダクトに飛び込むようにして落ちて行った。

「はい、どうぞ」

見事三回で終わらせた功労者が、得意気になるわけでもなく恩に着せる風でもなく、取り出し口から出したぬいぐるみを御船の胸に押し付けた。
お礼とともに受け取った御船は、すぐに高橋君の胸に押し返し、

「アキちゃんにあげて」

と、満面の笑みで告げる。
ぬいぐるみなんて、欲しくはなかったってことだね。
もう、トホホ、だよ。

「アキには、ぬいぐるみ集めの趣味なんかねーよ」

「ええ、そうなんだ。じゃ、誰かにあげて」

引き下がることなく無理矢理押し付ける御船に、根負けしたのは高橋君だった。
ただし、こっそりと御船の分のペーパーバックに押し込んでたけどね。



ゲームセンターを出て、まだ少しばかりブラブラしてたら、高橋君のバイト終了の時刻になっていた。
めいっぱい子供の気分を味わった御船は、実に清々しい表情をしている。

「あー、満喫した」

「そりゃ、御船はね」

「あれ、鳥山は楽しくなかったの?」

「僕? 正直言って……」

「言って?」

「すっごく楽しかった」

目線を合わせ、笑い合う。
そうそう見れない御船の姿は、それだけで価値があるのだ。
それが、僕だからこそ見せたと思えば、なおさらにね。

「ご歓談中のところ失礼しますがー」

せっかく御船と話していたところに、無粋な声が。
御船はチッと舌打ちしてから、財布から5000円札を取り出した。

「はいはい、ご苦労さま」

ハハーと両手でお札を受け取った高橋君は、もう用はないといわんばかりに僕たちの荷物を押し付けてくる。

「あ、駅まで送ろうか?」

さっさと荷物を押し付けたくせに、妙に親切な申し出。
おそらくは、自然と口を付いて出たものだ。

今日一日一緒に過ごしてみて、気が付いたことがある。
それは、彼のエスコート力の高さ。
自然体で身に付けているらしく、だからこれも、その一環なのだろう。

「いいよ、タクシーで帰るし。鳥山、それでいいでしょ?」

「うん、その方が楽だしね」

「ケッ、ブルジョワめ」
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