隊長たちの休日-2014秋の特別編-
[隊長たちの休日-2014秋の特別編-3]
高橋君が連れて行ってくれたのは、有名なチェーン店だった。
意外にも、人の多いメイン通りであったことから、実は知らぬ間に何度も通り過ぎていたのだと気付く。
オヤジが行くというイメージから、裏通りの寂れた場所にポツンとあると思い込んでた自分が恥ずかしい。
雑居ビルの一階にあるその店は、入口はとても狭く、自動ドアをくぐった先はそれに見合った程度の広さしかなかった。
しかも席は、Uの字のカウンターのみだ。
あまりにも見慣れない光景に少し尻ごみはしたけど、それ以外はいたって普通で掃除も行き届いてる感じだった。
「思ったより綺麗だね」
コソッと、御船が耳打ちしてくる。
奇しくも同じ感想を抱いていたらしい。
戸惑う僕らを気に掛けるでもなく、高橋君はカウンター席に腰を下ろした。
僕と御船もそれにならう。
「いらっしゃいませー。ご注文はお決まりですかー?」
すぐに水を出す愛想のいい茶髪の店員。
大学生って雰囲気だ。
「並三つ」
すかさず高橋君が注文する。
僕たちの意見など聞く気はないらしい。
よく分からないから、いいんだけどね。
御船も文句を言うわけでもなく、ただ気にはなったのか、高橋君に小声で話しかけた。
「ナミってどういう意味?」
「メニューくらい見ろよ」
そう言って、高橋君がメニュー表を手渡す。
「ああ、なるほど、量のことなんだ」
僕も横から除きこんでみれば、メインである牛丼の写真の横に、並盛、大盛、特盛と書かれていた。
大中小じゃないのが、面白い。
やがて、さっきの茶髪店員が、三つの丼を持ってくる。
ほとんど待つことがないなんて、さすがは和食ファーストフードの代表格だ。
「めっちゃ見られてるし…」
箸を割り、いただきますと手を合わせたとき、高橋君がボソッと一言。
「僕たちみたいな客は、珍しいのかな?」
そう言いながらも、御船はたいして気にはしていないようだった。
そりゃそうか、言いだしっぺなんだしね。
店内を見渡せば、確かに僕たちは異質だと気付かされる。
想像したようなオヤジ客はほぼおらず、どちらかというと大学生風の若者が多いけども、いかにも美少女然とした僕と御船は浮いてるね。
「高橋は、違和感ないね」
「若者の街ですからね」
「僕たちが若者じゃないとでも?」
「若くても、見た目女子高生が来るとこじゃないでしょ」
「……納得」
期待してなかった牛丼の味は、決して不味くはなく特別美味しいわけでもない、とにかく普通といったところだった。
値段を考えたら、かなりお得といえるかもしれない。
ただし、お肉の薄さにはビックリさせられた。
高橋君の説明によると、短時間で味が染み込むようにってことらしい。
スピードというのは、こういった店ではかなり重要視されるってわけだ。
店員にまでチラチラ見られる居心地悪さのなか、綺麗に完食した僕たちは会計を済ませ席を立った。
ちょうどその時、二人連れの男性が入店してきた。
どう見てもビジネス向きでないスーツを着崩し、派手な色目のシャツを着た男たちは、共に金髪で根元部分が黒かった。
昼間だというのに一人はかなり酔っているようで、たぶんホストという人種なのだと想像した。
体格はまるっきり違うが、身長は僕や御船と変わらないくらい――70前後ってところだ――で、こんなのでもなれるんだと少し感心する。
酔ってないほうはすぐに椅子に座り、酔っ払いのほうはなぜだか突っ立ったまま。
そして僕たちが横を通り抜けようとしたとき、ヒューと掠れた口笛が聞こえてきた。
酔っ払いが、発したもののようだ。
僕と御船にニヤニヤと笑いかけてきて、それが挑発されてるようで不快な気持ちになる。
「行こう」
御船が僕の腕を引っ張りつつ出口を目指せば、すぐに前を塞がれた。
ニヤニヤは相変わらず、いや、もしかしたら本人は愛想笑いのつもりかもしれない。
口説こうとしてるのがミエミエの相手に、不快感以外の感情は根こそぎ消え去った。
だけどそんなことに気付かない酔っ払いは、胸ポケットから名詞を取り出そうとする。
が、急にその手が引っ込んだ。
あれ? と思った矢先、酔ってないほうがいきなり駆けつけてきて、おもむろにスミマセンと頭を下げてくれた。
ついでに「こいつ酔ってるんで」などと、分かりきったことを僕たちの背後に伝えていた。
つまり、僕たちの後ろに控えていた高橋君に、というわけだ。
高橋君は特に興味もなさそうに、ホストたちを冷めた視線で見下ろしている。
その高低差、約10センチ。
それだけのことで、ホストどもはペコペコしながら、おとなしくカウンターに収まった。
「バカ、男連れに声かけんなっ」
と、軽くお説教される酔っ払いを尻目に、僕たちは悠々と店を後にしたのだった。
◆
さっきの出来事を笑い話に、次の目的地に移動した。
高橋君は帰りたそうにしていたが、僕たちはまだまだこれからといった感じだ。
次の場所は、僕が決めた。
いつの間にか、普段できないことをしようという雰囲気になっていたので、興味だけはあったけど行ったことのない場所をセレクトしたのだ。
「うるさい、想像以上に、うるさいっ」
顔をしかめて文句を言ってるのは、御船。
それは、僕の心情でもある。
「ゲーセンなんて、こんなもんだよ」
そう、僕が選んだのは、ゲームセンター。
イメージとしては、オタクたちがボーっとビデオゲームをしてるといったものだったけど、まさかここまでうるさい場所とは思わなかった。
ピュンピュンガンガンウィンウィンゲシゲシ、そこに有線が負けじと鳴り響く空間は、大量のビデオゲームとメダルゲーム、他にもよくわからないゲームが盛大に並んでいた。
人も想像以上に多かったけど、それらの人たちがオタクなのかまでは分からない。
普通の格好の人はいっぱいいるし、チェックのシャツにチノパン、リュックという井出たちもそれなりに存在していた。
「鳥山、あれやってみようよ」
「え、なに? よく聞こえない」
うるさいと文句を言っていた割に、御船はすでに興味津々といった様子だった。
僕はといえば、来たかったのは事実だけど、ゲームなんてしたことないし、ここの空気に圧倒されてすでにお疲れ気味。
だけど建前上、10分ほど銃を撃つゲームを御船とやってみた。
よく分からないうちにゲームオーバーになり、かなりイケてないってのだけは理解した。
「あ、あれやってこよっと」
御船は次の興味の対象に、さっさと向かう。
本当に子供、いや、遊びたい盛りの高校生そのものに見える。
こんな御船が見られるなんて、それはそれでかなり楽しい。
クスクス笑いながら、隅にある自動販売機に移動した。
そこに高橋君が立っていたから。
「君も、何か飲む?」
実につまらなそうに突っ立ってるだけの相手に、一応の気遣い。
「奢りなら」
「ジュースくらい、奢るよ」
「んじゃ、お茶で」
「お茶ね」
高橋君のお茶を購入し、続けて自分用のストレートティーを購入。
プルトップを開けて、二人してその場で飲む。
よくよく見てみると、ここにはゲーム機に設置されてる椅子しかない。
座りたかったら、ゲームしろってことか。
よくできているね。
御船はビデオゲームに夢中なようで、まだまだ動きそうになかった。
それを見守りながら、せっかくだからと高橋君とコミュニケーションをはかるつもりだ。
「君って、結構背が高いよね」
「昔はチビだったけどね」
「へぇ、そうなんだ。何センチあるの?」
「80……1、2? そんなとこ」
「はち……」
藤村様とあまり変わらない身長は、男としてはかなり恵まれてるほうだ。
「毎年5センチ前後伸びてたからね。順当なんでない?」
いやいやいや、そこまで伸びる前に止まる人がほとんどだから!
「……羨ましいなぁ、僕もそれくらい欲しかったよ」
「その顔で80あったら、不気味でしょ」
「顔っ、……男としては、憧れるんだよ」
「鳥ちゃんは、今くらいがちょうどいいんだよ」
「もしかして、皮肉言われてる……?」
笑われた。
ひょっとしてと思っての発言は、彼を面白がらせただけだったようだ。
笑う高橋君の横で、僕は御船を観察しつづけていた。
彼は画面に顔を近づけて、必死で両手を動かしている。
いったい何をやっているのやら。
覗きに行こうとしたとき、御船が苛立たしげに機械を叩いた。
何かに怒っているみたいだ。
すかさず動いた高橋君の後を追い、僕も御船のもとへ向かった。
「御船、どうかしたの?」
「鳥山ー」
見上げてくる御船の、なんとも情けない顔に心持ち焦る。
いったい何事が起きたのだろうか。
「くやしいー」
「なにがあったの?」
「あいつ、あいつだよ」
御船はキッと眦を吊り上げて、向かい合わせに設置されているゲーム機を指差した。
「は……?」
状況が飲み込めずやや首を傾げた僕に、御船は事の次第を説明する気はないらしい。
「何回やっても勝てない、くやしいー」
意味不明なセリフだけが虚しく響く。
「絶対に、ギャフンと言わせてやるっ」
そう言って、財布から100円玉を取り出し、機械に積み上げる御船。
分からない……。
「一回、一回勝てば、満足なんだからー」
分からなさすぎる……。
「ちょっと御船っ、説明してよっ」
「鳥ちゃん」
「なんだよっ、今は御船にっ」
「鳥ちゃんっ」
「なにっ!?」
御船に詰め寄る寸前、高橋君に肩を掴まれ、そのまま少し離れた場所まで引き摺られた。
力に物を言わせるとは、卑怯なり。
「熱くなってるから、そっとしときなって」
「熱くって、だって、説明もなしなんてっ、こっちは心配してるのにっ」
「落ち着けって」
「うっ、」
いきなり頬を抓られた。
こいつー、先輩になんてことを。
「ミフネッチがしてるのは、対戦ゲームなの」
「対戦ゲーム?」
「そ、乱入してきた相手と対戦、つまりね、ミフネッチは正面にいるやつに、コテンパンにやられてるってわけ」
「練乳? やられてるって、どういうことなんだい?」
「そっからかよ……」
高橋君が連れて行ってくれたのは、有名なチェーン店だった。
意外にも、人の多いメイン通りであったことから、実は知らぬ間に何度も通り過ぎていたのだと気付く。
オヤジが行くというイメージから、裏通りの寂れた場所にポツンとあると思い込んでた自分が恥ずかしい。
雑居ビルの一階にあるその店は、入口はとても狭く、自動ドアをくぐった先はそれに見合った程度の広さしかなかった。
しかも席は、Uの字のカウンターのみだ。
あまりにも見慣れない光景に少し尻ごみはしたけど、それ以外はいたって普通で掃除も行き届いてる感じだった。
「思ったより綺麗だね」
コソッと、御船が耳打ちしてくる。
奇しくも同じ感想を抱いていたらしい。
戸惑う僕らを気に掛けるでもなく、高橋君はカウンター席に腰を下ろした。
僕と御船もそれにならう。
「いらっしゃいませー。ご注文はお決まりですかー?」
すぐに水を出す愛想のいい茶髪の店員。
大学生って雰囲気だ。
「並三つ」
すかさず高橋君が注文する。
僕たちの意見など聞く気はないらしい。
よく分からないから、いいんだけどね。
御船も文句を言うわけでもなく、ただ気にはなったのか、高橋君に小声で話しかけた。
「ナミってどういう意味?」
「メニューくらい見ろよ」
そう言って、高橋君がメニュー表を手渡す。
「ああ、なるほど、量のことなんだ」
僕も横から除きこんでみれば、メインである牛丼の写真の横に、並盛、大盛、特盛と書かれていた。
大中小じゃないのが、面白い。
やがて、さっきの茶髪店員が、三つの丼を持ってくる。
ほとんど待つことがないなんて、さすがは和食ファーストフードの代表格だ。
「めっちゃ見られてるし…」
箸を割り、いただきますと手を合わせたとき、高橋君がボソッと一言。
「僕たちみたいな客は、珍しいのかな?」
そう言いながらも、御船はたいして気にはしていないようだった。
そりゃそうか、言いだしっぺなんだしね。
店内を見渡せば、確かに僕たちは異質だと気付かされる。
想像したようなオヤジ客はほぼおらず、どちらかというと大学生風の若者が多いけども、いかにも美少女然とした僕と御船は浮いてるね。
「高橋は、違和感ないね」
「若者の街ですからね」
「僕たちが若者じゃないとでも?」
「若くても、見た目女子高生が来るとこじゃないでしょ」
「……納得」
期待してなかった牛丼の味は、決して不味くはなく特別美味しいわけでもない、とにかく普通といったところだった。
値段を考えたら、かなりお得といえるかもしれない。
ただし、お肉の薄さにはビックリさせられた。
高橋君の説明によると、短時間で味が染み込むようにってことらしい。
スピードというのは、こういった店ではかなり重要視されるってわけだ。
店員にまでチラチラ見られる居心地悪さのなか、綺麗に完食した僕たちは会計を済ませ席を立った。
ちょうどその時、二人連れの男性が入店してきた。
どう見てもビジネス向きでないスーツを着崩し、派手な色目のシャツを着た男たちは、共に金髪で根元部分が黒かった。
昼間だというのに一人はかなり酔っているようで、たぶんホストという人種なのだと想像した。
体格はまるっきり違うが、身長は僕や御船と変わらないくらい――70前後ってところだ――で、こんなのでもなれるんだと少し感心する。
酔ってないほうはすぐに椅子に座り、酔っ払いのほうはなぜだか突っ立ったまま。
そして僕たちが横を通り抜けようとしたとき、ヒューと掠れた口笛が聞こえてきた。
酔っ払いが、発したもののようだ。
僕と御船にニヤニヤと笑いかけてきて、それが挑発されてるようで不快な気持ちになる。
「行こう」
御船が僕の腕を引っ張りつつ出口を目指せば、すぐに前を塞がれた。
ニヤニヤは相変わらず、いや、もしかしたら本人は愛想笑いのつもりかもしれない。
口説こうとしてるのがミエミエの相手に、不快感以外の感情は根こそぎ消え去った。
だけどそんなことに気付かない酔っ払いは、胸ポケットから名詞を取り出そうとする。
が、急にその手が引っ込んだ。
あれ? と思った矢先、酔ってないほうがいきなり駆けつけてきて、おもむろにスミマセンと頭を下げてくれた。
ついでに「こいつ酔ってるんで」などと、分かりきったことを僕たちの背後に伝えていた。
つまり、僕たちの後ろに控えていた高橋君に、というわけだ。
高橋君は特に興味もなさそうに、ホストたちを冷めた視線で見下ろしている。
その高低差、約10センチ。
それだけのことで、ホストどもはペコペコしながら、おとなしくカウンターに収まった。
「バカ、男連れに声かけんなっ」
と、軽くお説教される酔っ払いを尻目に、僕たちは悠々と店を後にしたのだった。
◆
さっきの出来事を笑い話に、次の目的地に移動した。
高橋君は帰りたそうにしていたが、僕たちはまだまだこれからといった感じだ。
次の場所は、僕が決めた。
いつの間にか、普段できないことをしようという雰囲気になっていたので、興味だけはあったけど行ったことのない場所をセレクトしたのだ。
「うるさい、想像以上に、うるさいっ」
顔をしかめて文句を言ってるのは、御船。
それは、僕の心情でもある。
「ゲーセンなんて、こんなもんだよ」
そう、僕が選んだのは、ゲームセンター。
イメージとしては、オタクたちがボーっとビデオゲームをしてるといったものだったけど、まさかここまでうるさい場所とは思わなかった。
ピュンピュンガンガンウィンウィンゲシゲシ、そこに有線が負けじと鳴り響く空間は、大量のビデオゲームとメダルゲーム、他にもよくわからないゲームが盛大に並んでいた。
人も想像以上に多かったけど、それらの人たちがオタクなのかまでは分からない。
普通の格好の人はいっぱいいるし、チェックのシャツにチノパン、リュックという井出たちもそれなりに存在していた。
「鳥山、あれやってみようよ」
「え、なに? よく聞こえない」
うるさいと文句を言っていた割に、御船はすでに興味津々といった様子だった。
僕はといえば、来たかったのは事実だけど、ゲームなんてしたことないし、ここの空気に圧倒されてすでにお疲れ気味。
だけど建前上、10分ほど銃を撃つゲームを御船とやってみた。
よく分からないうちにゲームオーバーになり、かなりイケてないってのだけは理解した。
「あ、あれやってこよっと」
御船は次の興味の対象に、さっさと向かう。
本当に子供、いや、遊びたい盛りの高校生そのものに見える。
こんな御船が見られるなんて、それはそれでかなり楽しい。
クスクス笑いながら、隅にある自動販売機に移動した。
そこに高橋君が立っていたから。
「君も、何か飲む?」
実につまらなそうに突っ立ってるだけの相手に、一応の気遣い。
「奢りなら」
「ジュースくらい、奢るよ」
「んじゃ、お茶で」
「お茶ね」
高橋君のお茶を購入し、続けて自分用のストレートティーを購入。
プルトップを開けて、二人してその場で飲む。
よくよく見てみると、ここにはゲーム機に設置されてる椅子しかない。
座りたかったら、ゲームしろってことか。
よくできているね。
御船はビデオゲームに夢中なようで、まだまだ動きそうになかった。
それを見守りながら、せっかくだからと高橋君とコミュニケーションをはかるつもりだ。
「君って、結構背が高いよね」
「昔はチビだったけどね」
「へぇ、そうなんだ。何センチあるの?」
「80……1、2? そんなとこ」
「はち……」
藤村様とあまり変わらない身長は、男としてはかなり恵まれてるほうだ。
「毎年5センチ前後伸びてたからね。順当なんでない?」
いやいやいや、そこまで伸びる前に止まる人がほとんどだから!
「……羨ましいなぁ、僕もそれくらい欲しかったよ」
「その顔で80あったら、不気味でしょ」
「顔っ、……男としては、憧れるんだよ」
「鳥ちゃんは、今くらいがちょうどいいんだよ」
「もしかして、皮肉言われてる……?」
笑われた。
ひょっとしてと思っての発言は、彼を面白がらせただけだったようだ。
笑う高橋君の横で、僕は御船を観察しつづけていた。
彼は画面に顔を近づけて、必死で両手を動かしている。
いったい何をやっているのやら。
覗きに行こうとしたとき、御船が苛立たしげに機械を叩いた。
何かに怒っているみたいだ。
すかさず動いた高橋君の後を追い、僕も御船のもとへ向かった。
「御船、どうかしたの?」
「鳥山ー」
見上げてくる御船の、なんとも情けない顔に心持ち焦る。
いったい何事が起きたのだろうか。
「くやしいー」
「なにがあったの?」
「あいつ、あいつだよ」
御船はキッと眦を吊り上げて、向かい合わせに設置されているゲーム機を指差した。
「は……?」
状況が飲み込めずやや首を傾げた僕に、御船は事の次第を説明する気はないらしい。
「何回やっても勝てない、くやしいー」
意味不明なセリフだけが虚しく響く。
「絶対に、ギャフンと言わせてやるっ」
そう言って、財布から100円玉を取り出し、機械に積み上げる御船。
分からない……。
「一回、一回勝てば、満足なんだからー」
分からなさすぎる……。
「ちょっと御船っ、説明してよっ」
「鳥ちゃん」
「なんだよっ、今は御船にっ」
「鳥ちゃんっ」
「なにっ!?」
御船に詰め寄る寸前、高橋君に肩を掴まれ、そのまま少し離れた場所まで引き摺られた。
力に物を言わせるとは、卑怯なり。
「熱くなってるから、そっとしときなって」
「熱くって、だって、説明もなしなんてっ、こっちは心配してるのにっ」
「落ち着けって」
「うっ、」
いきなり頬を抓られた。
こいつー、先輩になんてことを。
「ミフネッチがしてるのは、対戦ゲームなの」
「対戦ゲーム?」
「そ、乱入してきた相手と対戦、つまりね、ミフネッチは正面にいるやつに、コテンパンにやられてるってわけ」
「練乳? やられてるって、どういうことなんだい?」
「そっからかよ……」